コラム

子どもの才能を見つけて伸ばす! 新時代のアスリート教育は地域から

フィギュアスケートの羽生結弦選手や卓球の福原愛選手のように、ごく幼い頃に競技を始めて専門的な教育を受け、トップアスリートに成長したという話をよく耳にする。

ただ、そのようなスポーツエリート教育は、誰もが受けられるものではない。選手・コーチ経験のある両親の存在や競技団体とのつながりなど、環境による要因が大きいからだ。

しかし近年、スポーツに優れた素質を持った人材を地域単位で発掘し、育成しようとする動きが生まれている。

そのひとつが、和歌山県の教育委員会が主導し、県内在住の小学3・4年生を対象に選手の発掘・育成を行なう「ゴールデンキッズ発掘プロジェクト」だ。

2015年に開催された「紀の国わかやま国体」で男女総合優勝を果たした和歌山県だが、その華々しい結果の裏には、同プロジェクトで育成された選手たちの存在があった。さらに、修了生の中からは全国大会や国際大会で活躍する選手も生まれている。

しかし、なぜ地域をあげて、それも県の教育委員会の主導でアスリート育成に取り組んでいるのだろうか?

プロジェクトが始まった経緯や指導内容、そして地域によるスポーツ教育の可能性について、県教育庁生涯学習局スポーツ課の梅本将志さんに話をうかがった。


和歌山県教育庁・生涯学習局スポーツ課の梅本将志さん

国体も成績低迷、競技力低下で感じた危機感


ゴールデンキッズでは6つの分野で育成プログラムが実施されている。選考会で選ばれた子どもが参加でき、最長3年をかけて育成。目標はオリンピックや国際大会で活躍する選手を育てること

2004年の国体では47都道府県中で最下位だった和歌山県ですが、2015年の紀の国わかやま国体では男女総合優勝! ビリから優勝への大躍進ですね。

はい、2015年の国体ではゴールデンキッズの修了生から優勝が3人、入賞が10人出ています。2006年にプロジェクトが始まって以降、着実に成果につながっていますね。

地域でのアスリート育成事業は全国でも先行事例のようですが、2006年にスタートさせようとした理由は何だったのでしょう。

素質のある選手を見つけて、地域で育てたいと思ったからです。当時の和歌山は県内に住む選手の競技力が低下し、結果として国体でも成績が低迷していました。

国体は輪番制で開催地が回ってくるため、「そろそろ国体開催の話が来るはずだ」との予感もしていました。その状況下で競技力が低迷していたので、これは何とかしたいと。

危機感があったのですね。

国体は開催県が総合優勝することが多く、県民の期待も大きいです。ですが、その低迷した成績の中で開催地に選ばれても、さすがに「このままでは難しそう…」と思いますよね。

その危機感もあって、地域で選手を育てていかなければと考えました。その結果、「競技者として優れた才能を持つ子どもを県内から見つけ出し、育てよう」となり、ゴールデンキッズが始まったんです。

プロジェクトが県の主導になったのはどうしてだったのでしょうか?

和歌山にはプロ野球チームはもちろん、Jリーグに所属するサッカーチームやBリーグ入りを果たしたバスケットチームもなく、全国でも珍しいプロのスポーツチームのない県なのです。

加えて、実業団やスポーツに力を入れる私立高校、民間のスポーツクラブも少ないんです。そのため、アスリートの育成が組織だってできるのは行政しかないという地域性があり、教育の一環として県の事業にしようと決まりました。

なるほど、突出したスポーツ団体がなかったからこそ、地域主導が実現したと。

先行事例としては、福岡県で2004年に全国で初めて「タレント発掘事業」として始まった子ども向けのアスリート育成プログラムがありました。その前例も参考に、行政としてゴールデンキッズを進めることが決まったんです。

子どもの身体能力に合わせて競技を選ぶ!

国体での男女総合優勝という結果は、もちろん選手ひとりひとりのがんばりが大きいです。ただ、それに加えてゴールデンキッズをきっかけに競技を転向したり、育成プログラムによって体の基盤を作ったりしたことで成績が伸び、結果につながった選手もいます。

最初から競技を決めて始めるわけではないんですね!

