カレーといえば、日本における家庭料理の大定番。老若男女問わず人気のあるメニューです。学校の給食でもカレーが1番好きだったという人は多いのではないでしょうか。
しかし近年、カレー界には大きな変化の波が押し寄せています。
その最も象徴的な出来事が、大阪で誕生したスパイスカレーの台頭です。
スパイスカレーとは、その名の通り多種多様なスパイスを組み合わせて作られるカレーのこと。芳醇な香りと複雑な味わいが特徴で、一般的な日本のカレーとの大きな違いは、ベースに和風の出汁が使われている点です。
最近では大阪の人気店が東京にも上陸を果たし、新たなジャンルのカレーとして注目が集まっています。しかし、その背景には表層的な盛り上がりだけでは捉えきれない、カルチャーとしての奥深さがありました。
今や定番料理という枠を超え、カルチャーとして定着しつつあるカレーの面白さとは何か?
そんな問いに答えてくれたのは、毎日カレーを食べ続けて1000日以上になるというタケナカリーさん。
日々カレーを食べ続ける中で、その魅力にとりつかれた彼は、カレーに関する活動を開始。カレーイベントのプロデュースやオリジナルカレー皿の製作を手がけながら〝カレーを売らないカレー屋〟を目指しているといいます。
新たな出会いを求めてカレーを食べ続けているタケナカリーさんに、自ら作ることでわかってきたカレーの面白さや、新しいカレーは土着の文化から生まれるという持論、知れば知るほどよく似ているカレーと音楽の関係性などについて伺いました。
プロフィール
タケナカリー
好きなことを自分の中にインストールする
タケナカリーさんは、1000日以上もカレーを食べ続けているそうですが、毎日カレーを食べるようになったきっかけは何だったのでしょうか?
たまたまなんですけど、4日連続でカレーを食べてたときがあって。それをフェイスブックにアップしてたら、めちゃくちゃたくさんのコメントがついたんです。「この店も美味いよ!」とか、「あそこのカレー食べた?」とか。
はいはい。
それがすごく面白いなと思って、1週間くらい連続でカレーを食べてたら、普段は何のリアクションもないような人から、こっそりとオススメのカレー屋さん情報が送られてきたんですよ。
あぁ、自分が好きなお店を教えたくなる気持ちはわかりますね。
ちょうど広告業界の先輩のススメもあって、毎日続けられるコンテンツを探してて。これは面白いから続けてみようと思ったんです。それから毎日カレーを食べ続けて、今日で1093日目(※2019年2月26日時点)ですね。
1093日目! すごい! じゃあ、そもそも無類のカレー好きというわけではなかったんですね。
そうですね(笑)。だけど、不思議なもので、食べ続けていると本当にカレーが好きになっていくんですよ。
僕、みうらじゅんさんが好きなんですけど、『「ない仕事」の作り方』っていう本の中に、「天狗のスペシャリストになるために、自分は天狗が好きだということにする」って話があって。要は、自分を〝天狗好きな人間〟というふうに洗脳してしまうってことなんですけど。
キャラを自分の中にインストールするってことですね。
そうそう(笑)。何かを始めるときって〝好き〟が最初にあると思ってたんですけど、〝好きだということにする〟って始まり方もあるんじゃないかなと思って。
実際に、みうらじゅんさんは天狗に詳しい人になってますもんね。
そうなんですよ。僕もカレーを食べ続けていたら本当に好きになって、カレーを事業にする会社まで設立予定です(笑)。
カレー作りは、音楽制作に似ている?
タケナカリーさんが思うカレーの魅力って、どんなところですか?
まず、ルールがないってところがいいですよね。
ルールがない?
カレーって、どんな風に作ってもいいんですよ。料理としての明確な定義があるわけではないし、素材の制限もない。そういう自由なところが魅力ですね。何というか、非常に音楽的だなぁとも思っていて。
カレーのどんなところに音楽的な要素を感じるのでしょう?
