ある日、たまたまSNSで見かけた古着の通販。
並んでいる商品の可愛さに惹かれ、すぐに1着の洋服を注文しました。
一歩(@ippo_used )の古着が届いた!
「古着を長生きさせる店」がコンセプト。入荷した古着は水洗いクリーニングで丁寧にシミ抜き。
いつも入荷直後に売り切れてしまうのでとても嬉しい😭かほさんの服への愛が伝わる…大切に着ます…👕https://t.co/X9xWQnvL7H pic.twitter.com/mhef9Nm6op— ナカノヒトミ (@jimonakano) October 17, 2017
届いた商品を開けてびっくり。
古着特有の“あの香り”がない。でも、手に馴染む自然な風合い。え、これが古着? と思わされる、古着と新品の服のいいとこどりをしたような商品だったのです。
そんな古着を扱うのは、2017年9月にオープンしたウェブショップ「一歩(いっぽ)」。個性豊かな古着が並び、新商品が追加されるやいなや、またたく間に売り切れるほどの人気店です。
一歩と数ある古着屋との違いは、仕入れた古着に一点一点、水洗いクリーニング(※1)を施していること。そして購入者がどのように服の手入れをすれば良いか、わかりやすい説明があること。
※1 水洗いクリーニング……石油系・有機溶剤を用いるドライクリーニングとは異なり、生分解性の高い特殊洗剤と温水で洗うクリーニングのこと
「古着の“未来”を大切にできるお店」
店主の坂本夏歩(さかもと・かほ)さんは、そんな風に一歩を表現します。
ウェブショップの開始から1年足らずで、一歩は実店舗のオープンが決まりました。坂本さんが新たに手がけるのは、クリーニングの作業場が併設された古着屋の店舗。2018年夏には、開店資金を集めるクラウドファンディングも実施されました。
坂本さんは、なぜクリーニングと古着を組み合わせた事業を始めたのでしょうか? 開店を間近に控えた実店舗のこと、そして古着×クリーニングの可能性を伺いました。
目の前でクリーニングを魅せる古着屋
はじめに、オープン予定の実店舗について教えてください。
私が始めようとしているのは、店内で買い物をしながら、しみ抜きなどを行っている様子がウィンドウ越しに見られる「クリーニングを魅せる古着屋」です。クリーニングの設備として、水洗い用の洗濯機に乾燥機、しみ抜き台に、汚れを吸い取る仕上げ用のバキュームが並ぶ予定です。クリーニングに最低限必要な設備を入れるだけでも、400万円ほどかかってしまうんですよね。
設備投資だけで400万円!
機械自体はリースで準備しようと思っているのですが、水回りの工事に想像以上の費用がかかってしまって。
クリーニングの作業場は、一歩に必要不可欠なんですね。
はい。一歩の古着は、古いシミやシワ、ニオイを落としながら、古着の持ち味である風合いだけを残しています。そのためには仕入れ後のクリーニングが欠かせません。クリーニングへのこだわりは、古着の未来をつくっていく上で、なくてはならない要素なんです。でも、通販を始めてから500着を超える古着を販売するなかで、どうしてもウェブ上だと伝えられる情報が限られてしまうと感じて。古着のシミが落ちていく様子を見たときの衝撃を、ぜひお客さんにも生で体感してもらいたくて、実店舗を始めようと思いました。
まさか、古着のシミが落とせるとは思わなかった
クリーニングと古着の組み合わせって、今までにありそうでなかった発想ですよね。
思いついたきっかけは、古着のワンピースについていたシミを、クリーニングの師匠に目の前で落としてもらったことなんです。師匠は一歩の古着にクリーニングを施してくれている職人さんで、通販の立ち上げ前から、起業やクリーニングの相談に乗ってくださいました。
そもそも、古着のシミを落とすことってできるんですね。私が一歩さんで古着を購入した時、そこに驚いたんです。
はい。生地が傷んでいない限り、落とせないシミはないと思っています!
それはすごい!
