コラム

「障がい者がつくった」は、作品が安売りされる理由にはならない

歳を重ねていくたび、「せっかくならいいものを」という感覚がなんとなく芽生えてくる。

安いけどすぐに要らなくなるものよりも、ちょっと値が張るけど長く使える「いい」ものを。
ワンコインで食べられるファストフードよりも、素材の味を生かした身体に「いい」ごはんを。

でも「いいもの」って、なんだろう。

何を「いい」とするのかは人によって全然ちがう。なんだかピンとこなかったりするものだ。
そもそも、つくる人の「いい」と使う人の「いい」って同じものなのだろうか。

都内の一等地。松屋銀座のすぐとなりにあるのが、1905年創業の老舗テーラー・銀座田屋だ。

昔から「ネクタイの田屋」と呼ばれ、「いいもの」を求める人たちには知られた存在。その美学は、全てのネクタイを自社だけで製造・販売することにあり、山形県米沢にある自社工房の織機でこだわりの逸品をつくり続けている。

約2年前、この銀座田屋のショウウィンドウの前に立ちすくむ青年がいた。プロダクトブランド「MUKU」代表の松田崇弥さんだ。


http://muku-official.com/

「MUKU」は、岩手県にある「るんびにい美術館」に所属する知的障がいのあるアーティストの作品を様々なパートナーとコラボすることで製品化するブランド。
「障がい者支援」という福祉的な視点ではなく、知的障がい者が描く「優れたアート」を世の中に提案しようという試みだ。

「田屋さんとの商談前に、一度お店に立ち寄ろうと思ったんです。だけど、いざ訪れたら、ものすごく素敵な場所すぎて、逆に緊張してしまって……。それと同時に、『もしも、この会社と共につくれたら最高だな』と思ったのも覚えています」

松田さんは当時を思い出しながら、こう語ってくれた。

伝統や格式を重んじる老舗テーラーと、「知的障がい」のアーティストの作品を世に広めようとするプロダクトブランド。
一見、美学に共通点を持たないように見える2つのブランドがなぜ共にプロジェクトを進めることになったのか。そして彼らが思う「いいもの」とはどういうものなのか。おふたりに話を聞いた。


(プロフィール左から)大河原仁さん:株式会社田屋 商品企画部 部長。MUKUとのコラボレーションネクタイを担当している。約30年間、田屋のネクタイづくりを見つめてきた。
松田崇弥さん:株式会社ヘラルボニー代表取締役社長。知的障がいの人が描く作品に魅せられ、様々なメーカーとコラボするMUKUを運営している。

「織る」ことで広がる表現

−ネクタイを拝見したのですが、デザインと素材の質感が素晴らしいですね。

松田

ありがとうございます。最初MUKUを立ち上げようとしたときに、たくさん売れるものを目指すのではなく、とにかく最高品質のものをつくろう、ということを共同創業者の双子の弟(MUKU副代表・松田文登)と話し合っていました。だから田屋さんに毎回ハイクオリティに作っていただけて、本当に感謝しています

大河原

デザイナーとしても、チャレンジ精神みたいなものが掻き立てられるみたいですね。MUKUさんとのコラボが決まってから、かなり楽しんでやっているようです。それまでは自分でデザインしたものをプロダクト化する作業がほとんどでしたが、すでに完成されたアート作品を織りで再現しなければならない。「腕の見せどころ!」という感じでかなり高いモチベーションでやっていますね。

松田

いやもう、色味の再現度とかすごく忠実で…。 この作品なんか本当にすごいんですよ!


ボールペンで描いた細い線同士のスキマまで、織りのみで再現されている。アーティスト自身の名前が作品名

大河原

こういうのは「パネル柄」というんですが、一本のネクタイで一枚の絵を表現するのはなかなか大変なんです。単純な繰り返しの模様だと簡単なんですけどね。

松田

通常のネクタイに比べて、田屋さんのネクタイってめちゃめちゃ高密度で織ってあるんです。しかも、もともとの絵は平面のベタ塗りなんですけど、あえてちょっと立体的に織ることで、表面に陰影をつけてくれているところにも感動しました。

−絵だけじゃ表現できなかったことが逆にできているみたいな感じでしょうか?

松田

ほんとにそうですね。デザイナーさんたちが作品を再現する楽しさを見出してくださっているおかげで、プロダクトとしての質がすごく高くなっている感覚があります。これも原画はクレヨンで描かれた作品なんですけど、クレヨンのかすれ具合まで織りで表現できているという。


クレヨン独特のかすれた質感を織りで表現している

−すごい! もとはクレヨンで書いてるんだって分かりますね。こういったMUKUのネクタイを見た方の反応は実際どうなのでしょう?