音楽には「こうしなきゃいけない」ってルールはなくて、カッコよければオッケーじゃないですか。同じようにカレーにも「こうしなきゃいけない」っていうルールはなくて、美味しければオッケーだと思うんです。
確かに、和食やフレンチって、どこかで修行してから自分の店を出すというケースが多いですけど、カレーって自分で試行錯誤して作ってみて、お客さんにウケたらオッケーみたいな感じがあるかもしれないですね。言われてみれば、そういうところは音楽的なのかも。経験値ではなく、楽曲やライブの良さが全てみたいな。
そうなんですよ。本当にそれだけでいいっていうのが、カレーの魅力だと思います。
実際、大阪では音楽とカレーを融合させたイベントとかも開催されてるんです。ライブハウスとかクラブにカレー屋さんが何店舗か出店して、ステージではバンドやDJが音楽を鳴らしてるみたいな。
へー! そういうイベントって、他の食べ物では聞いたことないですね。ラーメン×音楽とか、サンドイッチ×音楽とか。なんでそういう組み合わせのイベントが行われるようになったんですかね?
大阪って、バンドマンとか音楽関係者がやってるカレー屋さんが多いんですよ。大阪スパイスカレーの元祖といわれているのが、『カシミール』っていうお店なんですけど、そこはエゴラッピン(※1)の元メンバーの方が経営されているお店なんです。
音楽界隈の人と、カレーの接点ってどこにあるのでしょうか? スパイスカレーの元祖が元エゴラッピンの方というだけでは、語りきれないような気がするのですが。
さっきのルールがないって話にも繋がるんですけど、音楽とカレーって作り方にも似ている部分があるんです。
全然ピンとこないです(笑)。詳しく聞かせてください。
カレーって、最初にホールスパイス(※2)の味や香りを油に移して、そこに玉ねぎを入れて、生姜とニンニクを炒めてベースを作るんです。これは音楽でいうところの〝曲〟を作る作業に似てると思うんです。
なるほど!
カレー作りって、そのベースができた上で具材を入れて、パウダースパイスを入れて仕上げていくんです。それって、曲に〝歌詞〟をのせていく作業に似てるなと思って。
あー、そういうことか!
エゴラッピンの音楽って、どういう構造になってるのかわからないような複雑さがあるじゃないですか。多様なジャンルをクロスオーバーしていて、たくさんの音の要素が絡み合ってる感じというか。そういう音楽を作っている方が楽器をスパイスに持ち替えたら、とても複雑で奥深いカレーができそうな感じがします。
そうなんですよ。いい音楽作る人は、いいカレー作りそうだなと思ってて。そういう意味でも、カレーって一種の表現なんだろうなと思ってます。
※1 エゴラッピン……1996年に大阪で結成された音楽ユニット。ロックやジャズ、昭和歌謡など、多様なジャンルをクロスオーバーした独自の世界観で既存の枠にとらわれない音楽を作り続けている
※2 ホールスパイス……粉にひいていない、原型そのままのスパイスのこと
自らカレーを作ることでわかってきた〝プロとの距離〟
最初はカレーを食べ続けていることに対する周囲の反応が面白かったそうですが、客観的な反応ではなく、ご自身が「カレーは面白い」と思うようになったのは、いつ頃からだったのでしょうか?
それは、自分でカレーを作りだすようになってからですね。
あー、なるほど。そこはすごく気になるところなんですけど、「食べる」から「作る」へと手を伸ばした理由はなんだったんですか?
僕は〝距離〟が知りたかったんです。
距離…ですか?
