高齢化社会となる現在の日本において、介護という仕事はとても重要視されている。
しかし、その一方で「つらくしんどい仕事」というイメージを持つ人も少なくない。
厚生労働省が発表した平成29年度雇用動向調査によると、介護が含まれる医療・福祉の分野の離職率は14.5%と、全産業平均との差はさほどない。どうして介護だけが「つらくしんどい仕事」だと思われるのだろうか。それはそのようなものであるという思い込みに過ぎないのではないだろうか。
では、実際の介護とはどのような仕事なのだろう。
「介護の仕事は本当に楽しいんです。でも、世間的にはまだまだ大変な部分ばかりが切り取られがちです。私はこの仕事のおもしろさや奥深さをより多くの人と分かち合えたらうれしいなと思っています」
そう話すのは、介護に志を持つ若い世代を中心に結成されたコミュニティ「KAIGO LEADERS」の代表である秋本可愛さん。
秋本さんは学生時代に参加していた起業サークルで介護をテーマに活動。大学卒業後、「KAIGO LEADERS」の母体となる株式会社Join for Kaigoを設立し、コミュニティの運営を通じて介護領域で若者が活躍できる環境づくりに努めている。
コミュニティの参加者は現在、約3000人。東京、大阪、金沢を拠点に、高齢者のケアや働き方など各分野のトップランナーを講師に招いた対話イベントや、職場改善案や起業プランを実践につなげる連続ワークショップなどを実施している。
団塊の世代が後期高齢者を迎え、国民の4人に1人が75歳以上になる2025年を視野に入れながら、ゆくゆくは全国8か所に拠点を構築することを目指すこのコミュニティ。
「介護から人の可能性に挑む」をモットーに活動を続ける秋本さんは今、この仕事にどのようなやりがいを見出し、何に幸せを感じているのか。
プロフィール
秋本可愛(あきもと・かあい)
はじまりは「知る」ことから
現在の活動は、学生時代の経験の延長にあるとお聞きしました。
そうですね。もともと介護にそれほど興味があったわけではなくて。たまたま学生時代のサークルで取り扱うテーマが介護だったんです。
では、その活動を通じてだんだん介護に興味を持つようになったと。
はい。認知症予防につながるフリーペーパーをつくったんです。それをきっかけに、もっと認知症のことを知りたいと思うようになりました。
それで、認知症を知るにはやっぱり現場経験が大事なので、デイサービスでアルバイトを始めることにしたんです。そこでは2年間くらい働きました。みなさん本当にやさしくて、何も知らない私にいろんなことを教えてくれたり、昔の話をしてくれたり、ときには私の悩みも聞いてくれました。
認知症といったって、みんな普通の優しいおじいちゃんであり、おばあちゃんなんですよね。ほっこりする日常にあふれていて、それが私にはとても心地よかったです。
私は特にその中のひとりのおじいちゃんのことがとても印象に残っていて。
どんな方だったんですか?
認知症で素行が悪くなってしまったおじいちゃんなんです。もともとぶっきらぼうな方だったのですが、話しかけても、返事じゃなくて手が出てしまうようになって。それでも毎日挨拶していって、顔を覚えてもらう中で暴力がなくなり、話をしてくれるようになって、すごく仲良くなったんですよ。
でもその人は私が夜勤してる時は全然寝てくれないんです。どんなに寝ましょうよと話しかけても「お前が先に寝ろ」というばかり。仕方ないので、おじいちゃんの隣に布団を引いて寝たふりをしてみたら、あっさり布団の中に入って寝たんです。
そこでふと思ったんですよ。この人はもしかしたら家族全員が、家に帰ってくるまで絶対に起きてるようなおじいちゃんだったのかなって。その時に、介護の現場に立つことって、認知症によって見えなくなってしまったその人の大切な部分に、触れることができる素敵な仕事なんじゃないかと思ったんです。
では、起業をしようと考えたのは、やはり現場での楽しい経験が大きかったのですか?
