コラム

Webからプロダクトのデザイナーへ。木の玩具で育む、モノを大切にする心

おもちゃには、不思議な力がある。

子どもの創造力や発想力を育んだり、子ども同士のコミュニケーションツールになったり、子育てをサポートしてくれたり……そしてなにより、おもちゃを手にした子どもたちの目をキラキラと輝かせてくれる。

しかし「インテリア」という観点で見てみるとどうだろうか。

想像してみてほしい。もし、無垢材のインテリアが配置され、カーテンから優しく自然光が差し込むような部屋のなかに、アニメキャラクターのおもちゃが散らかっていたとしたら……? きっと部屋は統一感を失ってしまうことだろう。

「インテリアに溶け込み、子どもが大切にしたくなるようなおもちゃをつくりたかった」

こう話すのは、広島で「Sukima.(スキマ)」というオリジナルのおもちゃや雑貨を製造・販売するデザイナーの柳谷環(やなぎや・たまき)さん。「インテリアになるおもちゃ」をコンセプトに、なんと自宅の一室で自前のレーザーカッターを駆使し、プロダクトを製造している。


Sumika.の定番アイテムである『okozukai(おこづかい)』。無垢の木でできたコインで、お店屋さんごっこなどができる


子どもの感性を育むインテリアグッズ『forest mobile(森のモビール)』

柳谷さんが手がけるのは、自然素材でシンプルなデザインのおもちゃ。2015年に活動をスタートし、翌年には無印良品広島パルコ店からワークショップのオファーを受けるなど注目度は高い。

驚くべきは、柳谷さんは元々Webデザイナー。おもちゃや雑貨の製造とは畑違いの分野で活躍していたということだ。

彼女はいかにして「Webデザイナー」からひとりでプロダクトデザインもする「メーカー」へと転身を遂げ、Sukima.を生み出したのか。たったひとりの女性が「ものづくり」を仕事にするまでのストーリーに迫りたい。

あの日、「ものづくり」をやらざるを得ない状況に立たされた

なぜWebデザイナーだった柳谷さんが「ものづくり」を始めることに?

誤解を恐れずにお伝えすると、「ものづくり」をやらざるを得ない状況に立たされていたからですね(笑)。

元々働いていたWeb制作会社は受託開発がメインでした。事業が好調で、代表が「自社サービスをやろう」と知り合いの会社からECサイトを譲り受けたことがすべての始まりです。

ECサイトでは、子ども向け商品を扱うことになったんですが、運営のノウハウなんてないからみんな手探り。私たち担当は、商品を仕入れて、写真を撮影して、紹介文を書く……というサイクルを必死で回していました。

どういった商品を取り扱っていたんですか?

量販されているキャラクターもののグッズではなく、海外のおもちゃ作家さんがつくっているアイテムです。元々プロダクトやインテリアのデザインに興味があったので、商品のことを知れば知るほど好きになっていきましたね。

そのあと2度目の産休に入ったのですが、だんだんと会社の経営が傾いてきて……。出産して復帰する頃には、別の会社に事業ごと買収されてしまったんです。

まさかの展開ですね……!

まぁ、それまでの様子を見て、心の準備はできてましたけどね(笑)。幸か不幸かECサイトは継続して運営することになったのですが、会社が決める売上目標には全く達しませんでした。すると、業を煮やした新社長から、自分たちで木材を使った商品をつくるように指示が下されたんです。

でも、私はWebデザインしかやってこなかった。プロダクトのことなんてわからないわけです。どうしようか困っているときに、たまたま広島の東急ハンズにレーザーカッターが導入されることを知りました。

商品の量産自体はベトナムの工場に製造を依頼することになっていたんですが、試作品は私たちがつくらなければいけない。だから、スキルやノウハウを身につけるために東急ハンズへ足繁く通いました。

ところが、何度も何度も足を運んで、スキルやノウハウが身について、ようやく試作品ができた、いよいよ工場に発注だ……というタイミングで、新社長の鶴の一声でサービス自体がクローズすることになったんです。

なんと……かなりショックだったのでは……?

