コラム

便所サンダルを世界に届ける⁉︎ 奈良の新鋭ブランド「bench」

居酒屋のトイレや家のベランダに無造作に置かれているサンダル。
PVC(ポリ塩化ビニル)素材のそれは、いつからか「便所サンダル(通称:ベンサン)」と呼ばれ、長年日本人に親しまれてきた。


一般的な便所サンダル

町の靴屋や金物屋、ホームセンターなどで売られているベンサンは、トイレやベランダ、病院などで使われていることが多い。これは耐久性、耐水性、抗菌性などに優れていることが理由。街中でその姿を見ることは少ないが、意外な場面で出くわすことも多いちょっと不思議な存在だ。

そんなベンサンだが、実は国産製品のほとんどは奈良県で生産されている。奈良県は大仏や鹿、法隆寺、奈良漬など、観光地としてのイメージが強いが、実はアパレル産業も盛んなのだ。

今回紹介するのは、そんな奈良を拠点に新しいベンサンを提案するファッションブランド「bench(ベンチ)」

「奈良の良品を世界の良品に」をコンセプトに掲げ、今年春デビューした新進気鋭のブランドだ。


ベンサンをリプロダクトして生まれた「BENASAN」。タッセルやキルトなどの装飾が印象的

「ベンサンの価値を再定義したい」と話すのは、同ブランドを立ち上げたクリエイティブディレクターの藤澤豊生さん。

古くから親しまれてきたベンサンの新たな価値を創造する藤澤さんに、ブランド立ち上げの経緯やベンサンへの思い、そして老舗の工場と一緒に新しいものを作ることの可能性について聞いた。

ブランド立ち上げの経緯

長橋

まず、藤澤さんが奈良でブランドを立ち上げた経緯を教えてください。

藤澤

元々、僕は横浜出身なんです。奈良は修学旅行で来たことがあるくらいの、縁もゆかりもない場所でした。ただ、奥さんの地元が奈良だったんですよね。数年前に結婚して子供ができた際に、今後の住処として候補に挙がったんです。その時に初めて、奈良は繊維産業が盛んだということを知りました。気になって調べていくうちに「奈良で面白いことをやりたい」という気持ちがふつふつと僕の中に出てきて、移住を決意しました。

長橋

藤澤さんは、元々アパレル業界に携わっていたんですよね。

藤澤

はい。服飾の専門学校を卒業後、東京でPRの仕事をしたり、スポーツブランドのデザイナーを経験したりしました。東京は「流行が生まれる」という観点では絶対的に優位で、第一線での仕事は楽しいしやりがいもある。だけども心の中では「腰を据えてひとつの産地にフォーカスしたものづくりをやりたい」という思いがどこかにありました。そんな中で移住の話が出て、「奈良は自分が培ってきた様々な経験を生かすことができる場所なのかもしれない」と考えたんです。ただ実際に住んでみると、奈良は繊維産業は盛んでも、“ファッション”に関しては進化していないことが分かって。

長橋

と、言いますと?

藤澤

電車に乗れば京都や大阪へすぐに出られるので、流行の洋服が欲しい人はそっちに行って買い物をしちゃうんです。奈良は若者にとって買い物の選択肢が多い街ではないんですよ。ただ、それは言い換えると「奈良の面白さを伝えられる人がいなかった」っていうことでもあると思ってて。それは奈良以外の地方都市にも言えることだと思うんですけどね。

長橋

確かに、地元の人は、その場所に長く住んでいるからこそ逆にその街の良さに気付けないというか。

藤澤

自分はあくまで外部から来た人間。だからこそ、客観的に奈良の良さを伝えることができるんじゃないか。そしてその良さを形にしたブランドやプロダクトを作れるんじゃないか、と思ったんです。その時に出たアイデアが「便所サンダル」でした。

長橋

なるほど。最初から「便所サンダルをリプロダクトする構想があった」わけではなかったんですね。

藤澤

数年前からベンサンは何足か持っていたんですが、積極的に街に履いていこうというスタンスではなかったんです。ただ以前、撮影の際に「もしかしたら組み合わせ次第で、ベンサンはファッションへの新しい提案になるかもしれない」というアイデアが浮かんで、それを奈良に来て思い出したんですよ。

