コラム

「いちじくいち」を成功させる。編集者・藤本智士の利他な欲望論

私たちは誰もが「欲望」を持っている。美味しいごはんが食べたいとか、ものを所有したいとか、彼氏彼女が欲しいとか。あるいは何かを成し遂げることによって、誰かに認めてもらいたいといった種類の「欲望」もあるだろう。

それらはすべて私たちが生きていく上で、目を背けることができない根源的な「欲望」だ。さらにそうした数ある「欲望」のなかには、社会的な存在として誰かを喜ばせる「利他的な欲望もある」と語るのが、これからご紹介する編集者の藤本智士さんである。

兵庫県出身・在住の藤本さんは、新しい“ふつう”を提案する雑誌『Re:S』の編集長を経て、2012年にローカルメディアの先駆けとも言える、秋田県発行のフリーペーパー『のんびり』を創刊(2016年に発行終了)。秋田県にかほ市出身の版画家・池田修三を特集し、池田作品が再評価されるきっかけを作るなどした。

そんな藤本さんが次なる一手として着目したのが、にかほ市の特産品であるいちじく。地元では昔から甘露煮などで親しまれてきたいちじくを“軸に”、地域を盛り上げるマルシェイベント「いちじくいち」を2016年から開催している。


にかほ市産の朝どりいちじくを生産者が自ら販売。全国各地のローカルからもたくさんの飲食店や物販店が出店し、昨年度は会場となっている旧小学校舎に6,000人を集客した。

補助金や公的資金に頼らない運営を目指し、今年からはクラウドファンディングも実施して収益化を目指している同イベント。兵庫に暮らす藤本さんはなぜ、住んでいる土地から遠く離れた秋田のローカルを編集し、その魅力を伝えるのか。「地域の宝」を発掘し価値付ける編集者としての「欲望」について話を聞いた。

プロフィール
藤本智士(ふじもと・さとし)
1974年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行のフリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーター福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。

微妙だからこそ、やる意味がある

まず、藤本さんがいちじくに出会ったきっかけについて話を聞かせてください。

きっかけのひとつは、池田修三さんのことを調べるなかで、いろんな人の家に上がらせてもらっていたとき、コーヒーのお供としていちじくの甘露煮がよく出されたことなんですよ。

それがものすごくあんま〜いやつとか、お酢が入っててうわーって感じのやつとか、味もいろいろで。甘露煮は地域に脈々と続く文化なんですが、ちょっと独特でおもしろいなと思って。

その甘露煮に使われているのが「北限のいちじく」ですか?

そう。いちじくは基本的に温暖な土地で育つもので、秋田では沿岸南部のにかほが栽培地の北限とされていることからそう呼ばれているんです。

いちじくというと、でっぷりしていて、真っ赤なやつを想像する人も多いと思いますが、それは桝井(マスイ)ドーフィンという品種で、実は「北限のいちじく」とは別の品種です。「北限のいちじく」はきれいな緑色をしたホワイトゼノアという品種で、秋頃になるとそれが町にたくさん並ぶんですよ。

桝井ドーフィンしか知らなかった僕ははじめ、なんでにかほではこんなに若い段階でもいでしまうんやろ、とか思ってたんですけど、そういうことではなかったんですね。


にかほでつくられている「ホワイトゼノア」

味はどう違うんですか?

ホワイトゼノアは桝井ドーフィンより甘さ控えめで、さっぱりしていますね。身がきゅっと締まっていて、煮込んでも型崩れしにくい。だからみなさん、それに砂糖を加えて、東北の厳しい冬を乗り越えるための保存食として甘露煮にしていたんです。

だけど保存食とは言っても、もうそういう時代でもないじゃないですか。それはそれで尊い文化で残さないといけないものですが、なんでもかんでも甘露煮にするのは違うやろ、とは実は思っていて。

それに道の駅などで売っている甘露煮って、これ誰が買うんやろ? って言いたくなるような垢抜けないパッケージなんです。もちろん一周してそれが“味”になってるんですけど、シンプルに瓶詰めしていちじくのコンポートとかにしたら、DEAN & DELUCA的な店に並べられたりするんちゃう? とか、いろいろ考えてしまって。

なるほど。微妙な存在だったことが、編集者としての藤本さんを燃え上がらせたんですね。

いちじくに関わる若い人たちに出会ったのも大きかったですね。

例えば、にかほに佐藤勘六商店っていう小売の酒屋があるんですが、そこの4代目の佐藤玲くんという人が、完熟のいちじくを冷凍しておいて、それをいろんなジャンルのシェフに提供して調理してもらうという働きかけをしていたんです。僕が知らなかっただけなんですが、玲くんのいちじくはANAの機内食にも使われたりしていて、実は結構おもしろいことになっていた。

