基礎知識

今井紀明さんに聞く、人との“つながり”が生み出す 日本の寄付文化とクラウドファンディングについて

以前は、寄付文化が根付きにくいといわれていた日本――。しかし、今では2008年5月よりスタートした「ふるさと納税」制度、2011年に起きた東日本大震災などをきっかけに、個人寄付は増加傾向にある。さらに、2011年以降に登場したクラウドファンディングも、寄付への意識向上に貢献しているようだ。

そうした中、2015年から運営資金の手段を事業収入から寄付に替え、クラウドファンディングを積極的に活用しているのが、通信・定時制高校の高校生を支援する認定NPO法人D×P(ディーピー)だ。自身も他のNPOに寄付した経験があるという理事長の今井紀明さんに、日本の寄付文化とクラウドファンディングをテーマに話を伺ってみた。ここから、寄付やクラウドファンディングの面白さ、楽しさが見えてくる。

日本の寄付文化の定着を後押しするクラウドファンディング

かつて、日本は欧米諸外国に比べ、寄付意識が低く、寄付文化は根づきにくいといわれていた。ところが、今では個人の寄付に対する意識は高まっている。日本ファンドレイジング協会発行の「寄付白書2017」によると、個人寄付推計総額は7,756億円となり、これは前回調査(「寄付白書2015」、調査2014年1~12月)7,409億円から4.5%増で推移している。これは、2016年度の日本の名目GDPの0.14%に相当するという。

この背景には、2008年5月からスタートした「ふるさと納税」制度、さらには2011年3月に発生した東日本大震災などの契機があり、それにより個人寄付が着実に増えているといえよう。

出典:「寄付白書2017」(日本ファンドレイジング協会発行)

認定NPO法人D×Pの理事長を務める今井紀明さんは、こうした状況にさらに拍車をかけているのが、2011年以降に登場したクラウドファンディングと指摘する。これはあくまでも“個人の仮説”と前置きした上で、「現在、日本でも20~30代を中心に寄付文化が一般に定着しつつあり、クラウドファンディングは絶対に貢献していると思います。なぜなら、この世代はWeb上で決済することにまったく抵抗感がなく、Web上で寄付の決済基盤を作り、潜在ニーズを開拓したのがクラウドファンディングだと見ています」。

今井さんは、このように寄付をめぐる情勢は変わってきたという印象を持つ一方、日本で募る寄付金の規模は世界から見るとまだまだ足りない印象は否めないとしている。「たとえば、日本の大手寄付サイトの「Yahoo!基金」でも、15年間の累計で53億円の規模です。このプラットフォームを使ってさえも、15年かけて53憶円かと思うと、僕からするともの足りない印象」と話す。

運営資金の調達手段を事業収入から寄付へシフト

 そうした中、D×Pは創業当初、運営資金の調達手段として事業収入をメインにしていたが、4期目にあたる2015年より寄付金をメインにシフトした。今井さんは、3つの理由により、寄付へと大きく舵を切っている。

「生きづらさを抱えた生徒が多い夜間定時制高校」をサポートする必要があったこと
創業当初、D×Pは事業収入を考えて私立の通信制高校をメインに運営していた。しかし、実際には公立の夜間定時制高校に、生活環境や経済的に恵まれていない、あるいは不登校から中退になるなど助けを必要とする生徒が多くいた。そこで、寄付に切り替えてサポートできる体制を整備。今では、オンラインでの相談にも応じられるようになっているという。

事業戦略において自由に意思決定できる環境に変えたかったこと
NPOが行政から委託事業を受ける場合、1年ないし数年の契約期間中に内容を変更することが難しく、また支援した生徒は最終的に進学や就職など成果に結びつける必要があるなど制約を受ける可能性もある。これに対し、D×Pは事業戦略において意思決定できないことは自分たちの価値観に合わないとの結論に達し、主体性をもって成果目標など意思決定ができる環境に変えるべく寄付に切り替えている。

