コラム

純喫茶文化を絶やしたくない。店を常連ごと引き継いだ男

高度経済成長期に日本で花開いた「純喫茶」文化は、長く人々に愛されてきました。

「純喫茶」とはアルコール類を扱わない、いわゆるコーヒー専門店のこと。女性店員の接客を売りに、アルコール類の提供をメインとするクラブやバーのような業態と区別するため、いつしかその呼び名がついたと言われています。

昭和から受け継がれた純喫茶のレトロな空気は、どこか懐かしさを与えてくれ、コーヒーとともにわたしたちの心を癒してくれます。

しかし年月が流れるにつれ、純喫茶の業態は継続が難しくなってきました。

大手コーヒーチェーン店の進出、コンビニやファストフード店でのコーヒー販売……喫茶店でしか飲めなかったコーヒーは、今やどこでも手軽に飲めるようになりました。

さらに、70〜80年代に開店のピークを迎えた純喫茶のマスターたちも高齢化。70歳を超えていることも少なくありません。建物の老朽化も進み、一代限りで終わる店が増えています。

多くの歴史ある店もかつての賑わいを失い、わたしたちは純喫茶というひとつの文化を知らぬ間に失おうとしているのです。

そんななか、あるひとりの男性が、東京・西荻窪にある「POT」という純喫茶を受け継ぎました。

廃業する喫茶店の家具や食器を引き取って販売するネットショップ「村田商會」のオーナー・村田龍一さんです。BAMPでは、2017年末に彼の活動を取材しました。

純喫茶の家具がネットで買える! 昭和の空気感を次世代へ繋ぐ男

ネットショップではあるものの、直接のコミュニケーションを大事にし、オーナーの想いを家具とともに引き継いでいた村田さん。2019年、そんな彼が実店舗をオープンさせたと聞き、村田商會の「その後」を尋ねることにしました。

「新しい店を軌道に乗せることで、『今の時代でも純喫茶を継いでやっていける』と証明したいんです」

そんな風に語る村田さんは、元は「POT」に足を運ぶ客のうちの一人だったといいます。

「POT」と村田商會のケースは、純喫茶に限らず、さまざまな文化を未来に残すためのヒントになるのではないか。そんな思いから、オープン直後の店へと足を運びました。


村田さんが受け継ぎ、「POT」から「村田商會」へと名前を変えた。JR西荻窪駅から徒歩数分ほどの、人通りの多い一角にある


ネットショップ「村田商會」。喫茶店のほかに、キャバレーや洋食屋で使われていた家具や食器などが並ぶ

常連さんの後押しで、店を継ぐことを決意

村田さんには、2017年末にもBAMPで取材させていただきました。ネットショップに尽力してきた村田さんが、新たに実店舗を開かれた経緯を伺いたくて。

実店舗を持ちたいという気持ちは、以前からやんわりとありました。

「村田商會」で扱っている家具は、すべて元の店主の方たちの思い入れのある大切なものです。ただ、中古で状態もさまざまなので、やはりじかに見て触って、購入していただきたいという思いがあって。


村田商會で販売していた、5年前にカバーが張り替えられた椅子(現在は売り切れ)。前のオーナーが丁寧に手入れしていたことが分かる

ネット販売だけでなく他のお店の一角で展示即売会なども行っていたのですが、お客さんが増えて、場所を借りてやるのにも限界を感じ始めていて。そんな中、昨年8月に「POT」の常連さんから、お店が廃業するとお電話をいただいたんです。

「POT」はもともとここで営業されていたお店ですよね。最初は家具を引き取ってほしい、というご連絡だったんですか?

はい。なので、いつもと同じように家具や食器を引き取らせていただこうと、お店に行ったんです。

実は「POT」には何度か客として行ったことがありました。初めて訪れたのは僕が学生時代のときです。昭和48年から営業されているので、当時から貫禄のあったマスターも、昨年の春に再訪したときには85歳になられていて。

客目線ながら、あまり無理はしてほしくない気持ちと、いつまでも続けてほしい気持ちの両方がありました。引退されると聞いたときは、とても寂しかったです。

長く続けてほしいけれど、マスターがいつまで頑張るかという話になってしまいますもんね……。でも、家具を引き取りに来られた村田さんが、なぜこの空間を引き継ぐことになったのでしょう?

マスターと話していたら、この場所のよさに改めて気づいたんです。

通常、家具を引き取りに行くお店は、その後の取り壊しが決まっていたり、老朽化が進んでいて、そのまま営業を続けていくのは難しそうな物件が多いんです。ただ、「POT」に関しては建物が丈夫で、マスターが作った雰囲気を大きく変えずに、まだまだ営業を続けられそうでした。

立地の面でも、さまざまな魅力がありました。まず駅から近いため集客も見込めて、自分の家からも通える距離。

西荻窪という街も、古くからやっている喫茶店が多かったり、中古家具店が集まる「骨董通り」があったり、村田商會の客層とマッチしていたんです。

これまで実店舗について具体的には考えたことがなかったのに、「POT」にきたら一気に想像がふくらんで、「ここで自分の店を開きたい!」と思いました。

いろんな条件が理想と一致したんですね。マスターの反応はどうでしたか?

