コラム

未完のアイデアを世に問うことを恐れるな – 渋谷PARCO「BOOSTER STUDIO」とは

すごくいいアイデアが浮かんだと思ったのに、時間が経つにつれて実はあんまりいいアイデアではないように思えてきたり、「自分に実現する力なんてないし、しょせんは夢物語だなあ」などと思ったりして、結局みずから引っ込めてしまった経験がないだろうか?

「それってすごくもったいない。未完成なアイデアでもいいんです。世の中に問うことを恐れないで」--。そう呼びかけるのは、パルコでクラウドファンディング事業に携わる齋藤航太さんだ。

パルコは昨年、クラウドファンディングプラットフォーム「BOOSTER(ブースター)」をCAMPFIREと共同で立ち上げ、アイデアを形にする支援を始めている。この秋にはそこからさらに一歩進んで、リニューアルオープンする新生渋谷PARCOに常設型のショールームを設置。デジタル製品のプロトタイプ、つまりは未完成なアイデアをたくさん並べて、来店する多様な人の意見を聞き、その後の開発に活かしてもらうための取り組みを始めるという。

このショールーム「BOOSTER STUDIO by CAMPFIRE(ブースタースタジオ・バイ・キャンプファイヤー/以下、ブースタースタジオ)」には、AI解析システムが搭載されていたり、クラウドファンディングと連携していたりと、さまざまな新しい仕掛けが施されている。けれども話を聞いていくと、一番重要なのはそうした要素の一つひとつというよりは、「アイデアの良し悪しなんて結局、蓋を開けてみるまで誰にもわからないのだから、自分で勝手に判断するのではなく、まずは世の中にさらしてみよう」というメッセージにあるように思える。

少し話はそれるようだが、BAMPは創刊以来一貫して、世の中に埋もれそうな「小さな声」をすくい上げ、読者に届けることを目指してきた。「小さな声」というのは、要はぼくら一人ひとりの「こうだったらいいな」という想いのことだ。

ただ、BAMPで取り上げた「小さな声」は、すでになんらかのアクションを起こした人の声に限られている。小さくてもアクションを起こしてくれたからこそ、ぼくらはその存在を認識し、記事で取り上げることができたのだ(その裏側には当然、拾えなかった無数の「声にならない声」がある)。

アイデアをさらすのは怖い。声を上げるのには相当な勇気がいる。そういう感情によってブレーキを踏むことなく、「これ、やりたいなあ」という純粋な想いをバンバン吐き出してもらうには、世の中の側が寛容な態度で接する必要があるだろう。ブースタースタジオは、そういう環境をいかに作るかに腐心してデザインされているという。

そこで今回は、パルコの齋藤さんとCAMPFIREのブースタースタジオ担当・北山憲太郎に、AIショールームに込めた想いと、彼らが考える「やさしい社会」について語ってもらった。


パルコの齋藤航太さん(左)とCAMPFIREの北山憲太郎

多様な人が行き交う渋谷は、アイデアの是非を問う格好の舞台

ー そもそもなぜパルコがクラウドファンディングを?

齋藤

パルコが定める、社会に対して果たすべき三つの役割というものがあります。一つはインキュベーション(※)、二つめはまちづくり、三つめが情報発信。アイデアやその背後にある個人の想いを実現するクラウドファンディングは、このうちインキュベーションを体現する事業と位置づけられます。そこでまず、2011年に投資型のクラウドファンディング事業をベンチャー企業との協業で立ち上げました。そこからより間口を広げるため、2014年に購入型クラウドファンディング「BOOSTER」へと転換。さらに世の中に大きなインパクトを出すべく昨年、CAMPFIREさんと資本業務提携を締結し、「BOOSTER」を共同運営するようになったというのがこれまでの経緯です。

※インキュベーション……起業や新事業の創出を支援し,その成長を促進させること


アニメやファッション、地域を盛り上げるプロジェクトまで、さまざまなジャンルを取り扱うパルコのクラウドファンディングプラットフォーム「BOOSTER」

齋藤

パルコの特徴の一つは、やはりリアルな店舗を持っていることだと思います。今回の「ブースタースタジオ」は、ウェブのサービスであるクラウドファンディングに実際の店舗を掛け合わせることにより、ものづくりをさらに盛り上げていこうという仕掛け。ウェブだけではない。またリアルだけでもない。その両方を掛け合わせてものづくりを支援するというのが、今回の取り組みの最大のポイントかと思います。

ー リアルを掛け合わせることでどんな相乗効果が期待できますか?

