コラム

渋谷とカレーの多様性で生まれた「ケニックカレー」の目指す場所

お腹を空かせて待っていると、木製のボウルに入った“無水キーマカレー パクチースペシャル”が運ばれてくる。

まず一口頬張ると、歯ごたえのしっかりとした粗挽き肉のうまみと、香味野菜の甘みが。そのふたつの強い味が、さわやかに香るスパイスでまとめられていてスプーンが止まらない。
トロトロの半熟玉子や、みずみずしいパクチーとのマッチングも楽しんでいるうちに、あっという間にお皿は空っぽに……。

この絶品カレーを提供しているのは、渋谷にある「ケニックカレー」。バーをランチタイムのみ間借りして営業するスタイルにも関わらず、カレー好きのみならず、渋谷界隈のデザイナーやモデルからも圧倒的な支持を得ています。


instagramのハッシュタグ「#ケニックカレー」より。クリエイターやモデルの投稿も並ぶ

店主であるケニックさんの話からは、渋谷とカレーの共通項が見えてきました。それはずばり、「風通しの良さ」と「多様性」。

渋谷だから、カレーだからこそ生まれたケニックカレーのこだわりと、彼の目指す「理想の場所」について迫りました。


ケニックカレー……渋谷・東急本店近くの『BAR FOXY』を間借りしてランチタイムのみ営業。水を使わず作る“無水キーマカレー”やパクチーのトッピング、期間限定のメニューも人気を集める

プロダクトデザイナーからカレー屋への転身


ケニック……大学卒業後、専門学校でデザインを学ぶ。プロダクトレーベル『kanvas』の立ち上げ・運営を経て、2014年に『ケニックカレー』をスタート。InstagramなどSNSで口コミが広がり、渋谷の人気店に

ケニックさんは、経歴がなにやらユニークだと伺ったのですが。

そうですね、カレー屋になるまでにいろいろと経験しています。

まず、青山学院大学を出たあとに文化服装学院に入り、デザインを学びました。ですが、自分の作りたいものはなかなかビジネスにならないと気付きまして。しばらく人生に迷う時期が続きます(笑)。

その後、家電量販店で働いていた頃に最初のiPhoneが発売されたんです。当時はかっこいいiPhone用ケースがなかったので、自分なりに作ってみたらすごく売れて。それを機に独立して、プロダクトデザイナーとしての道を歩み始めました。

カレー屋の前はデザイナーだったんですね!

ええ。当時からプラットフォーム的な活動が得意でした。周囲のクリエイターに出してもらったアイデアをデザインして、プロダクトに落とし込むスタイルですね。

だから、色んな絵を描いてもらう場所という意味で『kanvas』というブランドネームを名乗っていました。でも、徐々にネタ切れというか、新しいことがやりたくなってきたんです。

そこで友人に相談したら、「スケボーのデザインがいいんじゃない?」と言われて。面白そうだなと思ったんですけど、待てよと。僕スケボーやらないんですよ。スケボーをやらない人間が作るスケボーのデッキってすごい嘘くさいなと思って。

じゃあ「自分らしいもの」はなんだろうと思って周囲を見渡したら、「料理」があったんです。

カレーはぜんぜん儲かりません!

料理はどんな風にお好きだったんですか?

昔から、友人たちに料理をよく振る舞っていたんです。特に学生のときの友人は、酒が大好きなのに金がないやつばかりで(笑)。よく僕の家で飲んでいたんですが、そのときにいつも大鍋でカレーを作っていたんです。

その料理で友人たちが喜んでくれた経験が、自分の根底にあることに気付きまして。そこで、特に評判の良かったカレーで店を始めてみようと決心しました。

その後、お店は順調に成長していったんでしょうか。

クリエイティブ業界の友人たちがまず来てくれて、その繋がりで影響力のあるモデルや女優さんも来るようになったんです。彼女たちインフルエンサーがSNSで発信してくれることで、口コミでどんどんお客さんが増えていきました。

いまや人気店ですよね、SNS上でもよく名前を目にします。

ありがたいです。ただし経営的にはカレーの原価がどんどん高くなってきていて…ぜんぜん儲かりません(笑)!

例えば生姜やにんにくは缶詰やチューブのものから、すべて生のものに変えました。味や香りが全然違うんですよね。それに、他の食材もほとんどが国産です。

特にパクチーは有機栽培品のみを使っているので、「味が違う!」と喜ばれます。とはいえ仕込みの手間もかかるし原価も上がるし、儲からない理由なんですけどね。

なるほど、食材へこだわるがゆえの悩みが。

お客さんに変なものを食べさせたくないですし、逆にうちのカレーを食べて健康になってほしいんですよ。

というのも、僕はずっと重いぜんそく持ちで、なかなか治らなかったんです。でも食べ物に気をつけるようになった途端に良くなって。それがきっかけで、食事への考え方が変わりました。

今は他人にもできるだけいいものを食べて欲しい、という気持ちで料理を作っています。

カレーは「多様性」のカルチャー

でも、経営の視点でいうと、儲けが出ないのは厳しいのでは……?

