コラム

台風被害の銭湯で起きた「本当に必要な支援」をめぐる葛藤

2018年は、大阪の銭湯にとって試練の年だった。

6月18日に発生した大阪北部地震では、大阪府高槻市や枚方市、茨木市など、5市区で震度6弱を観測。枚方市では、地震の大きな揺れで煙突が倒壊する銭湯もあり、その映像はニュースで大きく取り上げられた。

さらに、その地震の復旧も終わらぬ9月4日。
今度は25年ぶりに「非常に強い」勢力のまま日本に上陸した台風21号が、大阪を直撃した。
大阪市では最大瞬間風速47.4 mを記録。特に風による被害が広範囲に及んだ。


台風21号の強風により煙突が倒壊した長瀬温泉(東大阪市。現在休業中)。幸いけが人はいなかったが、浴室の天井が落ち、浴室にはがれきが散乱した

大阪府内の銭湯でも煙突の倒壊や、浴室の湯気抜き(浴室の屋根にある小屋状の換気口)が飛ばされるなど、被害の大小はあれ約400軒のうち約7割の銭湯で、なんらかの被害が確認された。
現状、その被害により4軒が廃業、10数軒が休業を余儀なくされている。

そのような中、WEBメディア「東京銭湯 – TOKYO SENTO -」を運営する「株式会社 東京銭湯」が、台風21号により被害を受けた大阪の銭湯を支援するクラウドファンディングを提案。
大阪府公衆浴場組合と共同で、2019年1月末にプロジェクトがスタートした。


クラウドファンディングは2019年4月17日までの期間で実施中。集まった支援金は大阪府公衆浴場組合へ送られ、組合で行われている被害状況の調査結果をもとに、東京銭湯が用途・支援先を選定する
https://camp-fire.jp/projects/view/114420


若者層に銭湯の魅力を発信し、業界の活性化に取り組む「東京銭湯」。WEBメディア運営のほか、埼玉県川口市にある銭湯「喜楽湯」の運営や、銭湯に関連したイベントのプロデュースなども手がけている

個別の銭湯でクラウドファンディングが行われた例はあるが、組合が共同主催者となるのは初めてのことだ。

クラウドファンディングを行うにあたっては、組合内でもいろいろな意見があったという。

組合という組織にとって、被害の大きかった銭湯への重点的な支援は「正しい」のか?
クラウドファンディングで集まったお金は、本当に生きたお金として使えるのか?

こうした葛藤からは、組合の担保すべき公平性ゆえの支援の難しさが見えてくる。そしてこの大阪の事例は、被災地支援に限らず「支援」そのもののあり方を考える上で重要なヒントとなるはずだ。

そこで話を伺ったのは、大阪府公衆浴場組合の理事である森川晃夫さん。東淀川区にある昭和湯の4代目だ。

組合の若手メンバーと共に銭湯業界の活性化にも挑む森川さんに、大阪銭湯の現状とクラウドファンディングに取り組んだ理由について聞いた。

プロフィール
森川晃夫(もりかわてるお)
1975年生まれ。昭和3年創業の昭和湯(東淀川区)4代目。大阪府公衆浴場業生活衛生同業組合理事。同組合東淀川支部長。組合の活性化を目的に若手が集まり、ユニークな企画を立案、実施する事業委員会「For-U(湯)」メンバー。昭和湯の数軒隣にあるゲストハウス木雲(もくもく)も昭和湯の直営で、弟の真嗣さんが責任者を務めている。

公平さが求められる組合にとって「正しさ」とは?

2018年の自然災害では大阪の銭湯に大きな被害があったそうですが、なにか公的な支援や救済策はありましたか?

全国公衆浴場組合から、大阪北部地震に対しては大阪の組合へ義援金を頂戴しました。それ以外は、基本的に自助です。

台風21号による建物の破損については、火災保険に加入している銭湯は保険金が出たと思います。ただし個々の考え方がありますし、加入の状況を組合で把握しているわけではありません。

かつては大阪の組合内に見舞金等を出す互助会がありましたが、組合員数の減少などもあって現在は解散し、そういった制度もありません。

全国公衆浴場組合からの義援金は、どのように分配されたのですか?