齋藤

簡単に言えば、プロトタイプを展示することでテストマーケティングができる。フィードバックを得てその後の開発に活かすことができる。なおかつその資金はクラウドファンディングで募ることができる、という話です。

齋藤

各展示ブースにはAI解析システムを搭載したカメラとセンサーが設置してあり、訪れた人の数や自動判別した性別や年齢などの属性、滞在時間やリピート率などのデータを取得することができます。これに店舗スタッフとの会話内容やタブレットに入力してもらったコメントなども合わせて、出展者さんにフィードバックします。データは自動で取得できるので、出展者さんは会場にいる必要がなく、その間、開発に集中できるというわけです。

ー なるほど。

齋藤

ただ、こうしたシステムの目新しさだけでなく、展示する場所が渋谷PARCOであることにも大きな意味があると思っていて。というのも、渋谷には多様な人がいます。PARCOにもすごく多様な人が訪れる。その人たちは必ずしもデジタルガジェット製品に興味のある人ばかりではありませんが、でも、そこにこそ価値があるのではないか、と。たまたま通りかかっただけの、もともとそうした製品に興味のない人に見てもらうことで、思いも寄らなかった意見を集められるのではないか。ひいてはそれが、いままでになかったものが世の中に生まれることにつながるのではないか。そういう偶然の出会いに価値があるとパルコは考えています。

北山

新しい渋谷PARCOには任天堂やカプコン、ほぼ日刊イトイ新聞のショップなども入る予定で、地下のフードフロアには昆虫食の店なんかも入るそうです。ここまでバラエティに富んだラインナップになったのは、あえてターゲットを定めずに、パルコさんとして本当に集めたい店を集めたからだと聞きました。

齋藤

そうなんです。社員一人ひとりが自分自身がいいと感じた想いを大切にし、それを実現するために全力で努力する。その集合体が新しい渋谷PARCO、という感じ。あえてマーケティングをしない背景には、まず自分たち自身が心の底から楽しめるものでなければ、人を楽しませることなんてできないはず、という考えがあります。

北山

こうしたやり方自体、PARCOさんのような商業施設としては極めて異例だと思うんですが、でもその結果、特定の指向をもった人たちというよりは、本当にさまざまな趣味嗜好の人たちが訪れるはずです。これは、どんな方向のプロダクトを置いたとしても誰かしらに興味をもってもらえる可能性があるということだし、一方では齋藤さんの言うような偶然の出会いも期待できる。デジタルガジェットに触れたこともなかったり、クラウドファンディングの「ク」の字も知らないような人たちの中に放り込み、「まったく使い方を理解してもらえなかった」といったことも含めてフィードバックを得ることが、とても重要ではないかと思うんです。クラウドファンディングの支援は、基本的にはまず実行者に近しい人から始まるので、いわゆる「クラウド(群衆)」という状態になるまでにはそれなりに時間がかかる。いきなりそういう人たちにまで存在を届けるには、渋谷は格好の場所だと思いますね。


新生・渋谷PARCOの完成イメージ図。2019年11月下旬のオープン予定

アイデアの良し悪しは蓋を開けてみなければわからない

ー どんな人の利用を想定していますか?

北山

利用者はハードウエアスタートアップや少人数でものづくりをしている人たち、新しいアイデアを模索している大企業などを想定しています。ただ、なるべく誰でもが利用できるように、展示のハードルは極力低く設定することを心がけました。展示するものはプロトタイプがあればもちろんいいんですけど、作る前の企画書を置くのでもOK。なんなら企画書よりも前段階の、ピッチだけやるプランを作ってもいいと思っていて。30分1万円とかでお客さんの前でプレゼンをする。それで反応がよかったら実際に作ればいいし、そのための資金をクラウドファンディングで募るのもいい。