思い入れのあるサービスだったので残念ではありました。でも、会社に所属している意味がないな、と吹っ切れるきっかけにもなったんです。むしろ、せっかくECやレーザーカッターのノウハウを身につけたので、自分でやってみたくなってしまって(笑)。思い切って自腹でレーザーカッターを購入して、独立することにしました。

そのおもちゃ、インテリアに馴染んでる?

いくらノウハウを学んだとはいえ、いきなり自社製造と販売を始めるってハードルが高いような気がしていて。まずは卸売から……みたいな選択肢はなかったんですか?

なかったですね。やはりどこかから商品を仕入れるのにもお金がかかるし、利益も少なくなってしまうので。

素人目だとレーザーカッターを操作するのも難しそうですが……。

それがそうでもないんですよ。レーザーカッターは、感覚としては普通のプリンターと一緒。デザインソフトの「Illustrator」でデザインデータをつくって、プリンター感覚で出力したらサクッとプロダクトができちゃうんです。


レーザーカッターで木材を加工している様子。「Illustrator」で制作した画像データのアウトラインどおりに木材がカットされていく

私は木工職人ではないので糸ノコギリなどの工具は上手に扱えない。また工場は「最小ロットが1000個から」というように決められているから、試作品を依頼できない。

そうなると、初心者でも精度の高い加工ができ、小ロットでも気軽に試作品がつくれるレーザーカッターは、心強すぎるパートナーだったんです。レーザーカッターの価格は50万円程度で、初期投資としては許容範囲内でしたし。

プロダクトのアイデアはどこから着想したんですか?

最初につくったのが、okozukaiの元となった木のコインなんです。

きっかけは、夫と子どもがビー玉や紙きれをお金に見立ててお店やさんごっこをしているのを見たことです。遊びを通じて、だんだんとお金の概念を理解していく子どもの姿を目の当たりにして、「木でできたお金のおもちゃがあったらいいな」と。

そういえば、なぜ「木」の素材だったんですか?

もちろんレーザーカッターで切りやすいからという理由もありますが、子どもにおもちゃを大切に扱ってほしいという想いが強いです。

あくまでも個人的な見解ですが、量販店で売っているレジのおもちゃや幼児雑誌の付録についている「子ども銀行券」など、プラスチックや紙製のおもちゃって大切に扱われないんですよ。

本来、お金の大切さを学ぶためのもののはずなのに、雑に扱われてしまっては本末転倒ですよね。だから、木で厚みをもたせて、優しい触り心地でつい手にとってしまいたくなるようなおもちゃをつくりました。「このお金のおもちゃが、子どもにとって初めてのおこづかいになりますように」という想いを込めて、okozukaiというネーミングにして。

木を選んだもうひとつの理由は、インテリアになるものをつくりたかったから。これも私だけかもしれませんが、量販されているキャラクターもののおもちゃが部屋に散らかっていると、すごくイライラしちゃうんですよ(笑)。もっと部屋のインテリアに溶け込むようなおもちゃがずっと欲しかった。

別にキャラクターもののおもちゃを否定しているわけじゃないんです。うちにもありますし、やっぱり子どもはアニメキャラクターのグッズが好きで、学校での共通の話題にもなりますからね。ただ、インテリアの観点で考えると、自分でつくったおもちゃのほうが相性がいいと感じています。

子ども向けアプリも開発! メーカーとWeb制作を両立

今ではokozukaiと連動したアプリもリリースしています。「メーカー」と「Web」の垣根を取っ払ってしまっている点がすごくユニークですね。こちらも柳谷さんが開発を?