義援金の分配方法については、大阪の組合内でもいろいろと議論がありました。

結果的には、被害のあった銭湯で、かついくらかでも修繕費を補てんして欲しいという銭湯に義援金の申請をしてもらい、約100軒に対して均等にお渡ししました。といっても、一軒あたりにすればお見舞金程度の額です。

大阪の組合としての決定はそうなったのですが、個人的には、その金額を渡されてもなあという思いがありました。分配法としては公平かもしれませんが、実際の支援としてはどうなのかなと。

もし100万単位のお金があれば、すぐに修理して、また元気出して頑張るわ!という銭湯があるんじゃないか、そこにまとまったお金が行かないのはどうなのかなという思いは残りました。

何が正しくて、何が正しくないかは、分からないですけど……。

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森川さんが支援金の分配方法について「何が正しくて、何が正しくないかは、分からない」と話すのには理由がある。

それは組合が、行政との折衝や燃料の共同仕入れなど、共通の利益のために組合員費を元に運営される組織だからだ。つまり、支援金の分配においても、公平性が求められるということである。

この話を商店街の組合に置き換えると分かりやすいかもしれない。被災した商店街に災害義援金が届いたとして、そのお金をアーケードや街灯の修理に使うことは共通の利益になる。しかし、特定の店の復旧となればどうだろう? 同じことが浴場組合にもいえるのだ。

しかし、銭湯という公的な意味合いの強い施設が困っているときに、本当に各銭湯の自助だけでいいのだろうか。

困っている銭湯に重点的な支援を

今回のクラウドファンディングに取り組まれたきっかけは?

これ以上組合員を減らしたくない、というのが大前提としてあります。

毎年20~30軒程度の廃業があるのですが、今年は台風21号の影響もあり廃業ペースが上がっています。

本来、僕らが組合として自主的にお金を集めて、被害の大きかった銭湯を重点的に支援できる仕組みを作っていかなければいけないのですが、なかなか現状ではそのスキルもありません。そこに東京銭湯さんからの提案があり、お請けすることにしました。

他府県の有志の銭湯で、クラウドファンディングと連動した支援ステッカーが販売されています。こちらは、大阪の一部の銭湯でも販売されていますよね。

僕らも提案を受けるだけでなく、自分たちも動かなくてはという気持ちを持っています。
ポスターを貼ってもらったり、支援ステッカーを販売するといった動きを通して、みんなで応援してますという気持ちが広がればいいなと思っています。

実施中のクラウドファンディングに関しても、大阪の銭湯らしい新たなリターンを作れたらいいなと思って検討中です。いろんなアイデアが連絡網で飛び交ってますので、近々出せるのではないかと思います。


少額でも支援に参加できるように支援ステッカーを製作。有志の銭湯で販売している。1枚500円で、売り上げのうち300円が大阪の銭湯の支援にまわされる。5種集めると「OSAKA」の文字が揃う

集まった支援金はどのように分配するのですか?

義援金の分配のように、組合として特定の銭湯を支援するというのは、非常に難しいことです。ですので最終的には外部組織である東京銭湯さんに支援先を決めてもらうことにしました。私たちは被害状況を調べ、支援すべき銭湯を提案するという役割です。

ただ、組合のスピードが追いつかず、具体的な支援先の候補選定がまだできていません。そこは現状の問題点として認識しています。

困っている銭湯への個別の支援は今後も重要とお考えですか?

