コラム

純喫茶の家具がネットで買える! 昭和の空気感を次世代へ繋ぐ男

1960年代、世の中が戦後の平静さを取り戻すと同時に、個人経営の喫茶店は数を増やしていきました。今のようにコーヒーチェーン店がなかった時代、コーヒーは喫茶店に行かないとなかなか飲めないもの。1970年代にはさらに店舗数も増え、コーヒー文化はより多くの人に広まっていきました。

喫茶店ブームの中で、アルコールを提供したり、女性店員の接客を売りにしたりする「特殊喫茶・社交喫茶」というスタイルも登場します。対して、アルコール類を扱わない純粋な喫茶スタイルのお店はいつしか「純喫茶」と呼ばれるように。

しかし、1981年には約15万4000軒を数えた喫茶店も、2014年時点で6万9983店舗(参照:全日本コーヒー協会「喫茶店の事業所数及び従業員数」)と、減少の一途を辿っています。コンビニやファストフードの台頭に加え、マスターの高齢化、30〜40年経った建物自体の老朽化など、人も建物も、一つのサイクルを終えようとしているのです。

そうして閉店していった純喫茶で使われていた家具を、ネット上で販売しているショップがあります。それが「村田商會」です。

村田商會のショップページには、喫茶店の食器や家具のほか、キャバレーや洋食屋さんなどで実際に使われていた中古品が並んでいます。


かつて使われていたお店の名前もわかるようになっている


吉祥寺の喫茶店「シェモア」で使われていたカップ&ソーサー

どこか懐かしく、モダンでおしゃれな家具たち。その魅力を次世代に継いでいこうと、ネットショップを立ち上げたオーナーの村田龍一さんに、村田商會立ち上げの経緯や扱う商品に対する思いを伺いました。

純喫茶文化や昭和の空気感を次世代に

きむら

そもそも、どういう経緯で喫茶店の中古家具を販売するようになったのでしょうか?

村田

もともと古い喫茶店が好きで、学生時代から純喫茶巡りが趣味でした。だけどそういった歴史あるお店って、どんどん無くなっていってしまうんですよね。10年以上前、たまたま入った喫茶店に「今週いっぱいで閉店です」と貼り紙があって。そのお店のイスやテーブルがとても素敵だったので、マスターに聞いたら「閉店後は捨てちゃう」って言うんです。思わず「僕にください!」とお願いして、譲ってもらいました。

きむら

とっさの行動に“喫茶店愛”が溢れていますね。

村田

当然、そのときはまだ商売をはじめていなかったので、 1セットだけもらってきて、今も自宅で使っています。それ以降も、お店が閉店してしまう場面に出会うことが何度かあって。魅力的な家具ばかりなのに、一度処分されてしまうともう出会えない。そのことに寂しさと、もったいなさを感じました。僕みたいに欲しいと思っている人も、実は結構いるんじゃないか?と思ったのが販売のきっかけです。本当は純喫茶を自分で開いて、文化自体を次の世代に継いでいければいいのですが、難しい部分もあって。だから、せめてお店で使っていた家具や食器だけでも残していけたらという思いがありますね。


ネットショップのほか、不定期で販売イベントを行っている

きむら

村田さんが思う純喫茶の魅力を教えてください。

村田

アンティークやビンテージとはすこし違って、そこまで古くない。でもちょっと懐かしく思うような空気があるんですよね。昭和末期くらいの時代の空気感は、小さい頃よく母親や祖母に連れていってもらった場所とリンクするんです。

きむら

1960〜70年代って、そんなに大昔じゃないんですよね。だけど今とは全然違う文化や雰囲気があって、とても不思議です。

村田

この時代のお店には、一つ一つ個性があったんですよ。部屋の内装やメニュー、マスターやママの人柄、常連客の存在なども含めて、お店の雰囲気が同じものは一つとしてないというか。その理由として「大量生産ではない」点はとても大きいと思います。たとえば、木村さんがいま座ってらっしゃるのは、阿佐ヶ谷の洋食屋さんで使われていたイスなんです。

村田

そのお店では、最初は既製品のイスを買ったのですが、2年と経たないうちに壊れてしまったらしくて。というのも、近くに相撲部屋があって、力士の方がよく来られるんですね。それである日、お相撲さんが座った途端に壊れてしまったと(笑)。

きむら

そんなコントみたいな話が現実に……!

村田

そうなんです(笑)。それで、家具職人さんに、「お相撲さんが座っても壊れない丈夫なイスを」とオーダーして作ってもらったのが、このイスなんです。座面は破れていたので張り変えたんですけど、やはりフレームの部分はすごく丈夫で。ショップでは、それ以来 40年ほど使われていたというストーリーも一緒に紹介しています。今ほど大量生産だったり輸入品だったりではなく国産で、職人さんが作っていたからこそ、今でも十分使えているのかな、という感じはしますね。

まずは自分がそのお店のファンになる


練馬にある村田商會の倉庫には、大小合わせて約100点の家具や小物の在庫があるという

きむら

村田さんは、もともとサラリーマンをされていたんですよね。

村田

はい。いずれは好きなことを仕事にしたいな、という思いはずっとありました。それこそ、初めて家具を引き取ってきた時から「10年かけてこれを形にしていったらどうだろう」と、なんとなくですが考えてはいて。ちょうど会社を辞めるタイミングで、10年かけて温めてきた気持ちに乗っかってみようとショップを始めました。それが2015年の12月ですね。

きむら

当時からネットショップを利用されているんですか?