介護の仕事が楽しかったからというのはあるんですが、その一方で人生の終わりが幸せではないこともあるという現実を知って、自分なりにショックを受けたんです。早く死にたいっていうおばあちゃんもいましたし、介護に疲れているご家族の状況を知ったりもして……。
私はぬくぬくとおじいちゃん・おばあちゃんにかわいがられて育ってきたので、自分が知らなかった現実に課題意識を持つようになったんです。もっと若い人たちが介護に関心を持てるような入り口をつくりたい。そう思って、2013年に勢いだけで独立しちゃったんです。
東日本大震災によって、社会的な活動が広がりつつあるタイミングではあったんですけど、だからこそ介護の領域にも目を向けて欲しいという思いがありました。
福祉の「可能性」に目を向ける
現実を広く知ってもらう必要があると考えたのですね。
課題意識としてはそうでしたね。でも、そうした現実がある一方で、幸せな現実もたくさんあるということを知ってもらいたいと思っています。
認知症は偏見の対象になってしまうことがあるのですが、症状もさまざまですし、地域社会に溶け込んでいきいきと活躍している人もたくさんいます。介護する人たちものびのびと働いている、そういう現場も知られていないだけで実はたくさんあります。
たとえば、ユニークな活動をしているところだと、施設のなかに駄菓子屋さんが入っているところがあるんです。そこでお店の切り盛りをしているのは、認知症の入居者の人たち。計算ができないおばあちゃんのかわりに、地域の子どもたちが計算をしてあげたりするんですよ。駄菓子屋さんという小さな活動がハブになって、世代を越えたつながりが生まれているんですよね。
このほかにも施設内でしか使えない館内通貨を運用しているところもあります。入居者はリハビリをがんばったり、さまざまなお手伝いをしてその館内通貨を稼いだり使ったりしないと、施設内では何もできないようになっているんです。ここでは外部の見学者に対して、事業所内を案内するのは利用者さんの仕事です。みなさんとてもお元気なんですよ。
へえ。とてもおもしろいですね。
さらに石川県には「佛子園」という業界では有名な施設があって、ここは西圓寺という廃墟になっていたお寺を改装して高齢者のデイサービスをやっているんです。
それだけでも特徴的なんですが、さらにいろんな事業を複合的に展開していて、地域の人なら無料で入れる温泉も運営しています。普段デイサービスをしている場所が、お酒が飲めるカフェとしても開かれていて、私が行ったときはカップルが普通にごはんを食べていましたね。
まわりの地域はどんどん過疎化しているのに、この施設がある地域だけは住民が増えているそうです。そういう「いい実践」のかたちを知ると、福祉にはすごくたくさんの可能性があるなあって思うんです。
「気付き」が、人を変えていく
なんとなく、福祉の世界って大変そうなイメージがありますけど、お話を聞いてるととても楽しそうで、ポジティブなイメージが広がっていきます。
日本では老いや死がネガティブに捉えられていることもあって、いいイメージが広がりにくいんですよね。
でも、老いや死はネガティブでもなんでもなくて、いつか誰もが向き合うことになるものです。そこに介護という仕事を通じて関われるということは、自分の生を問ういい機会になりますし、生きる力に繋がってくると思うんです。
仕事としての奥深さがありそうですね。
はい。だからこそ、私は介護する人される人という隔たりを感じさせないような、あるいは地域社会も含めてみんなが信頼関係で結ばれているような「いい実践」のかたちをまずはより多くの人に知ってもらいたいと考えています。
コミュニティではそうしたことを分かち合ったりするのでしょうか?
そうですね。介護を中心とする福祉領域でがんばっている人たちが、横のつながりのなかで情報交換や意見交換をしていく。そして、一人ひとりが主体的に介護という仕事に向き合っていく。そこから可能性の芽を広げていきたいという気持ちがあります。
これは私も経験があるのですが、介護現場では利用者さんとスタッフだけの関係性になるので、視野が狭くなりがちなんです。その小さな世界のことがすべてになってしまうと、課題ばかりに目が行ってしまうし、ほかの可能性に気付けなかったりしてしまう。それってやっぱりもったいないですよね。
たとえば、私は現場で働くなかで、「ありがとう」と言われることにやりがいを感じてきました。でも、それって逆の立場からすると、ずっとお世話されている、申し訳ないと思わせる状況をつくってきたとも言えます。私はそういうことに、現場を離れて外の世界を知って、気付いたという経験があるんです。
なるほど。気付きは大事ですね。
どんな仕事もそうですけど、現場にいると大変なことも少なからずあるんです。そうした時に周りの小さな世界だけではなく、自分の外側にある世界を知ることで、見えてくるものがあったり、忘れていた情熱を取り戻すことができるかもしれない。そういう経験をより多くの人にしてもらえたらうれしいです。そして、そういう経験そのものを楽しめたり、人に気付きの機会を与えたりすることができる人たちがたくさん生まれていったらいいなと思っています。
私も日々、介護職の人たちと関わっていますが、エネルギーのある人たちの変化に気付く力や、人を思える力、その人がどうやったら笑顔になれるか、幸せになれるかを常々考えている姿には、いつも感銘を受けています。そういう優れたリーダーがいる現場ってやっぱりおもしろいんですよね。
介護の仕事は離職率が高いと思われている節があるのですが、実は全産業平均とそれほど変わりません。仕事をやめる理由があるとするなら、多くの人は介護自体が嫌になるのではなくて、その環境が嫌になるんです。
そういう現場ってたぶん、おじいちゃんおばあちゃんも幸せではないと思うんです。だって無理してまで自分が支えられてる状態を本当の意味で望んでいるわけではないですよね。むしろ若い人を応援したいとか、幸せになって欲しいと願ってる人が多い。
だからリーダーの育成も含めて、介護に関わるすべての人が、それぞれの思いを生かしてのびのびと働ける環境をつくっていきたいです。
「幸せ」と「ゴール」について
「幸せ」という言葉がかなりキーワードになっていると思うのですが、秋本さん自身はどういう時に「幸せ」を感じるんでしょう?