ただ私も師匠と出会うまでは、まさか古着のシミを落とせるとは思っていなかったんです。古着を買う方ならご存知かもしれませんが、一般的に売られている古着にシミがついていることは珍しくなくて。
ああ、わかります。買ったあとにシミに気がつくと、悲しい気持ちになりますよね。
しかも、シミが付いてから何年も経っているので、家庭の洗濯機ではなかなか落ちないんです。だから、師匠から「そのシミ落ちるよ」と言われたときはびっくりしました。専用の洗剤で適切な処理をすると、ずっと諦めていた白いワンピースのシミが、ものの3分で落ちたんですよ!せっかく出合ったお気に入りの古着だから、長く着たいじゃないですか。でも、過去に間違ったお手入れをして、気に入っていた服をだめにしてしまったことが何度もあって……。古着が好きな人で、私と同じような思いをする方がきっといると思ったんです。古着とクリーニングを結びつけている事業がどこにもなかったので、「私がやるしかない!」と動き出しました。
そこから一歩につながっていくと。
そうなんです。師匠に弟子入りしてしみ抜きの方法を教わったり、国家資格であるクリーニング師の資格をとったり、半年間かけてクリーニングについて学びました。
坂本さん自身もクリーニングを担当されているんですか?
はい。新しい知識を得る度に、自分の持っている古着でシミ抜きを練習しました。気づいたら、持っている服のすべてのシミを落としてしまって。学べば学ぶほど、次はどんなシミを落とそうかと楽しくなるんですよね。
ヘアカラー剤のシミ抜きめっちゃニヤニヤするから見てください…… 紫色のは薬品で、真ん中あたりうっすら茶色いのがシミです。楽しすぎた。 pic.twitter.com/zHLSobWhlZ
— 夏歩 (@15_junkie) May 30, 2018
ファン層へのアプローチに苦戦
坂本さん自身、高校生の頃からSNSで発信をしたり、オリジナルグッズをつくられていたそうですね。
はい。一歩がたくさんの方に興味をもっていただけたのは、私が高校生のときに始めたブログが原点かもしれません。はじめは部活のことをつらつらと書いていたのですが、部活の引退後は「グリード」(※2)というファッション団体に所属して、地元の大阪を拠点にファッションの情報を発信していました。
※2 グリード……東名阪に拠点を持ち、ファッションショーやヘアショーの企画を行っている団体
上京したのはどのタイミングですか?
大学卒業後に、東京の出版社で雑誌編集に関わったんです。でも、すぐに雑誌が廃刊になってしまって。経営やお店の仕組みに興味があったので、その後はヴィレッジヴァンガード下北沢店のスタッフとして働きながら、店舗発のブランド「BOB STORE」の商品プロデュースにも関わりました。
活動の幅が広いですね! 古着も当時から好きだったんでしょうか。
中学生から古着をファッションに取り入れていましたね。高校生の頃には、いつか古着のお店をやりたいと思っていました。というのも、古着屋というと原産国や年代にこだわったり、古着の知識が優先されている印象があって、その感覚に少し違和感を感じる部分があったんです。もちろんヴィンテージへのこだわりも素敵ですが、単純に「かわいいから着たい!」という欲求に寄り添うことも大切じゃないかな、と。
坂本さんのSNSを拝見すると、ファンの年代がとても若いですよね。彼女たちが「かわいいから着たい!」という古着に反応するのもうなずけます。
一歩で普段買い物をしてくれるのは、古着好きの10代後半から20代前半の若い女の子がメインです。だからこそ、実店舗立ち上げの際のクラウドファンディングでは苦戦したんです。
若い子にとって、クラウドファンディングのハードルは高いのでしょうか?