比較的規模の大きな資金を寄付するサポーターが現れたこと
寄付へシフトしようと考えていたタイミングに、比較的規模の大きい資金を寄付するサポーターが現れたことも、一つのきっかけになっているという。

事業収入から寄付へシフトすることは一見、冒険のようにも見えるが、日本で活動するNPOには寄付によって運営しているところも少なくないという。「グローバルで寄付を募るユニセフは年間約190億円、国境なき医師団は同約90億円の寄付金を集めています。また、寄付金の規模は異なるものの、認定NPO法人かものはしプロジェクトなども寄付でしっかりと運営資金の基盤を築いています」。

寄付の面白さは、寄付から始まる寄付先との関係づくりにあり

ここまで、事業者の立場から寄付のメリットについて聞いてきた。それでは立場を変えて、寄付をするサポーターとしてはどのようなメリットがあるのだろうか――。

これに対し、自身も寄付した経験がある今井さんから意外な言葉が返ってきた。「D×Pの寄付サポーターの方々からは、寄付することが嬉しいと喜ばれています。その理由の一つに、寄付したお金がどのように使われて社会のために役立っているかが見えるからです」。

たとえば、私たちが国民の義務として納める税金の場合、その使途は必ずしも限定されない。一方、寄付の場合は、寄付先のNPOがこれから進めていくビジョンや目標に共感した上で寄付するため、その使途は限定される。それにより、寄付サポーターは社会貢献に参加している充実感と喜びが得られるという。

そして、社会貢献活動に寄付する資金を、今井さんは“社会を作るお金”と表現する。「寄付の面白さは、寄付して終わりではなく、寄付先のNPOと寄付者との関係づくりの始まりであるところ。たとえば、寄付したNPOが関わってきた社会問題に関心を持ち見守っていくことで、社会への関心や社会との接点を持つことができます。寄付者(寄付サポーター)が“社会を作るお金”の投資先を、自分で選択することにとても意味があり、そうした認識がもう少し広がってほしいと望んでいます」。

そのためには、投資の教育が行われるように、これからは寄付の教育も行われていくべきだと主張する今井さん。寄付をより理解してもらうために、今後はSNSを使って広めていきたいと話す。

寄付は“個人と社会をつなぐ新しい扉”となり、人を豊かにする

こうした考えに至ったのは、今井さん自身の寄付体験によるところが大きい。D×Pをスタートさせた後、他のNPOについても知りたいと考え、自身で数社のNPOに寄付を始めたという。NPOの交流会にも参加し、さまざまな人と意見交換するのが楽しかったと振り返る。 

「寄付はある意味、“個人と社会をつなぐ新しい扉”と考えています。なぜなら、自分自身が関心を持っていた事柄に改めて気づかせてくれるきっかけになり、そこからさまざまなつながりが広がっていくから。NPOに関わることで、そのNPOが作るコミュニティに参加することになる。やがてボランティアになって活動する、あるいは寄付サポーター同士の交流やスタッフとの出会いに恵まれる。そうしたことで、自分の世界が広がるかもしれない」。

今井さんは、月に1,000円、2,000円でも投資することで、今まで知らなかった世界を見たり、体験したりできるのは“寄付ならではの醍醐味”と語る。「たとえば、動物愛護でもいいし、環境保全でもいいかもしれない。まずは自分が関心のある分野、あるいはNPOで活動する人が面白いなどをきっかけに、寄付を始めたらいいと思います。そこから、自分は何をすべか、そして自身にとってのライフワークが見つかるかもしれません。最近、“寄付は人を豊かにする”――そう実感しています」。

