コラム

「帰る家のない子ども」のために。子どもシェルターという居場所

「帰る家のない子ども」の存在を知っていますか。

虐待や貧困、性被害など、様々な事情で居場所のない子どもたちの問題が今、私たちには見えづらい場所で深刻化しています。

「家に帰ると殴られるけれど、他に行き場がない」「帰る家がなくてネットカフェで寝泊まりしているけれど、もう限界」。行き場をなくした子どもたちが、生活に困ったり、犯罪に巻き込まれたり、性被害に遭うこともあります。

そんな「帰る家のない子ども」に「安心して生活できる場所」を提供するための家を作った女性がいます。

大阪で弁護士をしている、森本志磨子(もりもと・しまこ)さんです。

森本さんが設立した施設は「NPO法人子どもセンターぬっく」。おおむね15〜20歳未満の子どもたちの緊急避難場所、いわゆる「子どもシェルター」と呼ばれる場所です。

子どもシェルターとは、両親や家族から暴力や性被害などに遭う子どもたちを、一時的に家庭から避難させる施設のことです。こうした子どもシェルターは現在、全国に13箇所ほどあります。

大阪府内における子どもたちの実態は深刻なもので、児童虐待相談対応件数は全国1位(2016年度)、性被害に遭う子どもたちの数も全国最多(2014年度)です。しかしながら、大阪府にはこれまで子どもシェルターはありませんでした。このような背景により、森本さんは大阪府に「子どもセンターぬっく」を設立しました。

「ぬっく」の由来は関西弁で「あたたかい」を意味する「ぬくい」という言葉からきており、居場所のない子どもたちにぬくもりを感じてもらえるようにという森本さんの思いが込められています。

「緊急避難場所」や「シェルター」と聞くとなんだかものものしい雰囲気を想像してしまいますが、ぬっくに来た子どもたちが生活する家(通称:ぬっくハウス)は、一軒家の中に6畳ほどの鍵付きの個室があるような「普通の家」です。


みんなで囲む食卓。スタッフの手料理なんだとか


入居中の子どもの誕生日には、お祝いのケーキを

ぬっくハウスに来た子どもたちに必要なのは「とにかく休むこと」。傷ついた子どもたちが回復するには、まずは暴力も暴言もない、安心して穏やかに過ごせる空間が不可欠です。

通常、彼らがぬっくハウスで過ごすのは数日から2ヵ月ほど。また、子どもたちが安心して暮らせるよう、所在地は非公開になっています。

子どもたちには一人一人に子ども担当弁護士(通称:コタン)がつき、親権停止の手続きを行ったり、ぬっくハウスを退去したあとに住む場所を一緒に探したり、彼らの将来の生活についてのサポートを行ったりします。

コタンの活動については、子どもは無償で利用できます。コタンには日弁連から一定の弁護士報酬が支払われるものの十分な額ではなく、運営全般に関わる運営委員(弁護士ほか)は無償で関わっているといいます。

森本さんは多忙な弁護士業務と並行しながら、なぜシェルターを設立し、子どもたちの支援に取り組むのか? その理由を知るために、森本さんに話を伺いました。

「生きていていいんだよ」と寄り添える場所を

森本さんが「子どもセンターぬっく」を設立しようと思った理由を教えてください。

弁護士になって2年目にCVV(児童養護施設で生活している子どもたちや、生活したことのある若者たちの居場所づくりを目標に活動する団体)と出会いました。

そのとき初めて、児童養護施設を退所したあと、帰る家がないために野宿生活を余儀なくされる子どもや、まだ10代という若さで完全な孤立を強いられる子どもの存在に直面して衝撃を受けたんです。

この背景には「子どもが18歳になった、または中学を卒業後高校に進学していない・高校を中退になった場合は、就職先を確保した上で児童養護施設を退所させる」という運用があります。

また、少年院に入っていた子どもの場合は、次の居住先が見つかるまでは少年院を出ることができません。私が知っているケースでは、実家も頼れず、居住先も見つからず、本来の予定よりも退所が1年も遅れてしまった子がいました。

児童養護施設や少年院を退所したあとの子どもがそんな困難に直面していたなんて……知りませんでした。

児童養護施設は退所しているけれど、これから行くところはない。支援してくれる人もいない。そんな社会の制度のはざまで「宙ぶらり」の状態になってしまった子どもたちのために「子どもシェルター」はあります。

虐待や貧困、親との離別を経験している子どもたちは自暴自棄になっていることも多いです。例えば東京にある「カリヨン子どもセンター」という子どもシェルターにやって来た子どものうち、精神的疾患は約3人に1人、自傷行為を経験した子どもは約30%でした。(※2012年カリヨン子どもセンター調査報告書より)

そんな状態の中で、子どもたちが自分のこれからの生活の拠点や仕事を決めるのは難しいでしょうね。

そうなんです。一番しんどい状態の子どもにとっては、まずは人と人とのあたたかい関わりを積み重ねていくことが必要だと思うんです。「生きていていいんだよ」「自分の人生を歩んでいいんだよ」と私たちが寄り添うことで、自己肯定感を高めていく場所が必要だと思ったんです。

それで立ち上げられたのが、「子どもセンターぬっく」なんですね。ぬっくは、「児童相談所」に付設している「一時保護施設」とは何が違うのですか?