さらに、にかほはいちじくを育てるのに適している土地なので、最近さらにいちじくの若木を植える人が増えてるって話も聞いて。そこに2代目や3代目の若い人たちが関わり始めている。そんな流れがあるなら、それを消費していく場が必要だし、そういう場を編集することに僕の役割があるんじゃないかと思ったんです。

若い生産者はいちじくで食っていきたいと思っていても、そこまでできなくて、地元の企業で働きながら兼業で細々と栽培をやっていたりする。そういう話を聞くとどうにかしたいと思ってしまうし、僕自身も未来を見ている若い人たちと一緒に何か新しいことをやりたいと思って、この「いちじくいち」も始めたんですよね。

まずは自力でがんばる理由

「いちじくいち」は補助金や公的資金に頼らない運営をしているとのことですが、その理由について教えてもらえますか?

僕は街場の人が何かを始めるときに、役所の補助金に頼りすぎているんじゃないかっていつも思っているんです。それに対する反骨というところもあるのかもしれないけれど、最近はやっぱりそうだよなって思うところもすごくあって。

というのも、僕は何事も自分たちでやるっていうところからスタートして、ちゃんとかたちを見せて、これなら信頼できるから補助するとか、協力したいと思ってもらうのが一番理想やなと思っているんです。要は信頼の積み重ねの上に、予算が後から乗っかってくるイメージです。

だから、役所もスタートアップの資金として闇雲に補助金を出すのはやめた方がいいと思っていて。よそものの何だかわからない活動にリスクを背負って投資をするよりも、これなら信頼できると思ったものに、後から投資をした方が役所にとってもいいじゃないですか。大事な税金を使うならなおさらですよね。

ものごとはそうやって信頼関係を築きながら進めていくのが理想ですから、市民も盲目的に役所を批判すべきじゃないと思う。『のんびり』をやっているときに思ったけれど、彼らもちゃんとプロなんです。何もしないで文句ばかり言っている市民より、全然がんばってるなーと思うことがすごくあった。

じゃあその信頼をどうやって築くかということになると、やっぱりやっている姿を見せるしかないということになる。だから「いちじくいち」も最初にかなりのお金を出してしまって、当然それは回収できずに、すごい赤字になっちゃってるんですけどね。それは恥ずかしいので、どうにかしたいなあと思っているところで。

では、今年から始めたクラウドファンディングは収益化を目指すためのチャレンジでもあるんですか?

そうですね。経済やお金のあり方が変化しつつあるなかで、クラウドファンディングは資金調達の手段として欠かせないものになっていくのかなと感じて始めたというのはあります。

それはクラウドファンディングを活用するローカルの仲間たちの存在も大きい。例えばアパレルブランド「ALL YOURS」の木村昌史くんとか、「やってこ!シンカイ」の徳谷柿次郎くん、「道東誘致大作戦」で僕を北海道に招待してくれたひと世代下の中西拓郎くんたちが、みんなすごくがんばっていてそれに刺激をもらったというのもあります。

「いちじくいち」はこれからも前向きに続けていきたいこと。だからこそ、今回はクラウドファンディングというかたちでみなさんの協力を仰ぎたいと考えたんです。

「池田修三」と「いちじく」

藤本さんと言えば、近年は『のんびり』で池田修三さんの魅力を伝える活動をされていたことが印象的でした。今回のいちじくも「伝える」という意味では同じだと思うのですが、どのように「池田修三」から「いちじく」へ気持ちがシフトしていったのか聞かせてください。

まず、僕は『のんびり』を始めたことで秋田という土地に関わり、版画家・池田修三さんの出身地であるにかほ市に行くようになりました。池田さんの作品はにかほの人たちの暮らしのなかに溶け込んでいて、それが僕は素晴らしいと思ったんです。

だから各地で展覧会をやったり、僕がトークをしたりして、その魅力を伝えることをいろいろとやってきた。その結果、県内ではそこそこブレイクして作品が再評価されることになったんですよね。


池田修三さんが特集された「のんびり vol.3」より。記事はWEBから閲覧可能

それは藤本さんの伝えたかったことが伝わったと考えていいんでしょうか?