マスターはご自身が引退される寂しさもあったのか、迷っていた部分もありました。ですが、僕が「引き継ぐことを検討しています」と話したとき、たまたまその場にいた常連さんが強く後押しをしてくださって。「こんないい人が現れたんだから、力になってあげなさい!」と(笑)。

あはは。みなさん、マスターの体調を心配されてたのでしょうね。

常連さんに建物のオーナーや不動産屋を紹介してもらって、一気に話が進みました。僕もそのときまで自分の店を持つことに少し迷いがあったのですが、お客さんたちの後押しで決心がつきました。

開店準備をしているときも、ご近所の方がドアを開けて「ここはどうなるんですか?」と声をかけてくださることも多かったんです。「また喫茶店として営業します」と言ったら、みなさんとても喜んでくださいました。

本当に「POT」は地元の人たちに愛されていたんですね。なくならなくてよかった……。

「POT」改め、喫茶「村田商會」のスタート

ところで、実際にオープンしてみてどうですか? これまで2000軒あまり喫茶店巡りをしてきたそうですが、初めて自分の店を持つってどんな気持ちなんでしょう。

客として行くのと、自分でやるのではまったく違うという一言に尽きますね……(笑)。

村田商會を始める前のサラリーマン時代から料理は好きで、よく自宅で作っていました。でも、ナポリタンひとつ作るのも、一定のクオリティかつ短時間で作るのは、また違うスキルが必要なんだとよく分かりました。


ナポリタンの麺はうどんに変更可能。これがかなりおいしい

店を開けて、最初のお客さんがなかなか来ないと「このまま誰も来ないんじゃないか」とマイナス思考に陥ってしまうこともあります。だけどその分、一日の最初にドアが開く瞬間は本当にありがたくて。一度来た方がリピーターになってくださったときは、また格別に嬉しいです。

お店ではネットショップ同様、純喫茶の家具や食器も販売しているんですよね。

はい。食器類は店内に、家具は店の外のスペースに並べています。


店内で販売しているカトラリーや食器は、掘り出しものがたくさん


店の前に並ぶ、純喫茶の家具たち。すべて値札がつき、販売されている

いい椅子がありますねえ。ちなみに今私が座っている椅子は、どちらのものなんですか?

店内の椅子やテーブルは「POT」で使っていたものをそのまま使っていて、販売用ではないんですよ。コーヒーカップも同じく「POT」で使われていたものです。


「POT」のコーヒーカップ。赤いロゴとコロンとしたフォルムがかわいい

ほかの喫茶店から譲っていただいたカップを使う手もありました。でも、やっぱりこの空間だから、可能な範囲で「POT」のものを使いたいなと思って。

カップ以外の食器類やレジの機械、電子レンジに関しては、ほかの喫茶店で使われていたものです。外の看板は、隣駅の荻窪の喫茶店で使われていたものなんですよ。


目をひく看板は、文字入れだけ新しくしてもらったという

形がおもしろくて、すごく気になっていたんです。看板も嬉しいでしょうね、ご近所でまた活躍できて。

ああ、そうだといいですね。

時代とともに「理想の喫茶店」も変わっていく

居抜きでも、ここまで以前の店の雰囲気を残したまま営業されるお店って少ないんじゃないでしょうか。変わらないことで喜ばれるお客さんは多そうですよね。

でも、変わった点もいくつかあるんです。たとえば禁煙にしてしまったことで、離れてしまったお客さんもいらっしゃると思うんですよ。

「POT」時代は喫煙だったんですか?

はい。都条例で2020年に飲食店は原則禁煙が義務付けられることもあり、時代の流れを考えると禁煙にせざるを得ない部分があって。

「コーヒーと一緒にタバコを吸いたい」という方がいるのも分かっていたので、最後まで迷いました。でも今後長く続けることを考えたら、途中で方針を変えるより、最初から覚悟を決めて禁煙にしたほうがいいのかなと。


マッチマニアでもある村田さん。店内は禁煙だが、村田商會オリジナルマッチが置いてある

長く続けていくためには、時代とともに変えざるを得ない部分もあるのかもしれませんね。

中にはやっぱり「ここ禁煙なの?」と出て行かれる方もいらっしゃって。でも逆に、お子さま連れや女性の方には喜んでいただけています。

また客単価のことを考えて、メニューにお酒を追加しました。お酒のほうが客単価は高くなるので、コーヒーだけでやるより売上げが出やすくなるんです。


「村田商會」のドリンクメニュー

禁煙・喫煙、メニューの内容にかかわらず、純喫茶のお店ごとにいろんな方針があって、通うお客さんもまたそれぞれです。

この店も僕になって変わってしまったことも多々あるので、そこがちょっと残念だなと思われている方もいると思います。でも、まったく同じ形で継続することが「店を残す」ことにはならないのでは、という気がしていまして。

どういうことですか?