大きく違うのは、一時保護施設では18歳未満の受け入れしかできないのに対し、ぬっくでは20歳未満まで受け入れができることです。

児童相談所では、要保護・要支援の18歳未満の子どもに対して「在宅対応」を行っているケースが7〜8割を占めています。定期的に面談しているケースもありますし、何度か親を呼び出し、指導をして終わるケースも少なくありません。

これには「一時保護施設に入所するには、親の同意が必要である」ことが関係しています。もし同意が得られない場合、子どもが一時保護を希望するなら「本当に保護する必要があるか?」を家庭裁判所で立証して、承認を得なければならないんです。でも家庭という「密室」で起こっていることですから、裁判で立証するのは実際には苦しい場合があって……。

そういう意味で言うと、児童相談所だけでは「居場所のない子ども」の問題に対応しきれないんですよね。結局は、そういう子どもたちの受け皿となっているのはネットカフェやラブホテル、路上生活、知人宅や性産業などになっている実情があります。

そういった複雑な背景があるんですか……例えば「一時保護施設ではできないけれど、子どもシェルターだからこそできること」はありますか?

ぬっくハウスは児童福祉法の規定する「自立援助ホーム」という枠組みに入るんですが、自立援助ホームは本人の意思だけで入居が可能で、親の同意は不要なんです。もちろん本人の意思のもと、児童相談所やこちらから親に連絡をすることは可能です。

また、例外となりますが、ぬっくハウスから数ヶ月間、仕事に通ったり、通学した子もいます。シェルターの場所は非公開にしているので、住んでいる場所を人に話さない、帰り道に気をつけるなど秘密を守り抜く力のある子に限られますが……これは、一時保護施設ではできないことです。

安心できる環境で暮らしながら通学や通勤ができるのは、子どもにとっても嬉しいことでしょうね。ぬっくで保護される子どもたちは、どういう経緯で保護されることが多いのでしょうか。

半数近くは児童相談所からですね。結果として一時保護施設の代替としての役割を担っています。また、性被害などに遭った子どもや妊娠した子どもに対して、落ち着いた自宅のような雰囲気での個別対応が必要な場合などにも、依頼があります。

ほかに2〜3割くらいは子どもの支援機関や民生委員・近所の人からの相談、そのほか2〜3割くらいは、子どもからの直接の連絡で入居に至っています。

苦労の連続だった「ぬっく」の立ち上げ

ぬっくを立ち上げるにあたって、苦労された点があれば教えていただきたいです。

すべてが苦労の連続でしたね……本業の弁護士の仕事とは別に、ほぼ無償で活動を継続することになるので。特に大変だったのは、スタッフの確保。そして子ども担当弁護士や運営委員には本当に熱意のある若手の弁護士たち、子どもや子育て支援団体の職員、元児童相談所職員、ボランティアの方が集まりました。

スタッフの方々の主な役割とはどういったものなんでしょうか?

たくさんありますよ〜。

子どもたちの安全のために、ぬっくハウスには24時間体制で必ず誰かがいる必要があります。彼らの生活に寄り添い、子どもの声を拾い上げることで「他者への信頼」や「自己コントロール感」の回復への支援活動や、温かい手作りの食事の提供。

あとは精神科や歯医者や内科や産婦人科に同行したり、一緒にメガネを作りに行ったり。精神的に追い込まれている状態にあるときって、そういう心身の健康は後回しになっちゃうじゃないですか。でも、うち(ぬっく)に来て安心すると、子どもたちから「ここが痛い」「実はこれが心配」って声が出てくることもよくあります。

ボランティアでそこまでされているなんて……森本さんももちろんそうですが、よほど熱意がないとできないことですよね。

人件費が足りないという背景があるので……本当にボランティアの方には助けられています。ボランティアは色んな方が来てくれているのですが、中には助産師さんなどの専門職の方もいて。出産を控えている子がぬっくハウスに入居することもあるので、心強いです。

夜勤もあって大変なのですが、今は「1人につき夜勤は週に1回まで」と決めて回すようにしています。

子どもたちの安全を守るために、ぬっくハウスで気をつけていることなどはあるのでしょうか?

子どもの自傷行為を防ぐために、包丁などの刃物や漂白剤は必ず鍵付きの引き出しに入れています。

そういった危険性もあるんですね……では子どもたちへの接し方について、大事にしていることはありますか?