認知は広がったと思います。好きな人は熱狂的に好きだけど、知る人ぞ知る存在だった池田修三さんが再評価されることになったので。展覧会にも2万人が集まりましたし。

だけど、そうやって「この人の作品には価値があるんですよ」ということを言い続けた結果、池田作品を「価値のあるものだから」という理由で、押入れに片付けようとする現象も起きてしまった。

家のなかに普通に飾られていて、色あせて、日焼けして……そうやって生活に溶け込んでいるところが本当の魅力だったのに、みんなにそれが知られれば知られるほど、「暮らしのなかにあるアート」からかけ離れていく現実も生まれてしまったわけです。実際、作品の値段もどんどん上がっていって。

本末転倒な状況に。

もちろん過剰な価値の高まりは、いつか頭打ちになることがわかっています。だからこそ、今はほとぼりが冷めるまで放っておかないといけないと思っていて。

……あれだけ力を注いでいたことなのに、軽薄やな、と思われる人もいるかもしれません。でも、僕のモチベーションはそもそも、池田修三さんだけにあるわけじゃない。

もちろん、池田修三さんのことはすごく好きだし、多くの人に知ってもらえたらうれしい。ただ僕は、そうやって池田修三さんをきっかけに街を訪れてくれる人が増えることがうれしいのであって、目的は池田修三さんをどうにかすることじゃないんです。

それよりも少子高齢・人口減少社会のトップランナーである秋田という土地にもっと人が来るようになってほしい。ここから新しい暮らしのスタンダードを発信したい。その先に自分が住んでいる地域で何かを始める人が増えたらうれしいし、それぞれの地域のことをおもしろがれる人が増えたら、ローカルの編集者として自分自身も楽しくなると思っているんです。

それは、僕の編集者としての「欲望」と言い換えてもいいかもしれないですね。

「人のために生きる」という本能

欲望。一方で、地域の宝を発掘することは誰かの役に立つかもしれない「利他的」な行動ですよね。藤本さんは欲望と利他のバランスをどのように考えているのでしょうか。

僕は利他心というのは、イコール本能的な欲望でもあると思っています。それが根源的な喜びでもあるからこそ、人は誰かのために何かをしたくなるんじゃないかと。

というのも以前、佐治晴夫さんという宇宙物理学者の講演を聞きにいったときに、佐治さんが「人間の赤ちゃんは誰かに世話をしてもらわないと生きていけない。けれど、そんな状態で生まれてくる動物は自然界にはほとんどいない。つまり、人間は誰かの世話をすることとか、誰かのために何かをしてあげる利他心が本能的に備わっているのではないか」といった趣旨のことを語られて、僕はその考え方にとても納得したんです。

欲望と利他は表裏一体であると。

だからというわけではないけれど、僕は自分の欲望をストレートに言うことに対して気が引けるということがない。それはやっぱり、自分が関西で育ったということもあると思います。

それというのも、関西ではお笑い芸人さんたちとも仕事をしていて、いろんな付き合いがあるんですが、彼らは「絶対売れて、冠番組持ちたい!」とか「でかい家買いたい!」とか「かわいい女優と結婚したい!」とか、自分の欲望をがんがん言うわけです。なんの恥じらいもなく。なんやったら、それをあからさまに言うことがステータスというくらいの勢いでね。

一方でこういう仕事をしていると、デザイナーやフォトグラファー、ミュージシャンなど、横文字のかっこいい職業の人たちともつながりができるでしょう。そういう人たちは、お笑い芸人さんみたいに欲望を丸出しにするようなことって、まずしないじゃないですか。

それはそういう作法だからいいし、悪いと言っているわけじゃないんです。でも、僕はどちらかといったら、芸人さんみたいに欲望を素直に表現する方が好きなんです。そういうのが気持ちええし、かっこええなってすごい思う。だから欲望の部分を隠して、社会のためにやっていますとか、みなさんのためにやっていますというのは、本当のことを語っていないような感じがして。

表現の仕方に好みはあるかもしれないですが、誰かを幸せにしたいなら、自分の欲望にまずはちゃんと目を向けないといけない、というのはありそうですね。

僕は秋田の未来のことをやろうと思って秋田に来ているわけじゃなくて、人口減少社会のトップランナーである秋田を舞台に、自分が理想とする新しい暮らし方、あるいは欲望を体現した世界というものを発信することに意味があると思って、こうしてさまざまなことにチャレンジしています。

その結果、そういうことだったら自分の住んでいる地域でもできるかもしれないとみんなに思ってもらいたいし、自分なりの新しい暮らしを築くためのヒントやノウハウをたくさん持ち帰ってもらいたい。そのためには今、自分がやりたいと思うことをちゃんとやりきる必要がある。

それが僕にとっての大きな意味での利他であり、欲望ですから。

少子高齢人口減のトップランナー秋田県で、今年も「いちじくいち」を成功させたい!
  • 内容
    2018年10月6日(土)・7日(日)秋田県にかほ市で開催! 「いちじくいち」は、「北限のいちじくを軸(じく)に身の丈の豊かさについて考えられる市(いち)」がコンセプトのマルシェイベントです。3回目を迎える今年も、補助金などの公的資金に頼ることなく開催できるよう、応援よろしくお願いいたします!

☆いちじくいちのクラウドファンディングは10/7まで実施中。支援はこちらから!

撮影協力:風土はfoodから

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根岸 達朗

「TAOH」という3人組みのバンドをやっています。ギターを弾いて歌ったり、踊ったりします。

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