店はお客さんに来てもらってこそ続いていくもの。この場所がいいなと思って来てくれる方がいて、初めて「その文化が残せた」ことになると思うんです。ただ建物だけがそこに残っていても意味がないということを、これまで廃業するお店を見て実感してきました。

だから、今の時代で純喫茶をやるなら、今のお客さんの目線で変えるべきところは変えることも必要だと思います。

飲食だけでなく、家具を販売する物販との二本柱で売り上げを立てながら、今後はトークイベントや展示、音楽ライブもやっていきたくて。どうやったら人を増やせるか、この店を残していけるかを一番に考えていくつもりです。

純喫茶が好きで、自分でもお店を開いたとなると、理想が先行してしまうこともあると思います。でも、経営者としての視点をちゃんと持たれているんですね。

そうですね。僕もこれまで理想というか、「こんな店をやろう」と思ってたものは少なからずありました。でも、「POT」自体が理想の店だったわけではなくて。それとは別に、ここなら商売としてやっていけそうだなという部分で決めたところもあるんです。

僕の好みでいうと、壁一面に本棚があって、一人で黙々と過ごせるような、とにかく薄暗いお店だったんですね(笑)。

たしかに、ここは窓がたくさんあって、明るくて、人通りがある。好みとはまた違う雰囲気です。

そうなんです。でもさっき言ったようなライブや展示をやるには、こういう「POT」のような明るい雰囲気が向いているかもな、と思っていますよ。

家具も食器も、お客さんも。文化ごと引き継ぐ居抜きの形

今後は純喫茶という理想像と、今の時代で生き残れる形の間を見つけていく時期なんですね。

「純喫茶」という文化がどんどん下火になっていくなか、まだまだ個人レベルでもできることがたくさんあるはず。自分でそれを少しずつ試しながら、ゆくゆくは同じようなことをやってみたいという方の力になれればいいなと考えています。

それはいいですね! 純喫茶を継ぎたいという人がいたら、村田さんが実際に引き継ぎをしたノウハウを提供することもできますもんね。

喫茶店を開きたいという方が、知り合いやお客さんにも増えてきました。今後そういう方とお店をつないでいくことができたら、仕事抜きにして、本当に嬉しいなと。

それに、この店を軌道に乗せることで、「ちゃんと今の時代でも純喫茶を継いでやっていける」と証明できたら、という気持ちもあります。

やっぱり、喫茶店をやってみたいと思っても、実際にはなかなか一歩を踏み出せないところがあるんでしょうか。

個人でやろうと思っている方には、やはり家賃や最初にかかる設備工事費など、お金の問題があります。実際、僕自身もそうでした。都会の家賃も高騰していますし、新たに物件を借りて「純喫茶」のような業態の店を開くのは、若者に限らずなかなか厳しいんじゃないかなと。

その点では、元のお店の設備をできるだけそのまま活かした「POT」と「村田商會」のような居抜きの形は、費用面でかなりハードルを下げることができますね。

そうなんです。でも、ただ安く済ませたいから場所を選ぶわけではなく、そのお店が好きで、そこを継ぎたいという気持ちも大切です。そこを忘れなければ、前のマスターにとってもお客さんにとっても、いいお店の形に近づけられるんじゃないかなと。ありがたいことに、「POT」時代の常連さんが何人もお店に来てくださっています。

その空間だけでなく、文化を引き継ぐ居抜きの形ですね。村田さんが、そのひとつのモデルになればいいですね。

そうですね。まだ開店直後ですから、具体的なノウハウをお伝えできるのはだいぶ先ですが(笑)。

今回、店舗の修繕費の一部はクラウドファンディングでご支援いただいたんです。プロジェクトの期間中はSNSで応援の声をいただいたり、お店で声をかけていただくこともあって。みなさんの気持ちも心に留めて、純喫茶文化の残し方を模索していきたいです。

区切り線

喫茶「村田商會」で使われている家具や食器たちは、第二の人生が始まったかのようにとてもいきいきとして見えました。前の持ち主の想いを知っている村田さんが使うからこそ、それぞれが納得して自分たちの持ち場を守っているように。

長くたくさんの人に愛されてきたお店が、その空気ごと、また新たな世代に受け継がれていく。

そんな「POT」と「村田商會」のような形が純喫茶以外も増えていけば、次の世代に残していける文化はたくさんあるのかもしれません。

村田商會
  • 閉店した喫茶店や洋食店、キャバレーなどの家具や食器を販売するネットショップ。きめ細かいサービスで、喫茶店文化とショップオーナーさんの想いを継いでいきます。
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チャン・ワタシ

1990年生まれのフリーライター。いつも怯えています。

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