想像していたよりも高いのかもしれません。若い子は年齢的にクレジットカードを持っていない人も多いですし、学生だと自由に使えるお金も少ないですよね。上の年代に比べると、なじみが薄いのだと思います。だからこそ、リターンの設定は「間違ったかも!」と思いました。リターンの最低金額が4,500円だったので、少し手を出しにくかったのかな、と。クラウドファンディング終盤に2,000円のリターンを増やしたところ、多くの方に支援してもらえたので、ターゲットに合ったリターンを用意することは大切だと思いましたね。なにより、そもそもクラウドファンディングの仕組みがピンとこなかったみたいで。実店舗立ち上げのプロジェクト期間中は、TwitterやInstagramで告知をしたり、Instagramのライブ配信機能を使って動画で説明したりもしました。投稿への反応はあったものの、「金銭で支援する」というハードルは高かったようですね。
落としたるでな……! pic.twitter.com/Ah07fBCyHD
— 夏歩 (@15_junkie) September 6, 2018
好きな古着を長く着てもらいたい
最近のクリーニング業界について、もう少し詳しく聞きたいです。
都内にクリーニングの専門学校もありますし、若い人もクリーニング師という仕事に興味を持っている実感はあります。以前、昔ながらの街のクリーニング屋さんで働いたこともありますが、家業を継ぐために働きながら専門学校に通う同僚もいましたね。
専門学校もあるんですね!
ただ、汚れを落としたり、服を長持ちさせることをとことん追求しているクリーニング師さんは、そこまで多くないように感じています。その理由のひとつに、クリーニング師とお客さんとの意思疎通がはかりにくいことがあると思っていて。例えば、チェーン店では窓口とクリーニングの作業所が違うところも多いですよね。
たしかに、洗濯物をトラックが集荷していくところを見たことがあります。
その場合、お客さんからクリーニング師へ細かい要望が通りにくいですよね。シミ抜きには洋服を痛めるリスクもありますから、落とすのが難しいシミに「落ちません」というシールが貼られて返ってくる…ということも起こり得ます。
つまり、お客さんとクリーニング師が細かくコミュニケーションを取れれば、もっと落とせる汚れも増えるかもしれない…?
もちろん、チェーン店でも窓口で丁寧に話をすれば、対応してもらえると思いますよ。ただ、大量の洋服を扱うクリーニング店では早さが求められますし、適切な処置をするには技術と知識も必要ですから、なかなか難しい問題だとは思います。それでも、機械的に落ちる落ちないの仕分けをしているクリーニング屋さんを見ると「もっと頑張っていきましょう!」と鼓舞したくなりますね。
正直、「一歩」の活動はアパレル業界とクリーニング業界の人に目の敵にされるかもしれないと思っていました。だって、汚れを落として服が長持ちするようになると、新しい服は売れにくくなってしまいます。それに、「どんなシミでも落とせる」と謳うのは、「シミが落ちない」と言うクリーニング屋さんが怠慢だと思われてしまうことに繋がりかねないですよね。だけど「古着とクリーニングのお店を始めようと思って」とそれぞれの業界の方に伝えると「いいね!」と言ってもらえることが多いので、私は間違ってないんだと思えるんです。多くの人がクリーニングの知識を得て、大好きな古着を長く楽しめたらといいなという思いが一歩を運営する根底にあります。師匠の力を借りながら、クリーニングで洋服はここまでキレイにできるんだぞ、ということを示していきたいですね。
「古着の魅力は、やっぱり一点ものであることですね」と、坂本さん。取材時のかわいらしい服装は、なんと古着のパジャマなんだとか。
自分がかわいいと思える服を、ずっときれいに着るために。一歩は、古着との一期一会の出会いを末永くつないでいく手助けをしているのだと感じました。
もちろんそれは、これから出合う服だけでなく、今持っている大切な服にも言えること。坂本さんのお話を通して、タンスの奥底に、泣く泣くしまい込んでいた服を引っ張り出したくなったのは私だけではないはずです。
古着のベビー服の取扱いやギフト用洗剤の開発など、アイデアがどんどん溢れ出るという坂本さん。クリーニングという武器を手にした彼女のアイデアの実現が、早くも楽しみで仕方ありません。
古着とクリーニングのお店「一歩」
- 一着一着厳選して買い付けた古着を、こだわりの "水洗いクリーニング"で仕上げて届けます。 古いシミ・シワ・ニオイ・汚れをきれいに落とし、古着の「これから」を大切にできる店を目指します。
- https://ippo.theshop.jp/