寄付サポーターを増やすための手段としてクラウドファンディングは有効

一方、クラウドファンディングについては、今井さん自身が以前から興味を持っていたこともあり、D×Pの創業当初から高校生の支援のためにキャンプファイヤーのクラウドファンディングを利用していた。
転機となったのは、2015年に運営資金の調達を寄付メインに切り替えた後。今井さんはより多くの人たちにD×Pの支援活動、さらには寄付について知ってもらおうとクラウドファンディングに本格的に力を入れ始めた。

その第1弾として、今井さん自らが挑戦するプロジェクト「世界最大級の砂漠を250km走る!今井紀明サハラ砂漠マラソンチャレンジ」だった。

「それまであまりスポーツと縁のなかった僕が、過酷なサハラ砂漠のマラソンにチャレンジすることに意義がありました。さまざまな事情で生きづらさを抱えて生きる日本の若者のため、そしてNPOに関心のある人たちだけでなく、もっと多くの人たちから共感や関心を持ってもらえるのではないかと思い、このチャンレジに踏み切りました」。
その結果、このプロジェクトは2016年6月からの約2ヵ月間募集し、183人の支援により520万円の資金を集めることに。
 
また、2017年は「高校生のために標高3000mを250キロ走る! 天空のアタカマ砂漠マラソンに挑戦」のプロジェクトを実施。2017年11月からの約2ヵ月間募集し、231人の支援により約760万円の資金を集めた。

さらに、今年2019年には「モンゴルのゴビ砂漠を250km走る!今井紀明が世界で最も寒暖差激しい地で再挑戦」のプロジェクトを実施。2019年4月からの約2ヵ月間の募集で、301人の支援によりこれまでの最高額となる約1,000万円の資金を集めることに成功した。

マラソンプロジェクトの総走行距離は750㎞。過酷な地域でそれぞれ250㎞を一週間かけて走るのは、確かに厳しかったという今井さん。
「個人的にチャンレンジするプロジェクトは面白いと感じています。これまで参加したマラソンは灼熱の太陽にさらされるなど完走するのは大変です。とはいえ、水分や食料をきちんと補給し、睡眠をとっておけば、健康上まったく問題ありません」と話してくれた。今後は、ジョージア(グルジア)では山を走る「カズベギマラソン」のチャレンジなども検討しているという今井さん。「クラウドファンディングはある種、祭りのようなもの。その意味で、マラソンのチャレンジには祭りの要素があり、大勢の人が盛り上がって共感できるプロジェクトと考えています」。

最新のゴビ砂漠マラソンのプロジェクトでは、新規の支援者(パトロン)が全体の約40%弱となり、そのうち寄付サポーターとなった人は2~3割という。今井さんは、クラウドファンディングは、“寄付の入り口”として機能していると実感している。

寄付とクラウドファンディングを行う上で心掛けていること

運営資金を調達する手段として、事業収入から寄付へシフトし、寄付サポーターをさらに増やしていく必要性から2017年より本格的にクラウドファンディングを活用し始めたD×P。寄付とクラウドファンディングによりシナジー効果が生じ、順調に進んでいるという今井さんに、その秘訣として寄付とクラウドファンディングを行う上で心掛けているポイントについて伺った。

寄付を行う上で心掛けている3つのポイント

寄付金の使われ方を明示し報告すること
寄付金がどのような活動に使われているかを明示し、定期的に報告することで使われ方の透明性の確保に努めている。D×Pでは、通信・定時制高校の高校生を支援するため、スタッフが約400人の登録ボランティアをコーディネートする費用などを寄付金で賄っているという。こうした活動内容をまとめて、定期的に公表している。

活動内容を“見える化”すること
寄付金の使われ方に加え、それがどのように活動に活かされているかを伝えることも重要になると今井さんは指摘する。この点については、D×Pでも頭を悩ませているところだ。海外の支援活動に比べ、日本では個人情報保護法や肖像権の問題で、支援する生徒の顔は公表できない。現行では卒業生に対応してもらう、あるいはサポーターグループやfacebookの限定グループなどに限定して公開するなどで段階を踏んで対応することを考えている。