ー ウェブサイトを見ると、利用料は1カ月30万円。個人が気軽に利用するにはちょっとハードルが高い気もしますが。

北山

そう思って従量課金のプランを用意しました。カメラとセンサーでそれぞれのブースにどれだけの人が訪れたかがわかるから、その人数で金額が変わるというものです。下限5万円で、自分のブースに一人来るたびに100円課金され、上限が30万円。これなら、お金だけ払ってフィードバックが全然得られなかった、という事態を避けることができます。結果としてたくさん人が立ち止まればよかったという話だし、来なかったら低コストでやり直せる。ブラッシュアップしてまた出す、ということができますよね。渋谷PARCOに5万円で出せるという時点でかなり破格だと思うんですけど、その5万円もクラウドファンディングで集めるのでいいから、基本的に持ち出しは考えずにトライできる。言ってしまえば、最初の費用なしでまず渋谷PARCOに置いてみて、ということができてしまうんです。「とりあえず出展してみる」ことのハードルをできるだけ下げ、試行回数を増やしてもらうことをとにかく意識しました。

ー どうしてですか?

北山

背景には、日本におけるクラウドファンディングの現状に対する危機感があります。いまって「完成品を買いませんか?」みたいなクラウドファンディングが増えているじゃないですか。完成させられる力を持っていることが前提になっていて、それが担保されない状態で起案しようと思っても審査ではねられてしまうんです。支援する側も完成品が届いて当たり前だと思っているから、なにかの理由で頓挫しようものならたちまち炎上しちゃう。完成品を買うだけであればECサイトとなにも変わらない。楽天でもアマゾンでもいいという話ですよね? でも、そうやって間口を狭くした結果、声を上げられないでいる人、日の目を見ないアイデアがあるはずで。そうしたアイデアをすくい上げたいというのが、ぼくらの考えていることなんです。アイデアがいいか悪いかは、本来蓋を開けてみなければわからないもの。であれば、とりあえず蓋を開けてみる回数を増やさなくては。その上で、なにが面白いのかはみんなで一緒に考えてみよう、と。それができるのがこのブースタースタジオという場所だと思っています。未完成のアイデアがたくさん置いてあって、面白いと思ったものに対しては支援し、形になるまでのプロセスに自分も参加できる。ふらっと訪れた渋谷のショールームでプロトタイプ状態のモノに触れて、気に入ったらそれを支援できる、参加できるという体験を実際に作り出すことで、そうしたクラウドファンディング本来の楽しさを多くの人に知ってもらいたいというのが、ぼくらの想いだったりします。

ー せっかく思いついたアイデアもくだらなく思えたり、実現可能性が低いように思えたりしてみずから握りつぶしてしまうことがあるけれど、そこでなんとなく判断せずに未完成のままでも世の中に出してみたら、道が開けることだってあるかもしれない。そのためにはハードルは低く、間口は広く保っておく必要がある、と。

北山

そうです。もちろん、最終的に形にするにはそれ相応のスキルだったりノウハウだったりが必要だと思います。でも、まずはそうした実行力は脇に置いておいて、アイデアそのものをフラットに評価できる状況を作ることが大事なんじゃないか、と。幸いいまは、さまざまな能力を持った人の存在が見えやすい時代でもあるので、仮に自分たちだけでは実現できないのなら、そうした人たちの力を借りて形にすれば良いわけで。ブースタースタジオに展示したりクラウドファンディングを実施したりすれば、どれくらいの人が興味を持ってくれたかというバックデータが得られますから、それを持ってベンチャーキャピタル(VC)なりメーカーなりに駆け込むのでもいいでしょう。そうすれば、ハードウエアスタートアップが陥りがちな量産の壁や設計のミスも簡単に突破できる。自分自身の知財は守られたまま、比較的外れないような形で製品化への道も開けるのではないか、と。

齋藤

そうですよね。今回CAMPFIREさんとご一緒させていただいてるのは、いま北山さんがおっしゃったような価値観に共感しているところが大きいと思っています。振り返れば、パルコが最初に始めた投資型のクラウドファンディングというのは、まだ世に出ていない新進気鋭のファッションデザイナーを支援する目的から始まったものでした。一つひとつはまだ小さな力かもしれないけれども、そうした個人がもつ可能性や「やってみたい」という純粋な気持ちを大切にする。これはパルコが一貫して大事にしてきた部分ですし、CAMPFIREさんの掲げる「小さな火を灯し続ける」という思想とも一致していると思っています。

途中でやめてもいい。失敗も許容できる「やさしい社会」へ

ー そうやってアイデアが出やすい、声を上げやすい環境を作ろうとしていることはわかりました。一方で、声を上げる個人の側にはどんなことが求められますか?