廃業を減らすためには待ったなしの状況の銭湯もあるので、個人的には個別の銭湯の支援も必要かなと思っています。

金銭面以外にも、オーナーが高齢で続けるのがしんどいというような状況もあります。であれば体力的に負担となる風呂掃除だけ人を派遣したり、運営を任せられる人を新たに見つけてきたりといったことは、今後、組合として検討していくべきだと感じています。

そうした個別の支援と、全体として銭湯の利用客を増やしていく取り組みの2本柱が大事だと思っています。

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「個別の支援」「利用客の増加」の2本柱が重要だという森川さん。

大阪の銭湯全体の利用客を増やすために、2年前から組合内の若手による新しい組織「For-U(湯)」が銭湯の新しい楽しみ方を提案する活動などに尽力している。

大阪の銭湯の現状は、そのFor-U(湯)の活動からも見えてくる。

話題づくりを先導する、組合の若手組織「For -U(湯)」

最近はFor-U(湯)としての活動も活発ですね。できたきっかけは?

2017年の秋頃に、当時の大阪の浴場組合の事務長が「現状の組織では新しい企画が生まれないから、若手で企画を考えてくれ」ということで、理事長直轄の事業委員会が出来ました。これが、「For-U(湯)」です。

現在17名で構成されていて、For-U(湯)で考えた企画を組合の理事会にかけて、実行に移しています。

熊本地震で被災した銭湯が復活する際には、出張イベントをされていましたね。

もともとは、2016年の年末に熊本の銭湯の方が、For-U(湯)のメンバーでもある大阪の銭湯へ来られたのが始まりでした。

その銭湯は熊本地震後ずっと休業していたのですが、2017年の秋に再開されるということが分かったんです。

For-U(湯)のメンバーの方は、熊本地震のあと、現地にも行かれていたと聞いています。

はい。友人のつてで、自分の店のイベントの収益を積み立てた10万円ほどのお金を持って熊本の別の銭湯にお見舞いに行かれました。でも、「再建できるかわからないので、そのお金は受け取れない」という返事を受け、持ち帰られたんです。

そんなこともあり、熊本の銭湯を、大阪の銭湯としても何か応援できないかという話になりました。

どういった案が出たのですか?

お金を集めることも検討しましたが、再建費用から見るとわずかな金額にしかならないだろうし、受け取る方も心の負担になることを考え、「お金ではなく、銭湯だったら銭湯らしい支援をしよう」という話になりました。

そこで、大阪の銭湯に広めていった「オフロンピック」というイベントを、熊本の銭湯でも開催することにしたんです。マスコミにも協力してもらって、イベントを通じて再開したことを全国に発信するお手伝いができればと思って。


2017年10月29日に行われた「オフロンピック」。どれだけ高く桶が積めるかを競う「桶タワー」やデッキブラシを使った「桶カーリング」など、身近な道具を使って大人から子どもまで楽しめる競技をチーム対抗で行った。
 
支援する側、支援される側の気持ちが伝わってくるエピソードですね。

支援って、するのもされるのも難しいと思うんですよ。

特に支援される側は、状況もいろいろだし、支援を受けたことに対してこの先も気を遣いますよね。お金を受け取ったことがプレッシャーにもなりますし。今回のクラウドファンディングについても、同じ難しさを感じています。

ただ、やはり最終的に何がしたいかが、大事だと思うんです。

今回の場合は「組合員をこれ以上減らしたくない」という大目的がありました。そこで、いろんな意見はありつつも、浴場組合としてクラウドファンディングの提案を請けることにしました。

お話を伺っていると、組合という大きな組織であるがゆえの難しさも感じます。昨年行われた「おおさか湯らり」というスタンプラリーもFor-U(湯)の企画ですよね。今までの組合による企画は全体参加のものが多かったので、企画に賛同した有志の30軒のみで開催されたのは新鮮でした。


2018年2月6日~9月3日まで約半年にわたって行われた銭湯のスタンプラリー「おおさか湯らり」。15軒ずつ2グループに分かれ、各々てぬぐいのスタンプ帳(1000円で販売)が用意された(※画像は大阪府公衆浴場組合のHPより)

実は「おおさか湯らり」はパイロット企画だったんです。だから、組合の会計からはお金を出さず、手弁当でやりました。企画をやったけど不評で赤字だったとなると組合全体に迷惑がかかりますから。

