コラム

毎朝震えながら東京にしがみついている(寄稿:サカイエヒタ)



セットした時間より2時間も早く目が覚める。ぼんやり一日のスケジュールを頭の中で整理すると、今日は誰にも会わず作業に徹する日だった。

トクトクトクトク、と鼓動が早くなるのがわかる。

いやいや今月はとりあえず大丈夫だって。来月もまだ大丈夫でしょ。

でも、1年後はどうなの…?



軽井沢で浮かれてきた!

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32歳で結婚。34歳で編プロの会社を起業し、同年娘が産まれる。トランス状態のまま、東京の中野区に狭い土地を購入し、家を建てた。いま僕は36歳。2人目の子どもがもうすぐ産まれる。

会社の経営は、人の出入りに悩んだりキャッシュフローに頭を抱えたりと、ベタな“スタートアップあるある”を一通り経験し、いまはなんとか4人のスタッフが生きていける分を稼いでいる。

とりあえず順調ではあるものの、なにかひとつ欠ければ崩れるだろう。僕は保険屋の友人の言うことを素直に聞き入れ、最低限の保険に加入した。それでも僕は、毎朝震えながら東京にしがみついている。



「いつかなにか書く時に使うかも」と思い、家の契約の際に写真を撮っておいた


奥さん側の親戚は「東京に家建てて、子ども育てて、会社を経営して。立派な旦那さんね」と褒めてくれる。親戚たちと会う際はいつも以上に僕は子どもを抱くし、皿を洗うし、よく笑う。我ながら、マメにやってると思う。


横浜で暮らす両親は、僕が実家に帰るたびに「会社大丈夫なのか」「借金はあまりするもんじゃないよ」と心配してくる。僕はスマホをいじりながら「大丈夫大丈夫」とふたりに返すが、毎度うまく笑えず右頬が震えてしまう。



5年前まで、僕は高円寺の古アパートの押入れの中で不機嫌に眠っていた。定職につかない僕は、応援してくれる人をツイッターでこつこつ増やし、彼らにイラストを売ったりイベントを企画したりして日銭を稼いでいた。1時間1,200円で自分の時間をネット上で販売したこともある。

毎日夕方頃起きて、インターネットに浸かり、女の子にDMを送り、Skypeでイチャついた。高校卒業後は進学も就職もせず遊んでばかりいたので、人並みの苦労や努力もしてこなかった男の末路としては非常にわかりやすい末路だったと思う。ただ、めちゃくちゃ貧乏だったし満足だってしてなかったけど、寝起きに震えることはなかった。



それから5年が経ち、紆余曲折あって僕はいま人間らしい生活を送っている。押入れではなくベッドで眠り、仕事はプライベートを犠牲にするほど忙しくもなく、ファミレスで金額を気にせず食べられるくらいのお金の余裕はある。

家庭を築く工程はとても楽しく、記念日に奥さんへ花を贈るスキルもすでに習得している。「東京でたのしく暮らす家族」をイメージしながら、見合うアイテムをAmazonで購入する。購入したビニールプールを狭い屋上テラスに置く。カラフルな写真で、みんなからいいねをもらう。いいね!

しかしFacebookのフィードには、海をバックに笑う湘南に越した先輩の写真が流れてくる。丹波に通う友人は今年も農家の収穫を手伝ったらしい。移住先である弘前の魅力を伝えるライターの記事にたくさんのいいねがつく。

ローンを組んで東京に家を購入した僕は、それらの投稿を目にするたびに「ぐらぐらぐら」と口に出すほど揺さぶられる。僕は、みんな東京に住みたいものなんだとばかり思っていたのだ。いろんな事情があっていたしかたなく東京を離れるものだと思っていたのだ。しかしそれはどうやら違うらしい。



多少うらやましくはあるものの、きっと僕は東京以外の場所では暮らせそうにない。自然が豊かなのは良いけど、どうしても虫は苦手だ。街灯のない夜が怖い。僕は酒を飲まないから、きっと地域の集まりとかで受け入れてもらえないんじゃないか…(みんなめっちゃ飲むイメージある)。

スーパーで売っている形の揃った野菜が良い野菜だと思ってしまうし、新宿駅の潮の流れに乗っている自分が好きだ。かといって、タワーマンションに住みたいとか赤坂に本籍を移したいとか、極端に東京を武装するつもりはない。都合よく、たまに自然をつまむような生活がしたい。薬味のような使い方で失礼極まりないが、正直、そんな風に生きたいのである。



僕は絶望的に自然が似合わない(青森県弘前市にて)


そこで、僕は車を買うことにした。車があれば好きなときに東京から脱出して、ほかの地域に遊びに行ける。小さい子どもたちにもいろんなものを触れさせたいし、僕のように食わず嫌いで東京にしがみついてほしくない。



車購入のため、奥さんに「車があればいつでもマザー牧場に行けるよ」と口説く。

自分のなかにある「幸せ」の定義が「いつでもマザー牧場に行ける人生」であることに驚き改めて絶望する。でも奥さんは「たしかに」と深く納得してくれた。それどころか彼女は「わたしは牛久大仏を見に行きたい」「もしかして、油壺マリンパークも行けるの?」と乗ってくる。東武ワールドスクエアにだって行ける旨を伝えると、車の購入にお許しを頂いた。

たまに東京から脱出してマザー牧場に行く用のマシンを買った

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週末、僕は不吉な仕事と2匹の猫を家に置いて車で遊びに出かける。夏休みだからなのか道は混んでいて、東京から脱出するまでがとてつもなく長い。高温と高圧に耐え大気圏外を目指す宇宙飛行士の如く、アクセルを踏んでいく。

チャイルドシートに座る娘が、ビルの少なくなった景色を眺めている。妙なかたちの山や道の駅に並ぶデカイ茄子、ひいばあちゃんの家の畳の匂い。何気ないそれらひとつひとつが、娘の心を豊かにする種になってくれることを切に願う。

東京に家を建てたことは、後悔していない。僕はいまだに毎朝震えながら東京にしがみついているけれど、どうせ東京以外に住んでも毎朝不安に襲われる性格なんだろう。

無様に東京にしがみつく僕を東京の神さまは「軟弱だ!」と怒るかもしれないけれど、やっぱり東京ってそんな場所なんじゃないのかと思う。毎日必死にしがみついて、手がじんじん痺れて来たらアクセル全開でマザー牧場に逃げる。そして、「へへへ、次は頑張りマース」と反省顔で東京に戻るのだ。

イラスト:小野一絵

サカイエヒタ

株式会社ヒャクマンボルト代表。企画、編集、漫画、コラム、給与計算など。日々丁寧に寝坊しています。

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