だから、カレーはビジネスとしては考えていないんです。それ以外のいろんな要素を組み合わせて、お店を続けられるくらいの利益を出せればそれでいいやと思っていて。

例えばプロダクトを作ったり、お店に来てくれる人たちとのコラボイベントをしたり。そういった色んな試みができた方が経営的にバランスが取れますし、何より楽しい。デザイナー時代の屋号だった「キャンバス」的な精神は、今も変わっていませんね。

カレー屋を選んだ理由として、今の日本のカレーカルチャーに、ものすごく面白みを感じていることもあります。他のジャンルより、多様性が認められる空気があると思っていて。

例えばフレンチや和食の世界だと、メディアに露出したりイベントに参加するには、「◯◯さんの弟子」とか「◯◯で何年修行した」みたいな、ある程度のキャリアが求められることが多い気がするんです。

確かに、ヒエラルキーのようなものはあるかもしれません。

でも、カレーの世界は来るもの拒まずみたいなところがあって。タイカレーとか欧風カレーはもちろん、新規性のある創作カレーであっても、ジャンルを問わず“カレー”として認めてもらえる。だからこそ挑戦しがいがあると強く感じています。

カレーを軸に、渋谷に“たまり場”を作りたい

新規店舗のオープンに向けたクラウドファンディングでは、「カルチャーの発信基地になるような場所を作りたい!」と書かれていましたね。そもそも、店舗を構えようと思ったきっかけは何かあったんですか?

うちの店にはモデルをしているお客さんも多いので、周りから「芸能事務所でもやったらいいじゃん」と言われていたんです。

それで、冗談半分でそんな計画をFacebookに書いたら、「僕手伝います!」と手を挙げてくれた友人がいたんですよね。

えっ、芸能事務所を!

いや、それでその友人と会って話をしてみたら、そもそもまだケニックカレーが間借り営業なことに驚かれてしまって。彼はクラウドファンディングの会社で働いていたんですが、「お店構えましょうよ!手伝いますから!」と言ってくれたんです。

もともと、店舗を持つ予定はあったんですか?

やっぱり間借り営業ゆえの悩みはあって。ランチ営業のみだとイベントを開きづらいですし、会社の遠い人はなかなか食べに来られませんよね。それに、カレーの仕込みを家でやる必要があるため、他の活動に時間を割きづらいんです。

だから「間借りではなく、店舗を持ちたい」という漠然とした気持ちはあったものの、どう動こうか悩んでいたんです。クラウドファンディングに興味はあったんですが、踏み出し切れていなかった。そこに話をもらえたので、これは運命かな、と。

残念ながらクラウドファンディングは目標未達成に終わりましたが、振り返ってみていかがでしょうか。

反省点はいくつかあって。まずは、大口で支援してくれそうな知り合いに、最初から相談すべきだったんですよね。実施期間の終盤で行ったら「もっと早く来なよ、支援したのに」と言われてしまって。

うちのプロジェクトは、最初だけ伸びて、途中で止まってしまったんです。もし序盤に大口の支援がドカッと入っていれば、伸び方は違ったと思います。

「あと100万円」と「あと10万円」では、後者の方が支援したくなる気はしますね。

もう一つは、自分が十分に動けなかったことです。どうしてもカレー作りや店に時間を割かれてしまい、情報発信や支援の依頼が後手後手になった。

とはいえ、プロジェクトの結果に関わらず、店を構える準備は進めています。最初から目標金額に達しなくてもそのつもりでした。今回プロジェクトを実施したことで、宣伝・広報的には大きな効果がありましたしね。

ただ、渋谷でいい物件が見つからなくて……。

再開発の最中ですし、空き物件は少ないと聞きますね。

そうなんです!2020年のオリンピックに向けて物件の賃料も上がっていて…不動産屋の人もなかなか強気なんですよ(笑)。

でも、渋谷の風通しのよさというか、人の出入りが多い空気はやっぱり好きなんです。

新しいお店は、カレーを軸足に置きながらも、集まってくれた人たちと面白いことができる空間にしたくて。モノづくりをしてもいいし、ギャラリーやアートスペースとして使っても、イベントをやってもいい。僕抜きでお客さん同士でプロジェクトが始まったりしても面白いですよね。

そんな渋谷ならではの空気のある、たまり場のようなコミュニティをいつか作れたらと思っています。

区切り線

アイデアを多様な視点から捉え、形に落とし込むのがデザインだとすれば、『ケニックカレー』はまさにデザイナー・ケニックさんの作品だと言えるでしょう。

多種多様なスパイスの組み合わせから生まれ、カルチャーとしても多様性を体現する「カレー」。そして感度の高い人々が集まり、日々新しいものを生み出す街・渋谷。「人を集め、面白いことをしたい」というケニックさんが渋谷でカレー屋を始めたことは、まさに必然だったのだと感じます。

残念ながらプロジェクトは目標未達成でしたが、ケニックさんの挑戦は続きます。きっと新たな店舗もケニックさんの想いによってデザインされ、人を魅了する空間となるはずです。

ケニックカレー
  • 住所:東京都渋谷区道玄坂2-25-7 プラザ道玄坂5F 『BAR FOXY』内
    定休日:水曜日
    営業時間:11:30〜16:00(L.O.15:45)
    ※売り切れ次第終了なので、下記Twitterをチェック

渋谷の「ケニックカレー」が新規店舗オープンに向けて動き出す!
  • 目標/支援総額
    2,000,000/510,000円
  • 内容
    店をきっかけにカレーのような様々なカルチャーが混ざり合い、新しい「何か」の発信基地になるような新規店舗をオープンしたい!



※クラウドファンディングにご興味のある方はCAMPFIREにお気軽にご相談ください。プロジェクト掲載希望の方はこちら、資料請求(無料)はこちらから。

友光 だんご

1989年生まれ、岡山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。出版社勤務ののち、2017年3月より編集者/ライターとして独立。Huuuu所属。インタビューと犬とビールが好きです。

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