ゴールデンキッズでは身体能力を数値でチェックして、競技適性を探っています。「あなたに合う競技」と示されたものを始めるかは本人やご両親の希望次第ですが、新しい競技に出合ってメキメキと隠れていた才能を発揮する子もいるんです。

例えば、1期生の吉田隆起は別の競技からレスリングに転向し、高校2、3年のときに連続で国体優勝、そして選抜大会とインターハイでも優勝しました。大学でも全日本大学選手権で準優勝し、東京オリンピック出場を目指しています。


紀の国わかやま国体のレスリング競技・少年グレコローマン74kg部門で優勝し、表彰台に上った吉田隆起選手(写真右から2番目) 写真提供:和歌山県レスリング協会

最初から競技を決めて取り組む形ではなく、ひとりひとりの素質を見極めて競技と紐づけていくゴールデンキッズだからこその結果だったんですね。

そうですね。ポテンシャルが引き出せる競技や指導者と巡り会えば、好成績と結びつきやすくなります。

それにレスリングやボートなどは、なかなか日常生活では接点がなく、始めるきっかけがないですよね。でも、実は自分がその種目に合った特別な身体能力を持っていたら? 相性のいい指導者がいたら? 競技転向によって成績を伸ばせる子はたくさんいるんです。

誰にでも可能性はある。自分で才能ははかれない


さまざまな競技を体験するスペシャルプログラムは競技団体のサポートを受けて、今後さらに手厚くしていく予定

でも、もともとの素質がないと、誰もが伸びるわけではないですよね…。

誰にでもできるとは言えませんが、全くスポーツをしていない子も選考を通っていますし、部活のレギュラー選手ではなく、まったく成績が出ていない子が通ることもあります。

自分の素質や才能は、自分ではかれるものではありません。誰にでも可能性はあります。それを見つけていくのが発掘事業です。

強いて言えば、吸収する力があるかどうかが伸びに関わるかもしれません。育成プログラムは身体能力、知的能力、食育の大きな3つの柱があるのですが、学校体育では習わないことが多く、それを受けることでものすごく伸びる子がいます。もともと持っているものにプラスして、たくさんの知識や経験を得ることが子どもの成長につながっています。


9期生の丈六壱倖(じょうろく・いっこう)さんは「プロジェクトの授業はどれも役に立った。特に食育の勉強を受けて、普段の食事を変えることができたのでよかった」と話してくれた。ゴールデンキッズの測定をきっかけにサッカーから転向したホッケーが楽しく、中学でもホッケーを続けるという

自分ひとりでは可能性に気づかない、気づいていても伸び悩むということはありそうです。ところで、長期間に渡ってゴールデンキッズは続いていますが、地域の人たちに何かメリットはあるのでしょうか。

12年が経ち、第一線で活躍する選手を輩出しただけでなく、指導者として和歌山に残って貢献したいと言ってくれる修了生も出てきました。これも大きな成果であり、地域としてのメリットだと思っています。

高齢化社会の中で、優秀な人材の流出はいちばん避けたいことです。ゴールデンキッズは選手に対して地域の競技団体がいろいろとサポートしますので、地域の人たちとの交流をきっかけに「ふるさと意識」が普通の子どもより高まっているかもしれないですね。

幸い地元の和歌山大学には教育学部があるため、そこへ進学して指導者になりたいと言ってくれたり、県外へ進学しても「いつか地元へ帰りたい」と言ってくれたりする子もいます。地域へ人材を還元できるので、ありがたい話です。

スポーツを通じて地元愛が強まるのですね。

そのほかにも、身近な人がトップアスリートになることで、「自分もそうなりたい」「自分もがんばりたい」と思う子どもが増えます。それぞれのフィールドでがんばる子どもが増え、地域活性化につながればうれしいですね。


インタビューを受けていただいた県教育庁生涯学習局スポーツ課の梅本将志さん(写真左から2番目)と、ゴールデンキッズ担当職員の皆さん。

区切り線

すべての子どもたちへ平等に成長のチャンスが与えられているゴールデンキッズ。

生まれ育った環境に左右されず、自分の才能が活かせる場所を見つけられるのは素晴らしいことだ。近くにいる「あの子」が世界で活躍するトップアスリートになったら……と考えるとワクワクする。

このような地域主導型のアスリート発掘事業は全国に広がりを見せている。住んでいる地域で体力測定会やトライアルがあれば、ぜひその内容や成果に注目してほしい!

平成31年度ゴールデンキッズ発掘プロジェクト体力測定会第1ステージ


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万谷 絵美

和歌山県在住。関西学院大学総合政策学部卒、専攻はまちづくり。主婦期間を経て、2005年にフリーランス、2015年から地方発のPR会社・Crop代表取締役。

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