一人ひとり個別に依頼するようにしていること
寄付の依頼は、イベントに訪れてくれた人などD×Pの活動に関心のある人を対象に、メールやSNSなどを通じて個別に連絡を取るようにしている。今井さん自ら、寄付の依頼の連絡をすることも少なくないという。
「一人ひとりと向き合い、僕たちの活動内容を伝えた上で、協力をお願いしています。地道な作業ではありますが、とても必要なことだと感じています。もともと僕たちにはファンがいないので、活動内容を理解して寄付サポーターになってもらうには、地道に連絡を取っていくことが重要だと思っています」。こうした活動に加え、毎日SNSを通じて情報を発信していることが奏功し、今では寄付サポーターが着実に増えてきている。

クラウドファンディングを行う上で心掛けているポイント

クラウドファンディングを行うポイントとして、今井さんは“支援したい人がクラウドファンディングのプロジェクトに関われるような接点をどのように設計するか”を挙げた。

「たとえば、イベントに訪れてくれるようなリターンを設計するとか、法人でも気軽に参加できるようにするとか、より多くのさまざまな人たちが関われる接点をどのように作っていけるか、そこが重要なポイントだと考えています。リターンを提供して終わりではなく、その先にも関係性が築ける機会、接点を作ることができればいい」。

今井さんにとって、クラウドファンディングのパトロンからD×Pの寄付サポーターになってくれる人を探すためにも、こうした接点づくりが今後必要不可欠になる。

運営資金をきちんと確保し、事業ビジョンの実現に向けて邁進

D×Pが運営資金を調達する先には、事業ビジョンがあります。現在、通信・定時制高校の高校生を支援するため、不登校や高校中退の経験がある10代の高校生が気軽に就職や進学の相談ができるようなセーフティーネットの構築に向けて整備を進めている。

高校生たちが集まる場所に積極的に訪れて、助けを求めている高校生に手を差し伸べて、必要に応じて他のNPOと提携して対応する。
今井さんは、「こうしたつながりを作り、各NPOとも連携して不登校や高校中退の高校生を支援していきたい。D×Pが“セーフティーネットのハブ”になれればと考えています」と今後の展望を語る。

さらには、現在オンラインで高校生の相談内容、それに対する支援内容をデータベース化し、分析した結果を、行政に提供し共有することでセーフティーネットを強固にしていくことも視野に入れている。

今井さんは、こうしたデータベースをもとに、同じように不登校や中退などの問題を抱える韓国や台湾などのアジア諸国にも活用できるのではないかと考えている。ただし、その場合、各国によって異なる事情やシステムが異なるため、その点をカスタマイズして提供していくことになるという。

今後、このように事業拡大を図っていくためにも、さらなる資金調達が必要となりそうなD×P。今井さんは引き続き、寄付とシナジー効果を発揮するクラウドファンディングとの二人三脚で進めていくことになりそうだ。
ちなみに、今井さんは今、キャンプファイヤーが新たに提供を始めた融資型クラウドファンディング「CAMPFIRE Owners」を利用しようと検討している。

<今井 紀明(いまい のりあき)さん プロフィール>
認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長
1985年札幌生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)卒。高校生のとき、イラクの子どもたちのために医療支援NGOを設立。
その活動のために、当時、紛争地域だったイラクへ渡航。その際、現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後「自己責任」の言葉のもと、日本社会からバッシングを受ける。結果、対人恐怖症になるも、大学進学後、友人らに支えられ復帰。偶然、通信制高校の先生から通信制高校の生徒が抱える課題に出会う。
親や先生から否定された経験を持つ生徒たちと自身のバッシングされた経験が重なり、何かできないかと任意団体Dream Possibilityを設立。
大阪の専門商社勤務を経て、2012年にNPO法人D×Pを設立。通信/定時制高校に通う高校生向けの独自プログラムを関西で展開し、「ひとりひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会」を目指して行動している。

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