まず1つは、基本的な人への信頼感を少しでも回復してもらうことです。信頼関係を築けていないうちの指導やアドバイスは、自己否定されていると受け止められ、自己肯定感をさらに損ねてしまうことになりかねません。

2つ目は、自己肯定感を回復できるよう支援することです。過酷な人生を生き抜いてきたことへの労いの気持ちを持ちながら、子どもたちのできることを見つけたり、ほんの些細なことでも褒めたり。どんなに小さなことでもいいんです。

3つ目は「誰かを頼っていいんだ」と伝えること。「自立」とは、自分の強みと弱みを知り、誰かに頼るべきところは頼りながら、自分らしく生きることだと思うのです。「頼ることは迷惑をかけることではない、迷惑をかけずに生きている人なんていない」としっかりと子どもに言葉やふるまいで伝えていくことで、「他者に助けを求める力」をつけてほしいと願っています。

誰も信じられなくなっていたり、人生を諦めてしまっている状態から少しでも回復できるように寄り添うことが、子どもたちが自分の人生を生きていくための第一歩なんですね。

そうですね。ただ、サポートはしつつも「代わりにやらない」ということも大事だと思っています。何でも私たちが代理でやるのではなく、一緒にやることで自分でできるようになっていき、それが自信につながっていくようにと、そう思っています。

子どもの退所後の生活と、変わらず続くあたたかな支援


ぬっくハウスの子どもが作った羊毛フェルト。こうした遊びなども一緒にやるのだとか

取材を終えたあと、実際にぬっくハウスで生活していた方の声を少しだけ聞かせてもらうことができました。もちろん私が直接お会いするのではなく、信頼されているボランティアの方を通じて、です。

「ぬっくハウスでの生活は、どうでしたか? また、差し支えなければ今の生活について教えていただくことはできますか?」と質問を投げかけたところ、次のように返事が返ってきました。

「ぬっくのスタッフさんはみんないい人で、話しやすくて、スタッフさんが作ってくれた料理もおいしかったです。ぬっくハウスを退所してから、妊娠して、無事に出産もできました。今は旦那さんと子どもと、3人で仲良く暮らしています。うまくやっていけていると思います」

子どもたちの退所後も「ぬっく」の支援は続きます。

子どもとよい関係にあるボランティアの中から1〜2名を通称「ぬっくメイト」として選び、退所からおおむね2年をめどに、電話やLINEで連絡を取り合ったり、ランチ、散歩、カラオケや料理などをともにしたりして、近況や相談、悩みなどを聞いているとのこと。

1人につき約2年間のアフターフォロー。面会の頻度は平均して月1〜2回程度とはいえ、このような細やかな支援の継続は、決して簡単にできることではありません。

それでも「退去後の子どもたちの不安を緩和したり、SOSを出しにくい子どものSOSに気付き、一緒に対処していくためにはどうしても必要な期間なのだ」と森本さんは言います。

取材中に森本さんがお話してくださった中で、とても印象的だった言葉があります。

「子どもたちは、ここに居たくて居るわけではないんです。居場所や行き場がないから居るだけ。私たちはそれを忘れてはいけないと思うんです」

森本さんがおっしゃる通り、もしも彼らに「帰る家」があったなら、子どもシェルターに来る子どもはいなくて済んだでしょう。でも実際には「帰る家のない子ども」たちは今も居場所を求めて、生きる希望を探して、さまよっています。

今回、私が森本さんに「どうしてもお話を伺いたい」と取材を申し込んだのは、私自身が「帰る家のない子ども」の1人だったからです。

もしもあのときこんなシェルターに出会えていたら、何かが変わったかもしれない。「どうせ誰も助けてくれない」なんて思わずに、もっと大人たちを信頼することができたのかもしれない。傷ついて冷え切った心を、あたためてくれる人たちに出会えたのかもしれない。

この取材を通して、そんな風に思いました。

子どもにとって「安心できる場所」を作り、今も最前線で支援を続ける森本さん。その功績には、尊敬の念を抱かずにはいられません。

取材後、弁護士の業務に加えて、夜遅くまで子どもの支援活動にも心血を注ぐ彼女に、おもわず「ご自身の体はしっかりと休められていますか?」と声をかけました。

「以前に比べると、随分と助けてくれる仲間も増えました。だから、私は大丈夫です。ご心配ありがとうございます」。

そう話す森本さんの笑顔からは、子どもたちに向き合う真摯な姿勢と、熱意を読み取ることができました。

もしも「帰る家のない子ども」にこの記事が届くなら、こうしたあたたかい支援をしてくれる大人たちの存在を知り、「生きる希望」を見出す手助けになればと、切に願います。

写真:黒川直樹(クロカワ広報室

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吉川ばんび

1991年生まれ、兵庫県出身。取材・インタビュー・コラム・エッセイなど、様々な媒体で執筆活動をしています。主な執筆ジャンルはブラック企業問題、家族のあり方についてなど。

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