幸せ……? そうですねえ……。
やっぱり幸せって人の数だけ違うと思うんです。タイミングにもよるし。だから自分の中の心地よさを探っていくのは大事だなと思っています。
今は介護職としての幸せというより、いち団体の代表として幸せを感じることが多いです。たとえば私が何もしていないのに、私のまわりで勝手に関係性が広がって、ものごとが動いている瞬間に出会うときですね。
私が知らないところで、新しい場が生まれていたり、新しいプロジェクトが動き出していたり。ひとつの生態系としてものごとが動いているんだなということを感じられるときに、すごくうれしい気持ちになるんです。
おもしろいですね。
結局、自分ひとりでできることは限られています。そういうことを受け入れた上で、みんなを信じて、みんなに自分を委ねていくということが大切だと思います。それってたぶん、介護領域とか大きなものを改善していくことと同じだと思うんです。
私ひとりが一生懸命頑張っても関われる範囲って限られてるけど、周りのみんなが頑張れると思えるような状況を作れば違うかもしれない。だって、みんなで一緒に頑張った方が大きな動きになりますよね。
だから、私はこういうことを目指したいとは言いますけど、どうすればいいかはみんなで考えたいんです。そういうスタンスで、これまでずっとやってきました。私のことを「『ワンピース』のルフィみたいだね」って言ってくれる人がいるんですけど、それはこのコミュニティにおける私の役割でしかないと思っているんです。
すてきなリーダーだと思います。
いやいや……ダメなんです……。いつもみんなに助けてもらっているし、みんなに支えられてここまでこれたと思っているので。
にもかかわらず、そういう自分の能力以上に世の中からスポットライトを当ててもらうことが多くて、それにはちょっと悩んだこともありましたね。私、まだまだなのになあって……。
でも、最近は注目してもらえることがありがたいなって、ちょっとは素直に思えるようになってきたかもしれないです。まだまだだっていう実感は引き続きあるんですけど、ラッキーって思えたりもするので(笑)。
この活動のゴールを考えることはあるんですか?
それがどこにあるのかを考えても仕方がないのかな、とは思っています。そもそも介護領域の課題はとても大きいですし、自分が生きている間に解決できるかどうかもわからないですよね。時代の変化、社会の変化で、その都度いろんな課題も生まれていくと思うので。
だから結局は、今自分がやりたいと思う目の前のことをやるだけなんだと思います。それでこういうことかなと思ってやり始めたら、ああこっちもだったなっていうことが見えてきて、そこからまたやりたいことがでてくる。可能性が広がっていく。
どこかにたどり着いたらまた新しい目標が生まれるだけですから。私の目標が達成されて、自分自身がとても幸せな状況だったとしても、周りの人が辛い顔をしているなら、私はすぐに嫌になっちゃうんです。だから私はたぶんずっと、満足せずにやり続けるんだと思います。
写真:飯本貴子
☆この記事が気に入ったら、polcaから支援してみませんか? 集まった金額は、皆さまからの応援の気持ちとしてライターへ還元させていただきます。
『「しんどい介護」は終わりにしよう。介護の楽しさを伝える平成生まれの野望』の記事を支援する(polca)