北山

いまはさまざまなテクノロジーにより、お金だって集められるし仲間だって集めやすい。モノを作る部分でもいろいろなサポートを受けられる。アイデアを具現化するためのハードルはかなり下がっていると思うんです。これは言い方を変えれば、もう逃げ道ややらない言い訳がなくなっているということでもありますけど。そういう社会で大事になるのは、一度「これを実現したい」と思ったら、やりきる覚悟をもって臨むことではないか、と。誰もが声を上げられる時代だからこそ、その人が本気かどうかというのは、やはりみんなが見ていることだと思うので。けれども一方で、やっていくとしんどくなる局面もあると思うんです。そういう時にちゃんと「辞める」決断ができることも同じくらい重要かな、と思っています。一見矛盾しているし、無責任にも聞こえるかもしれないけれど、一回「やる」と言ったら死ぬまでやらなきゃいけないとなると、そもそもやり始めるハードルが上がってしまって、また誰も挑戦しなくなってしまうじゃないですか。だから、もちろんやるからには本気で臨むのだけれど、「このまま続けるのは無理だ」と思ったら、辞める選択肢もちゃんと持っておく。先ほどのVCのくだりのように、あとのことを誰かに託して辞めるというのでもいいかもしれないし。

ー クラウドファンディングの“失敗”についてもそうですけど、途中で放り出すことには世間の目も厳しそうです。

北山

そうですね……だから、周囲の受け止め方も寛容である必要があると思う。どれだけトライアルが大事と言っても、トライした結果ミスったらめちゃくちゃ攻撃されるというのでは、誰もトライしなくなってしまうので。現状は出てきた未完成なアイデアに対して叩きにいく人もいるけれど、それはその人から見てそう見えるのであって、同じアイデアだって、別の角度から見ればまったく違って見えるかもしれない。大多数の人がそういう感性をもって臨んでくれるといいなと思いますね。トライアルしやすく、またトライした結果、ミスしても大丈夫。個人的にはそういう「やさしい社会」を作っていきたいです。

ー 世の中は大枠でその方向に進んでいますか?

北山

そう思います。未来のことはわからないけど、今後人工知能などが発展すれば、人がやらなくていい領域が増え、可処分時間はどんどん増えるはず。時間はたくさんあって、機械にできないことをやるとなった時に、多くの人は、なにか自分の欲しいモノを作ってそれを売り、その結果大金持ちにはならないとしても、持続的に創造的な活動を続けるだけのお金を得て……ということを考えるのではないか、と。完成度の低いアイデアをとりあえず形にしてみて……みたいなことに対して、いまはまだ「そんなくだらないことを」という反応が多いかもしれない。でも、みんながそういう暇を持て余すような状態になれば、「面白いことを考えるね」みたいな方向に変わっていくと思うんです。そういう時代が来るまでにはまだ時間がかかるとは思いますが。ぼくらがやっているのは、できるだけ早くにそういう未来が来るようにすること、とも言えるかもしれないですね。

ー 最初に「社会に対して果たす三つの役割」を挙げていただいたように、そういう未来はパルコさんがずっと目指してきた世界でもあるわけですよね。

齋藤

そうですね。そのためにわれわれになにができるかというのは、この先もずっと考えていかなければならないことだと思っています。その際にパルコが得意とするのは、やはりまずは情報発信。情報発信というのはつまり、自分の存在を届けるということです。まず存在を届ける、知ってもらわないことには、始まるものも始まらないので。今回のブースタースタジオは、まさにそのための仕掛けであるわけですが、それ以外にもパルコらしいエンターテインメントを掛け合わせるなどして、引き続きアイデアだったりオーナーさんの想いだったりが多くの人に伝わるお手伝いをしていきたいと思っています。そしてゆくゆくは、単に情報発信のお手伝いにとどまらず、社会的価値の創造というところにまで踏み込んでいけたらな、と。パルコ一社でそれができないのだとすれば、ほかの大企業はもちろん、志のあるスタートアップ企業や地域の企業、さらには一般のお客さまも巻き込んで、お互いに足りないところを補完し合ってやっていけばいい。先ほど北山さんもおっしゃっていた通り、いまはそれができる時代だと思うので。

☆ブースタースタジオの詳細・問い合わせはこちらから
公式HP https://booster.studio/

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すずきあつお

元新聞記者で、現在はフリーのライター/編集者。プロレスとプロレス的なものが好きです。

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