美味しいカレーって、たくさんあるじゃないですか。でも、なぜ美味しいのかって分解できないなと思って。
確かに。刺身なんかだと、鮮度の良し悪しが美味しさの決め手になってると理解できるけど、カレーは構成する要素が多いし、複雑すぎて難解ですね。
ですよね。だけど、自分が作る側に立つと、なぜ美味しいのかとか、お店のカレーがどれくらいすごいかっていうのがわかるようになるんです。
スポーツを例にするとわかりやすいんですけど、イチローのすごさって、野球をやってた人の方がよくわかるはずなんですよ。体の動かし方の巧さだったり、バットのさばき方の難しさだったり、ちょっとしたプレーのすごさって、野球経験者じゃないとわからないじゃないですか。
そうですね。経験者だと自分の経験をもとに、プレーの難しさを判断できますからね。「あれはとてもじゃないけど、自分にはできない」とか。
それと同じように、カレーも自分で作ることで、プロとの距離を知ることができるんじゃないかなって思ったんです。実際、自分で作るようになってから、カレーの奥深さや面白さを体感的に理解できるようになりました。
新しいカレーは土着の文化から生まれる?
今は日本各地に、ご当地カレーみたいなものがあるじゃないですか。そのほとんどは、その土地の名産を使ったカレーですが、近年は札幌のスープカレーや、大阪のスパイスカレーなど、ひとつのジャンルとして確立されたカレーが登場していますよね。
そうですね。だけど、スープカレーにしても、スパイスカレーにしても、登場した背景にはやっぱり土地柄というのがあるなと思っていて。
土地柄というのは?
例えば、スパイスカレーって出汁がすごく効いてて、いろんな具材を混ぜて食べるものも多いじゃないですか。これって、お好み焼きみたいだなって思うんです。そういう視点で考えると、大阪でスパイスカレーが誕生した背景には、お好み焼き文化の存在があったんじゃないかなって。
あぁ、関西の出汁文化に加えて、具材を混ぜるお好み焼き的な発想の延長線上にスパイスカレーが誕生したと。
はい。札幌のスープカレーも、北海道のラーメン文化からの影響が強いと思うんです。北海道のラーメンは、札幌は味噌、函館は塩みたいにスープのバリエーションが豊富じゃないですか。そうやってスープを変えて様々なラーメンを作ってきた土壌が、個性豊かなスープカレーを誕生させたんじゃないかなと思ってて。トッピングの仕方なんかは、いかにもラーメン的ですよね。
言われてみればそうかも。その土地の食文化とか、ソウルフードみたいなものから派生して、新しいカレーが誕生したってことか。その仮説は、民俗学的で面白いですね。
そういった観点で見たとき、東京から新しいカレーは生まれてこないのでしょうか?
東京でも、最近は「間借りカレー」っていうのが、すごく増えてて。夜はバーだけど、日中はカレー屋さんをやってるみたいなお店なんですけど。
たまに見かけますね。
それによって、東京でもいろんなカレーが登場してきてるんです。僕はミックスカルチャーが好きなので、「江戸前寿司も美味しいけど、カリフォルニアロールだって美味しいじゃん」って思うタイプなんです。だから、東京でも個性的なカレープレーヤーが増えたらいいなと思ってますね。
最近はカレーに限らず、間借りで物作りをする人が増えてますよね。自分の醸造所を持たずにビール作りをしている「ファントムブリュワー」なんかもいますし。
きっと同じような流れだと思います。そうやって作り手が増えると、食べる側も楽しいじゃないですか。
そうですね。
僕は見たこともないようなカレーを食べたいので、インドの田舎にしかないようなカレーもアヴァンギャルドなカレーもたくさん出てくるといいなと思ってるんです。
それに、カレーって何を入れてもいい。だから、夜しか営業してないお店が余った食材を使ってお昼にカレーを作るようになったら、フードロスにも繋がるし、雇用も生まれると思うんですよね。もちろん、衛生上の管理とかは徹底しないとダメですけどね。
そういう循環が生まれたら最高ですね。
そういうことが、ブロックパーティー(※3)みたいにいろんなところで立ち上がったら、めちゃくちゃ面白いじゃないですか。
カレーに付随して、歌を作る人とか、絵を描く人とかが出てくるみたいな(笑)。
そうそう! DJ、ラッパー、ブレイクダンサー、グラフィティアーティストが出てきてヒップホップカルチャーが成熟していったみたいに、カレーカルチャーも盛り上がっていけばいいなという想いはありますね。
※3 ブロックパーティー……ひとつの街区の住民たちが公園などに集まり、音楽やダンスを楽しむパーティ。1970年代のニューヨークで人気が高まり、ヒップホップが誕生する土壌となった
目指すは〝カレーを売らないカレー屋〟
タケナカリーさんも、自分のお店を持ちたいという気持ちはあるんですか?