長橋

そしてブランド「bench」を立ち上げたと。今回、benchが打ちだした「BENSAN」は、今までのベンサンをどのようにリプロダクトしているのでしょうか。

藤澤

簡単に説明すると、ベンサンのスタンダードな形とも言える「ダンヒル型」をベースに、牛革のタッセルやキルトをカスタマイズ。ファッション性の高いアイテムに仕上げています。また、製造を手がける「ニシベケミカル」が過去に販売していたベンサンを、「復刻」という形で改めて販売をしています。


BENSANの価格は4000〜6000円前後

藤澤

ただ、「新しいものを作る」というよりは「ベンサンの価値を再定義したい」という思いの方が強くて。例えば奈良で作っていると打ち出すのも、benchを知ったユーザーに製造業・繊維業を改めて意識してもらうためのものですし、最終的には地場産業が活性化して欲しいんです。日本の繊維業界って知れば知るほど面白いので、気になった方はぜひ調べてみていただけたらと。また、benchは「奈良の良品を世界の良品に」というコンセプトを掲げているのですが、今回のベンサンはあくまで第一弾。これから先も様々な“奈良の良品”を広めていきたいと考えています。ちなみにbenchというブランドの名前の由来は、野球用語の「ベンチ」です。座るベンチではなく、レギュラーではない方のベンチです。主役じゃないんだけど、あったら嬉しい。そんなベンチのような存在を広めていきたいなと。

職人さんは、ものづくりの力はあるのに、発信力が弱い。

長橋

今回、benchがBENSANでコラボをしたのは奈良のメーカーだったんですよね。

藤澤

はい。奈良で約40年間ベンサンを作っている老舗メーカー・ニシベケミカルさんに話をしに行きました。ただ、ここはしっかり伝えておきたいことなのですが、ニシベケミカルさんは決してベンサン作りに行き詰まっていたという訳ではないんです。地場産業に貢献したいという僕たちのビジョンに共感してくれた相手。僕らは「経営に困っている会社を助けている」ということではないんですよ。

長橋

なるほど。「地方の工場は、どこも経営が厳しいのでは?」と、考えている人もいるかもしれないですからね。

藤澤

これは多分、奈良のベンサンに限らない話で……。もちろん経営が苦しいところも多いのですが、コンスタントに売上が上がっているところもあるんです。ただ、どこも「新しいものが無い」、という悩みは共通して抱えているのではないかと。

長橋

はい。

藤澤

例えばベンサンって、空洞を作ってクッション性を持たせたり、小石が挟まりにくいように考えられていたり、丈夫でありコスパも良い。そして日本人の足の形に沿って作られている。プロダクトとして優秀で、なかなか短所が見つからないんです。

藤澤

僕らは生まれた時からこれを「便所で使うサンダル」という風に見てしまっているから、街に履いていくことはしていなかった。けれど、別の視点で見ると、これほどパフォーマンスが良いサンダルって、よく考えると無いんですよ。既存のイメージさえ一新できれば、ファッションのマーケットで十分に勝負できる可能性があるんです。

長橋

言われてみると、確かにそうですね。

藤澤

でも工場側からは、ベンサンをファッションに特化して、新しいマーケットを開こうという発想が出てきにくい。職人さんはものづくりの力はあるのに、発信力が弱いんです。これではせっかく良いものを作っているのに、もったいないですよね。なので僕らは、工場にとっての「新しい可能性」を模索するだけで良いと思っているんです。助けてあげたいという精神ではなく、どうやったら良いものが作れるのか、足りないものを補い合う。そうしていくうちに、お互いに良い影響を与えられたら良いなと。

長橋

老舗の工場であればあるほど、「若者の話なんか聞いてくれないのでは?」という勝手なイメージがあるのですが。

藤澤

最初は僕もそうでした。会いに行くときは不安がなかったわけではないですし(笑)。ただ、それはちゃんと想いを持ってコミュニケーションをとることで、解消されるのではないかと思います。若い子や志ある人が会いにくることって、働いている皆さんにとっても嬉しい部分もあるんですよ。最初は無愛想かもしれませんが、本当に興味があったら当たってみるっていうのは大事なことだと思っていて。ものを作る際に考えているのは、「お互いにとって意義のあるものを作る」という気持ちを持って取り組もうということです。そのバランスが崩れたら、いいものづくりはできないと思うんですよ。

「BENSAN」は世間にどのように受け入れられるか

長橋

今までファッションアイテムとして捉えられていなかったベンサンが、どのようにマーケットに受け入れられていくのか楽しみですね。

藤澤

昨年秋に展示会を行った後は、メールで問い合わせが来たりSNS上で話題になっていたり、「欲しい」と言ってくれる方が多くて嬉しかったですね。一方ではネガティヴな意見もあったので、それに対しては真摯に受け止めなくちゃとも思っています。

長橋

ネガティヴな意見とは?