松田

もうすごいね、と。クオリティが高いことは見ただけで伝わると思うので、そこは自信を持っていますね。以前は代官山蔦屋書店でも販売していたんですけど、海外のお客様が商品の説明もろくに読まずに「素晴らしいつくりだ」と、3本まとめて買っていったと聞いて「ああ、クオリティで納得させられた」とうれしく思いました。

大河原

同業の方が見たら分かると思いますね。技術的に難しいというより、ここまでこだわって、「やるか、やらないか」の世界です。織りには横糸と縦糸があり、柄は横糸で表現するのですが、後ろを見ると分かるけど、ほとんどのネクタイは柄のあるところだけ裏地に糸が通っているんです。でもウチは裏地も全て、5色あったら5色分入れているんですよ。これを細い糸で細かく織っていますから、生地の厚みが均等で締めやすく、型崩れしないんです。

知的障がい者が描く作品をプロダクト化すること

−これだけの品質の物を作るとなると、どうしてもコストはかかってしまうと思うのですが、そこにこだわる理由は何だったのですか?

松田

昔から、福祉施設から生まれたレザークラフトの製品がすごく素敵な製品だなあと思っていたんです。しかし、道の駅などで「障がい者がつくっているもの」として、安く売られている現状があって。でも、障がい者という枠組みによって、いいプロダクトでも安売りされるのは変ですよね。それはどうにかしたいと思っていました。

大河原

こうした作品って「知的障がいの方が作ったから買ってください」という気持ちが出てしまうものが多いですが、MUKUさんはそれよりも優れた作品としてプロデュースする気持ちが強くて面白いなと思いましたね。

松田

あらゆるフィルターを抜きにして、単純に作品として素晴らしいんです。MUKUの原画を提供してくださっている「るんびにい美術館」のアートディレクター 板垣崇志さんも、知的障がいの方が生み出すアートの世界に惚れ込んで、わざわざこの業界に入った方ですし。でも、最初田屋さんにお声がけしたころは、知的障がいという言葉は発信せずにブランドをやっていこうとしていたんです。だけど、次第に知的障がいという特性が、絵画における「絵筆」のようなものじゃないかと感じるようになって。

−「絵筆」…と、いいますと?

松田

どんな筆で描くかによって、作品の魅力や個性って全然変わりますよね。それと同じように、知的障がいのある人たちのそれぞれの特徴が作品の魅力に紐付いていると思ったんです。というのも、知的障がいの人の多くは日常生活でも「ルーティーン」に強いこだわりがあるんですね。例えば、丸や数字をひたすら書き続ける。かと思えば、一年くらいすると、そのこだわりを全部捨て去って、まったく別のモチーフしか取り扱わなくなったりする。知的障がいという個性が生み出す強烈なこだわりを全面に押し出した「他にはない」ものづくりがしたいと思ったんです。

銀座の街で「他にはないもの」を作ること

−他にはないものをつくりたい、という考えは、銀座田屋さんのネクタイにも共通するような気がします。

大河原

そうだと思います。デパートで売っているネクタイって、合わせやすいストライプなどが多いと思うんですけど、田屋のネクタイは同じストライプでもかなり特徴的なデザインなので(笑)。MUKUさんと共通するところはあるかもしれないですね。

−100年ほどの歴史がある中で、ずっと現在のようなユニークな柄を取り扱っていたのですか?

大河原

うちは、創業当時は西洋の服飾雑貨を取り扱っていた背景があります。今は当たり前になっていますが、当時はみんな和服を着ていて、西洋のものなど必要じゃない時代。だからこそ、伝統的に会社として「斬新なものを」という考え方はありますね。それには「銀座」という土地柄もあるでしょう。銀座は常に新しいものを取り入れてきた街なので、この場所で店を構えていることも大きいですね。伝統と新しいものを取り入れながらこだわり抜く。そこに価値が生まれると思っています。今は安価で良いものが簡単に手に入りますが、どうしてもそれだけでは飽き足りないと感じる人も出てくる。そんな人たちに、田屋のネクタイは使っていただいています。

−先ほど松田さんも「感動した」とおっしゃっていた立体的な織りもそうですが、銀座田屋さんのものづくりに対するこだわりはかなり強いと思っていて。あえて大変な思いをしつつも、そこにこだわる理由はなんなのでしょう?