店をやりたい気持ちはないですね。それよりも、タダでカレーを配るようなことをやりたいなと思ってて。カレーを売らないカレー屋を目指したいんです。
どういうことですか?
アメリカにチャンス・ザ・ラッパーっていうヒップホップアーティストがいて、彼はレーベルと契約せず、音源はすべて無料ダウンロードというファンを大切にした音楽活動をしてるんです。お金はどうするかというと、世界各国のフェスに出演したり、グッズを販売することで稼いでいて。
グラミー賞も受賞してましたよね。
そうそう。彼のような活動を、カレーでもできないかなと思ってるんです。カレーは無料で配って、イベントの収益とかカレー皿の販売でお金を稼げないかなと。そういう想いを込めて、「チャンス・ザ・カリー」という名前で活動することにしました(笑)。
チャンス・ザ・カリー!
僕はカレー店をやりたいんじゃなくて、カレーの楽しさを広めたり、カレーを作る人を増やしたいんです。それって、チャンス・ザ・ラッパーがやってることに近いなと思ったんですよね。
チャンス・ザ・カリーでは、具体的にどのような活動をされているのでしょうか?
カレー関連のイベントプロデュースやオーガナイザーをやったり、カレーに関わるプロダクトを企画・販売しようと思っています。今回はその第一弾としてオリジナルのカレー皿を作りました。
どんなお皿なんですか?
ちょうどいま食べているお皿がそうなんですが、片側はカレーがすくいやすいように緩やかな傾斜をつけていて、反対側はカレーを最後まですくい切れるように壁を作った左右非対称の皿なんです。横から見た断面がナイキのロゴみたいな形になっているイメージですね。
毎日カレーを食べ続けている中で、お皿にちょっとだけカレーを残す人が多いってことに気がついて。なんでだろうって考えたときに、きっと食べにくいんだろうなと思ったんです。
カレーって、最後まできれいに食べようと思うと指で壁を作らなきゃいけなかったり、お皿を持ち上げたりしなきゃいけない。だけど、女性なんかは特に、マナー的にもそういうことはしにくいじゃないですか。だから、最後まで簡単にすくえるお皿を作ろうと思ったんです。
このお皿だと壁の部分が引っかかりになって、手を使わなくても綺麗にカレーをすくうことができますね。
お陰様で好評だったので、今は子ども用のカレー皿を作ってます。これもお子さんが使いやすいっていうだけでなく、お母さんが子どもを抱っこしながら片手でもカレーをすくえるつくりになっています。
子どもを抱えてると片手でスプーンやフォークを持たなきゃいけないから、お皿に壁があると使いやすいですね。
そうやって親子で食べ物を大切にするきっかけを、カレーを通じて作ることができたらいいなというのが、今後の目標ですね。
取材を終えて
タケナカリーさんがカレーを食べ続けることになったきっかけから始まり、地方における新しいカレー誕生の背景や、カレーと音楽の類似性、最後はフードロスや雇用の話にまで発展した今回の取材。
思わぬ視点から語られるカレーの魅力に、カレー偏差値がぐんぐん上がっていく実感がありました。
カレーを食べに行くのは、単に食を楽しむというよりも、新たな体験をしに行くという感覚に近い気がします。
それほどカレーの世界は多様で、未知との出会いに溢れています。
カレーという体験を通じて、新たな感覚や、まだ見ぬ世界の広さを知る。
その求道的な面白さは、確かに音楽に通じるところがあり、のめりこんだ人にしかわからない奥深さがあるのでしょう。
ディープでクリエイティブなカレーの世界。
それはきっと、今日もどこかの鍋の中で広がり続けています。
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取材協力:VOVO 学芸大学駅前店
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