藤澤

いくつかありますが、昔からのベンサン愛好家は捉え方が様々なんです。例えば、BENSANの価格は一般のベンサンよりも高く設定しています。でもこれは、“ファッションのマーケット”に対して適正な値段だと思っていて。というのも、これをかなり安い価格で出してしまうと、「ベンサンは安物」として見られてしまうんです。ベンサンの価値を再定義したい、そして職人さんの技術にきちんと対価を払いたいという想いが強くて。だから、ある程度価格を上げて、良いものとしてリブランディングしています。

長橋

あくまで、ファッションアイテムとしてのベンサンですもんね。

藤澤

そうですね。僕らはベンサンがこれまでにやってこなかったファッションアイテムとしての打ち出し方をあえてしていて。

with @tsubasayomiya

benchさん(@the_bench_official)がシェアした投稿 –

藤澤

例えば、イメージビジュアルは信頼しているカメラマンやモデル、スタイリストやヘアメイクの人にお願いしています。さらに、外箱はエンボス加工をした特注品で、お金が結構かかっています(笑)。そうしてお金をかけてPRするのも、売り出すときにBENSANの価値を適当に表現したくないから。本気でやっているという気持ちが、メーカーさんにもユーザーさんにも、どちらにも伝わると思うんです。


ブランドネームは座るベンチをモチーフにしているが、よく見ると、奈良の「奈」が3つ続いている

長橋

benchの今後の展開はどのように考えているのでしょう。

藤澤

早いうちに、ブランドを海外へ持って行きたいなと。というのも、ベンサンって、海外の人には「便所で使われるサンダル」というイメージがないんですよ。だから、ファッションアイテムとして売り出してもコスパが良くて履きやすいものだとフラットに見てくれる。ただ、ここはあえて「日本ではトイレで使われていた」というカルチャーを伝えた上で反応を見てみたい部分もありますね。また、benchはベンサンだけのブランドではないので、今後は他の奈良の良品にもフォーカスして、奈良県の製造業全般の役に立っていきたいなと思っていますね。

取材を終えて

藤澤さんは取材のなかでこうも話していた。

「地方に行くと『この街には何もないから』と嘆く人がいますよね。でも僕からすると、そこは宝の山。本当にもったいないと思うんです。『住んでいる周りには、実は面白いものが眠っている』と普段から思うことができれば、それを何か別の形に表現し直すことで、絶対に面白いものができると思います」

確かに奈良にセレクトショップはほとんどなく、商業施設もこれというものはない。ただ、それは言い返せば「面白いものは自分たちで作っていける」ということ。

新しい価値を生むことに対し、「昔ながらの日本の文化を崩して欲しくない」と、否定的なイメージを持つ人もいるかもしれない。しかしそれは藤澤さんの言う通り「お互いに意義のあるものづくりをしていくこと」で解消できるようにも思える。

今回のように工場にとっての可能性は、まだまだ日本の各地に散らばっている。BENSANのようなリプロダクトに限らず、様々な方向性からものづくりを考えていけば、また新しい文化がそこに生まれるはずだ。

区切り線

☆benchの予約会を開催中!
場所:蔦サロン
住所:東京都港区南青山5-11-20 2F
期間:~3/29 (木) ※3/20、27、28はバイヤーのみ
時間:11:00 ~ 20:00

BENSANは4月中旬から全国のセレクトショップで取り扱い開始。
詳細はHPやinstagramをご覧ください!

HP:http://the-bench.jp/
instagram:https://www.instagram.com/the_bench_official/

長橋 諒

1989年生まれ、東京都昭島市出身。服飾専門学校を卒業後、都内の古着店で販売員として勤務。その後大手セレクトショップ販売員を経て、Web系編集プロダクションに入社。現在はフリーライターとして活動中。

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