コラム

「自由は怖くて面白い」漆100%のコップを作る塗師の実験的職人道

ぎゅっと握って歪ませたような、不思議な形。これはガラス製でも、プラスチック製でもない。芯材などを用いず、塗り重ねた漆のみで作られた「漆100%」のコップだ。

「thin」(=薄い)と名付けられたコップの生みの親は、愛知県に住む漆職人・武藤久由(むとう・ひさよし)さん。彼は伝統工芸品である「名古屋仏壇」の漆塗りを手がける家に生まれ、20代の頃に漆職人の道へと進んだ。

伝統工芸品を手がける職人の多くが悩まされているのが「時代の変化」。例えば、仏壇の需要は年々減り、仏壇作りに関わっていた職人の多くは苦境にあえいでいる。

しかし武藤さんのように、現代の暮らしに合わせたオリジナルプロダクト製作へと舵を切り、時代の波を乗りこなす職人もいる。違いは、一体何なのだろうか?

武藤さんの話から見えてきたのは、日本のものづくりにおける「分業制」の課題、そして「職人」と「作家」の違いだった。小さなコップに秘められた、これからのものづくりを考えるヒントを紹介したい。


「thin」シリーズは12960円〜。約1mmの薄い飲み口で、飲み物の味を敏感に感じることができる。オンラインショップにて販売中

日々の「実験」が、漆100%のコップを生んだ

「thin」を見て、漆でこんなものも作れるんだと驚きました。

漆は日本人の身近にあるものですが、詳しく知っている人は意外と少なくて。まず、漆は「ウルシノキ」という樹木から採取した樹液が原料です。


ウルシノキに切り込みを入れ、染み出てきた樹液を採取する。画像素材:PIXTA 
それから、「漆」と聞くと黒や赤色をイメージしませんか? でも、こちらをご覧ください。

これが「生漆(きうるし)」といって、ウルシノキから採取した樹液です。このように、元々は乳白色なんですね。乾くにしたがって茶色く変化します。空気中の湿気に触れて、化学反応が起きるんです。

このままでも使いますが、生漆を精製して水分を抜くと、透明になって粘りが出ます。お椀や仏壇に塗るのはこの状態が多いですね。


精製したあとの漆。茶色くとろりとした状態に変わる

漆は防水性や強度を増すための塗料として、また接着剤として古くから使われてきました。ただし木や布のような素材にはくっつきますが、ガラスやプラスチックに塗ると剥がれてしまうんですよ。だから、プラスチックのお碗に漆が直接塗られることはありません。


ガラスに塗った漆は、乾くとフィルム状になって剥がれてしまう

その漆の剥がれる性質を逆手にとったのが「thin」なんです。僕は何にでも漆を塗ってた時期があったんですよ。みかんとか石とか……。

え、それはなぜですか?

実験みたいな感じかな。漆って、何に塗っても合うんですよ。高級感が出るし、質感も変わる。それが面白くて、仏壇の仕事が終わったあとに色んな素材に漆を塗って試していました。

そんなある時、子どもが食べた後のゼリーのカップに漆を塗ってみたんです。当然、乾いたら剥がれちゃうんですが「10回塗ればどうだろう?」と閃いたんですよね。そこで本当に10回塗って剥がしてみたら……漆だけのカップになったんです! そこから試行錯誤を繰り返した結果、「thin」が誕生しました。

「漆のことを、もっと知ってもらいたい」

仏壇の仕事が減っていく中でオリジナルブランドに挑戦、という図式を勝手にイメージしていたのですが、いわば遊びの結果として生まれたものだったのですね。

そうですね。僕が漆の仕事を始めた頃は仏壇業界もまた元気でしたし、その後の業界の状況と「thin」の誕生のタイミングが、たまたま合っただけなんです。

ただ、オリジナルのプロダクトを作る以前から「もっと漆のことを知ってもらいたい」という思いはありましたね。大学を出た後に父へ弟子入りして、10年くらい経った頃かな。「ふつうの人って、あんまり漆のことを知らないんじゃないか?」と気が付いたんです。

それは、何かきっかけが?

うーん、それまでは無我夢中で修行していて、やっとそこそこの腕前になった頃だったので、周りに目が向いたのは一つの理由かもしれません。

それから仏壇作りは分業制で、木地を作る人、金具を作る人、塗りの人……と細かく分かれています。だから別の工程の職人さんはもちろん、完成品を受け取るお客さんの顔を見ることもありません。最初はそういうものだと思ってたんですが、徐々に「お客さんのことをもっと知りたいし、知ってもらいたい」という気持ちが膨らんでいったんです。

そこでまず、mixiで発信を始めました。仕事風景の写真を載せたり、ものづくりについて日記を書いたり。

広報活動という位置付けだったんでしょうか?