まず参加浴場からは3万円ずつ集めて、それをスタンプ帳代わりのてぬぐいやチラシ、景品のタオルの製作費に充てました。さらに、協賛してもらえそうな企業には、For-U(湯)のメンバーで会社訪問して協賛金や景品の協力をお願いして回りました。

企画は好評で、どこも「やってよかった」と言ってもらえたのですが、結局少し予算がオーバーし、追加で5000円ずつ徴収したんですけどね(笑)。「ええやん!」という手ごたえは掴めましたし、また第2弾をやる予定にしています。

例年2月6日前後に行われているボンタン湯も、今年は実施軒数が大きく増えましたね。

昨年は試しにやってみようということで、For-U(湯)のメンバーのうち6軒で実施しました。大きな柑橘がプカプカ湯船に浮かぶのは楽しいですし、お客さんにも好評で、今年は理事会に「2月6日(フロの日)」の企画として提案し、136軒での実施になりました。

きっかけは、ボンタン産地である鹿児島県阿久根市の地域おこし協力隊の方が、For-U(湯)のメンバーの銭湯に遊びに来てくれたことなんです。

一緒に飲んで仲良くなったこともあり、昨年の全国公衆浴場組合の総会が鹿児島市で開催されたときに、今度はFor-U(湯)のメンバーで阿久根市へ遊びに行きました。


今年1月にはFor-U(湯)の有志メンバーや知人などで、阿久根市にボンタンの収穫体験にも出かけた。実際に大阪の銭湯で使用するボンタンのうち約1000個を収穫した

ボンタン湯は阿久根市のボンタン農家の支援にもなっていると聞きました。

もともと阿久根市だけで550軒ほどあったボンタン農家が、今は30軒にまで減っていて、後継者がいる農家は4軒なんだそうです。そこで、農家と地域おこし協力隊が協力して「Bプロジェクト」(ボンタンプロジェクト)を立ち上げて、頑張っておられます。

今回、大阪の銭湯全体で2210個のボンタンを注文しましたが、あまり支援という意識はなくって、結果的に支援になっているという感じです。

阿久根市の方と交流するうちに、僕らが阿久根市を好きになって、そこにボンタンという面白い果実があった。関係性ができたからたくさん仕入れることができ、結果として銭湯のお客さんも喜んでくれた……という流れが生まれたのが嬉しいですね。

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For-U(湯)が立ち上がって約1年半。それまでは組合の東淀川支部長として組合本部や、近隣の銭湯とのやりとりがあったものの、組合内で同世代の横の繋がりはあまりなかったという森川さん。For-U(湯)の発足で「こんな面白い人が銭湯業界にいたのか!」と改めて感じたという。

大阪の浴場組合には380軒以上の銭湯が加盟していて、その数は東京に次いで多い。横のつながりを深め、情報を共有していくことで、さらにおもしろいアイデアが生まれていくことにも期待しているそうだ。

銭湯という仕事について「入浴料の上限も決められてますし、公益性が高い点からも特殊な仕事だと思います。でも、人に愛されて、地域への貢献も感じられる仕事です」と話してくださった森川さん。

「銭湯の減少がどうしたら食い止められるか、自問自答しながらやってます」という森川さんの悩みは、すぐには解決しないかもしれない。だが、もがきつつも笑顔で新しいことに取り組まれている様子は、「大阪の銭湯を応援したい」という気持ちを喚起する。

新しいことに挑戦するその先には、同じ方向を見て一緒に汗をかける仲間の輪が広がっていく、一段高いステージがあるはずだ。

☆クラウドファンディングは4/17まで実施中。支援はこちらから!

撮影:渋谷美鈴

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林 宏樹

フリーライター。1969年京都市生まれ。「富士山のペンキ絵が京都にはないのか」という興味から銭湯にはまる。著書に『京都極楽銭湯案内』『京都極楽銭湯読本』(ともに淡交社)、『近大マグロの奇跡』(新潮文庫)など。

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