村田

そうですね。実店舗を持ちたいなという気持ちはあります。ただ、基本的に一人で仕入れから販売まですべての作業を行っているので、店舗があると営業活動に行けなくなってしまうんです。

村田

今でも展示即売会というか、実際に見てもらって販売する機会を定期的に設けるようにはしているんです。やはり家具なので、実際に見て、座りたい、触りたい、状態が気になるという方は多いので。ただ、ネットショップだからこそ一人で運営できている部分はあるので……難しいところですね。一方で、喫茶店のオーナーさんからはネットショップについてあまり理解されないことも多くあります。「こんな物を引き取ってどうすんだ」みたいな反応をされる方も多く、家具の価値を実感していない節もあります。あとは、「インターネット上で販売する」ということ自体にいいイメージがない方もいて。

きむら

なるほど。インターネット自体に馴染みのないご高齢の方は多そうです。

村田

はい。なので、できる限りそのお店がまだ営業している間に訪問して、直接マスターとお話するようにしています。足を運んでお茶を飲むことで、「客としてこのお店を好きなんです」ということが伝わればいいなと思っていて。もちろん閉店後にお話が進む場合もありますが、いきなり名刺を持っていって「家具を売ってください!」とお願いするような、ビジネスライクな交渉はできるだけしたくないんです。「いいものを、またいい人に使っていただきたい」という思いをどうわかってもらうか……まだまだ僕自身、試行錯誤の途中にいます。


イスなどの布やクッション部分の張り替えは、村田さん自らの手によるもの

きむら

オーナーさんにとって大切なお店だからこそ、見ず知らずの人に譲るのをためらってしまう気持ちも、わかりますもんね。

村田

そうなんです。だからこそ、家具の持ち主だったお店の名前を出して販売することにはこだわっています。そうすることで、お店のファンだったという方が買ってくださるんですよ。とあるお客さんは、お気に入りの喫茶店に行ったら閉店していたので、お店の名前をネットで検索したらしいんです。そしたら村田商會のサイトがヒットしたので「買えるんだ!」と、すぐに購入してくれました。「お店がなくなっちゃっても、せめて家具だけでも残っていくと思うとうれしい」と言ってくださるお客さんは多いですね。

きむら

それはオーナーさんにとってもうれしいはずです。

村田

説明がうまくいかないと、単なる転売目的のように大切にされないと思われてしまうこともなくはないので。「このお店を好きだった人に買ってもらえる」という点は、しっかり説明するようにしています。

オーナーとお客さんの思い出がクロスする取引の現場

きむら

今まで出会った商品の中でも、特に印象深かったものってありますか?

村田

僕が村田商會を始めて2回目の引き取りですかね。台東区入谷にあった、1967年創業の「HANA NO OTO(花の音)」という喫茶店でした。村田商會を商売として続けていけるかどうか、なんとなくその時に決まるような気がしていたんです。ご主人が体調を悪くされて閉店になった「HANA NO OTO」では、家具の引き取り手を探されていて。ご家族がネットでうちを見つけてくださり、家具を仕入れることになりました。その時に、元常連客の方がテーブルとイスを1セット購入してくださったんです。お店のすぐ近くにお住まいの方だったので、納品のタイミングでオーナーさんに「ぜひお客さんにもご挨拶を」と連絡したんです。そしたら閉店したお店にもお客さんを連れて行ってくれて、「この辺の席にいつも座っていたんです」なんて会話もされていました。

きむら

オーナーさんの思いがお客さんに引き継がれた瞬間ですね。

村田

はい。喫茶店に通っていた人が家具を買ってくれることまでは想像していなかったので、とても印象的でした。なにより家具を購入したお客さんにものすごく喜んでいただけたんです。僕自身ものすごくうれしかったですし、こんな風に喜んでくれる人がいるなら続けていける、と確信した出来事でもあります。

きむら

家具の売買を通じて、思い出を引き継いでいるような印象です。オンライン上で完結できることが増えている時代において、ここまで人の繋がりを大事にされているとは。ネットショップであって、ネットショップでないような……。

村田

そうかもしれませんね。僕の場合、もともと家具に詳しかったわけでも、そういう業界にいたわけでもありません。家具屋をやりたかったというよりは、純粋な喫茶店好きから始まっている。必然的にこういう売り方になったんだと思います。お店のオーナーさんにも喜んでいただきたいですし、もちろんお客さんにも喜んでいただきたい。だから、ただの仕入先ともお客さんとも違う、心の込もった売買の橋渡しがしていければと思っています。

おわりに

昭和という時代の魅力を、空気を、少しでも現代に継いでいきたいと語ってくれた村田さん。ショップのブログでは、家具を引き取ることになった経緯やお店の紹介をしています。村田商會で扱われている家具がどのようなお店でどんな歴史を歩み、どう愛されてきたか――。村田さんの喫茶店愛に満ちた言葉で綴られたブログは、読む人の心をぐっと商品に近づけてくれます。

ネットショップであるものの、オンラインだけで完結しない、直接のコミュニケーションを大事にしているのも印象的でした。そうして、オーナーさんの思いは家具とともにお客さんに託され、新たな思い出を築いていくのでしょう。

昭和の時代を知らない世代の私でも、どこか懐かしいと感じる家具たち。
2019年5月には、平成の時代も終わります。さらに一つ古い年号になる昭和ですが、その時代の魅力も純喫茶の文化も、色あせることなく次世代に引き継がれていくことを願ってやみません。

村田商會
  • 閉店した喫茶店や洋食店、キャバレーなどの家具や食器を販売するネットショップ。きめ細かいサービスで、喫茶店文化とショップオーナーさんの想いを継いでいきます。

きむらいり

1990年生まれの編集者/ライター。北海道函館市出身。実家はちいさなパン屋です。動物が好きで、この世で一番愛らしいのはカバだと思っています。

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