大河原

やっぱりうちでしかつくれないものを生み出すことが重要で。もちろん、既成品を仕入れて、販路を拡大して…という手法もあるかもしれないのですが、それじゃあやっぱり「田屋」である意味がないですから。

「いいもの」には理由がある。

−ここまでお話を伺って、つくり手としてのお二方の熱意をとても感じるのですが、使う立場にとっての「いいもの」って、どう捉えればいいんでしょう?

大河原

人が個人的にこだわりを持っていて、絶対に譲れないものってありますよね。はたから見たら、ボロボロだから新しいものに変えればいいのにと思うんですけど、本人は絶対にそれでなければいけないという強い意志を持っているもの。そこに物語があるんですよね。だから代わりがきかないものがそれぞれにとっての「いいもの」なのだと思います。

松田

「代わりがきかない」のもそうですけど、それによって「語れるもの」も「いいもの」ですよね。僕らもアートを選定させていただく上で大事にしているのは、この作家さんのストーリーを自分が語れるのか、語りたくなるのか、という観点ですね。僕らもいろんなブランドさんとコラボするという形式を取っているので、値段は安いものではないのですが、こだわりを持った人が、使い続けたくなるようなプロダクトを作りたいとは思いますね。

−では最後に、これからも「いいもの」をつくり続けるために大事だと思うことって、何でしょうか。

松田

いろんな業界と絡み合うことじゃないですかね。というのも、僕は福祉の面じゃなく、もっと一般向けにMUKUの競合ブランドが出てきたら面白いと思っているんですよ。知的障がいの方の作品って「アウトサイダーアート」とか、いろんなカテゴライズがあって、それが福祉業界内だけで盛り上がっている感覚がすごくあるから、その壁を打破して、カルチャーみたいになっていけばいいと思う。クラウドファウンディングをやっているのには、そんな意味もあります。

大河原

それについてはうちも同じですね。周りを見てもらったら分かると思うんですけど、こういう中高年世代をターゲットにしたスーツの店ってあんまり見たことないと思うんですよね。競合他社がだんだん無くなってしまっていて。「こういう特殊なネクタイはうちしか扱っていません」では、たぶん全然「いいもの」の価値はないと思うんですよね。もっと全体で盛り上がって欲しい。MUKUさんとのネクタイづくりがきっかけで、従来のウチのお客様とはまた別の方に届いて、よい変化が起きたらいいなと。

松田

「MUKU」は、社会のアートに対する考え方にも影響を与えたいんです。たとえば、田屋さんが作ってくれたこのネクタイはとてもかっこいいですよね。ただ、好みやセンスは人によって大きく違うもの。シンプルな絵柄を好む人もいますし、何よりアート自体を高尚なものだと思って敬遠してしまう人もいます。でも、アートという素晴らしいものが、そこで止まってしまうのはもったいないと思うんです。だからMUKUとしては、BtoB的な視点でも「いいもの」にきちんと価値を計上することができればと思っています。それはプロダクトとしてはもちろんですが、文脈的にもそうありたいなと。企業がアートを扱おうとすると、どうしても個人の道楽的な視点を持たれてしまうと思うんです。でも、アーティストの持つ強烈な個性がその企業のブランドの方向性とうまくマッチしていたり、あるいは彼らの作品を扱うことで、その企業の掲げた社会課題への貢献にも寄与するかもしれない。ビジュアル的なことだけでなく、物語をきちんと語ってあげることで、企業も作品も取り扱いやすくなると思うんですよね。個人の嗜好で判断基準がぶれてしまいがちなアート作品に、そういう社会的な価値も付け加えることができれば、もっと様々な視点で多くの人がアートを楽しめるのではないかと思っているんです。

【Wクラウドファンディング実施中!】
現在MUKUでは、生活のON(https://camp-fire.jp/projects/view/122022)とOFF(https://camp-fire.jp/projects/view/122055)を彩るクラウドファウンディングを同時に実施中です。
これは、CAMPFIREでも初の試み。MUKU×銀座田屋のネクタイをはじめ、ソックス、Tシャツ、トートバッグのコラボ商品もぜひチェックしてみてください。

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山越 栞

1991年栃木県日光市生まれ。出版系の制作会社に新卒入社後、フリーランスのライター・編集者として独立。業務委託編集長として企業のオウンドメディア運営も担当する。10代から茶道を続けており、ライフワークとして身近な日本の文化を発信中。

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