いやいや、そこまで考えてもなくて、本当に手探りでした。ただ、職人が集まるmixiのコミュニティを作って、全国の職人と交流するようにもなって。

それと同じ時期に、名古屋のクリエイターズマーケットへ知人の手伝いで参加したんです。一般の方から職人さんまで、自分の作ったものを展示して販売してる光景に惹かれて、翌年から自分も参加し始めました。


初期の作品で、木に漆を塗ったアクセサリー。クリエイターズマーケットで販売していた

ブース用の什器も全部自分で作ったので、準備は大変だったんですが、会場のお客さんの反応がとにかく楽しくて。「わぁ、漆だ!」って反応してくれる人と、「なにこれ?」と素通りする人の差が激しかったんですよ。食いつく人は、一度止まると30分くらい話し込むこともあって。

それまで、そんな風に自分の作ったものを間において、お客さんと話すことはなかったわけですよね。

だから、すごく新鮮だったんです。それに、素通りされてしまうのも「次に足を止めてもらうにはどうしようか?」と見せ方を意識するきっかけになりました。それまで、自分の作ったものの見せ方なんて考えもしませんでしたから。

普段のものづくりにも一層やる気が出ましたし、売り方を考えるようにもなりました。だから、その時の経験がすべて「thin」に繋がっていますね。

「新しいものを作る意識」が、作家と職人の違い

少し話は変わりますが、昔の職人さんって、当たり前にお客さんと顔を合わせて仕事をしてたと思うんです。でも、いつしか分業制や問屋の制度が生まれて、作り手とお客さんの距離が離れていったことが、今の職人さんをめぐる歪みみたいなものに繋がっているような気がしていて。

仏壇屋さん、つまり売る側の人も、何代か遡ると職人だった場合が多いんです。仏壇がすごく売れた時代があったんですが、やり手の職人さんは、売る側に回るわけです。そこで分業制にして生産力を高める方向にいく。

ただ、分業化が進むと、仏壇の塗りの職人は「仏壇の塗り」しかできなくなっちゃうんです。変わったことをやれなくなってしまう。

注文を受けて、その通りに作ることを続けるから、それ以外のことをできなくなると。

技術的には可能なはずが、「仏壇の塗り」以外のことをやる発想がなくなる、と言うほうが正しいかもしれません。それに漆の世界では、弟子にすら技術を教えない職人もいるんです。

「見て学べ」のような?

見せない場合すらあります。師匠についていても、漆塗りに関わることは独学のことが多くて。ただ、僕の師匠である父は変わった職人で、腕が良いのに、自分の技術を隠さなかったんです。聞かれれば誰にでも教えるし、僕がみかんに漆を塗っていても「漆でそんなことをするな!」と叱らなかった。

自由な考えの師匠だったんですね。

「実験」に対して、いい顔はしてませんでしたよ(笑)。でも本当に自由にやらせてもらったので、遊びのなかから新しいものを作ることができました。

ただ、自由は不安と隣り合わせでもあります。道がないところを進まなくてはいけませんから。この感覚は、ただの職人をしていたころはありませんでした。


洗濯バサミで吊り下げられているのは、すべて漆を塗るための刷毛。用途に応じて、いくつもの刷毛を使い分けている

武藤さんは、そんな自分を「作家」と「職人」のどちらだと考えていますか?

うーん……仏壇の漆塗り職人で、かつ「漆好き」というか(笑)。作家と呼ばれたら否定しませんけど、最初からそう呼ばれるのは気恥ずかくて。

自分のイメージとして、職人は「言われたものを精度を高めて作る人」。それはそれで大事なんですが、僕は同時に自分発信でものを作っていきたいという思いがあります。

なるほど。「新しいものを作る意識」が、作家と職人の違いなのかもしれませんね。

正解がない世界で、とにかくやってみるだけ


色漆で塗った「彩」(最上段)や、錫粉を蒔き付けた「メタリック」(下から二段目)など、バリエーションも豊富

先ほどmixiの話が出ましたが、twitterやfacebookなどのSNSもかなり利用されていますよね。

そうですね。あとはネットショップで利用している「BASE」のライブコマース機能を使って、作業風景を配信しています。具体的な広報戦略も、ネットの知識もないんですが、わからないなりにやってみよう、と。

それも「実験」ですね。まずやってみる、という。

とりあえずやらないとわからないので。mixiもfacebookもBASEも、全部タダじゃないですか(笑)。

ライブ配信でも、SNSでの発信でも、人の反応はすごく意識しています。そこで得たものを、ものづくりにフィードバックしたいので。

これまでの職人は新しいものづくりに挑戦しても、その先の販路までもっていないことが欠点でした。でも、昔より小さいところから売る練習をする機会は増えているはず。クリエイターズマーケットのようなリアルの場から、SNSのようなインターネットのサービスまで。せっかく場所が増えてきていますから、職人の方でも発信していかないと厳しい時代なんじゃないかな。


ガラスと漆を組み合わせるなど、積極的に新しい技法にも取り組んでいる

仕事の単価が下がってしまい、そのぶん仕事の量を増やして余裕がなくなって……のような悪循環に陥る職人さんも多いと聞きます。

僕も仏壇業界にいるので、単価の安い仕事を受けたことがあるんです。「そういうこともやらないと、仕事がなくなるよ」と言われて。基本は塗料で塗って、最後だけ漆を塗るものなんですが、設備も必要だし、手間もかかる。だから一回だけやって、それ以降は断ったんです。

ずいぶん思い切った決断だったのでは?

仏壇の仕事は減ってしまうかもしれませんが、そこにしがみついてちゃダメだなって思いがあったんです。時間ができた分、いろんなことに挑戦できますしね。

昨年、Apple watchのデザイナーであるマーク・ニューソンが手がけた日本刀の漆塗りを担当したんです。個人の発信を続けていれば、そんな風に広がることもあります。何が正解かはわかりませんから、とにかく色んなやり方に挑戦していくだけですね。

漆塗師 武藤久由
  • 愛知県弥富市在住の漆塗師・武藤久由の作品を扱うショップ。独自の技法により制作された、素地を用いない漆100%の器を販売します。
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友光 だんご

1989年生まれ、岡山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。出版社勤務ののち、2017年3月より編集者/ライターとして独立。Huuuu所属。インタビューと犬とビールが好きです。

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