『レジごっこ』は、専用のカードに記載されたQRコードをスマホにかざすと、ピッという音とともに金額を読み上げてくれるという、まさにお買い物ごっこアプリ

アプリ開発を担当したのは夫です。彼は別の会社で働くWebクリエイターなのですが、デザインもWebもアプリもオールジャンルに手がけられるので、家業であるSukima.のことはかなりサポートしてもらっています。

ちなみにSukima.の売上は、初年度は約60万円でした。以降も順調に推移しているんですが、それだけでは生活していけません。だから、受託制作の仕事もやっているのですが、Web系の仕事は夫の会社に発注しています。ビジネスのパートナーとしても、いい関係が築けていると思いますよ。

ご夫婦が手を組むことで、あらゆる制作の仕事が受けられる。受託制作の仕事での売上があるからこそ、Sukima.でチャレンジができるんですね。最後に今後の目標について教えてください。


senro sugorokuはひろしまグッドデザイン賞奨励賞を受賞。広島県産のヒノキをつかっており、自分たちでオリジナルのコースをつくって楽しむことができる

Sukima.にはokozukai以外にも、ひろしまグッドデザイン賞奨励賞をいただいた『senro sugoroku(せんろすごろく)』や『ie shougi(いえしょうぎ)』などがあるのですが、プロダクトとしてはまだまだ弱いと思っています。


ie shougiは、駒の動きを点と線で表現した将棋。初心者でも駒の動きが一目でわかるようにデザインされている。将棋盤の藍色のプレートは、陶芸家・若狭祐介さんのオリジナル。食卓で器としても利用できる

というのも、Sukima.のラインナップには箱状のものや立体的なデザインのものはありません。理由は、レーザーカッターが平面的な木材しか加工できないからです。だから、これからは積み木のようにもっと立体的なプロダクトをつくっていきたいと考えています。

Sukima.をスタートした頃は、木のことなんてまるでわかっていなかった。でも、3年間失敗もしたけど、ひたすら木のことを勉強してきたつもりです。何よりこれまで培ってきた販路もある。ようやく木工職人さんにお願いできるステージまで来たのかな、と思います。

彼らの手でなければ生み出せないような、レーザーカッターではつくれないようなプロダクトをつくっていきたい。それが今の想いです。


自宅の庭にあるギャラリースペース。なかにはSukima.のプロダクトがズラリと並んでいる(利用は予約制。見学希望の方は、メールの場合は sukima@intus.jp 、Instagramの場合は @sukimagift へのダイレクトメッセージなどで事前に連絡を)

もうひとつは、現在は軒先でギャラリー的に使用しているスペースを拡充させていくこと。ショップとしての機能を持たせたり、ワークショップができるようにしたり、子どもたちがおもちゃを気軽に体験できるようにしたり……まだまだやりたいことは山のようにありますね(笑)。

やりたいことを次々と形にしてきた柳谷さんなら、きっと叶えてしまうんでしょうね。数年後が楽しみです。今日はありがとうございました。

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柳谷さんのお話で印象的だったのが、当初はスモールスタートだったということだ。

東急ハンズにあるレーザーカッターに触れるところから始まり、小ロットでプロダクトをつくり、ネットで販売する……レーザーカッターの購入費用を除けば、初期投資は決して大きくない。お金がなくても、たったひとりでも、柳谷さんのように「ものづくり」のビジネスを生み、育てていくことができるのだ。

テクノロジーは、私たちにほぼ平等にチャンスを与えてくれている。やりたいことが叶えやすくなっている時代、動き出すなら今しかない。

Sukima.gift
  • Sukima.=スキマ=スキな物に囲まれている空間 毎日の生活に自然にスッとなじむ、 インテリアにしていても生活にマッチするモノ。 スキな時間や空間を作ってくれるモノ。 スキマ時間に大人も子供も楽しめるモノ。 大切な家族と、センスのある生活を楽しむすべての人へ、 スキマオリジナルの雑貨やおもちゃの他、スキマがセレクトした商品を取り扱っています
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田中 嘉人

1983年生まれ。静岡県出身。静岡文化芸術大学大学院修了後、2008年にエン・ジャパンへ入社。求人広告のコピーライターとしてキャリアをスタートする。その後、Webメディア編集チームへ異動。CAREER HACKをはじめとするWebメディアの編集・執筆に関わる。2017年5月1日、ライター/編集者として独立。

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