日本酒が好きで、地方へ行ったらいろんな種類の地酒を飲むのが趣味のひとつだ。しかし、どうにも困っていることがある。
さんざん楽しく飲んだ翌朝、はたと気づくのだ。
「昨日のあの美味しかった日本酒、なんて名前だっけ…?」
記憶力の弱さに酔いが拍車をかけ、とんと日本酒名を覚えて帰ることができない。これではリピート買いも難しい。何度、悔しい思いをしただろうか。
そんな時、あるノートを見つけた。
酒瓶のラベルをそのままノートの表紙にした「酒造銘柄ノート」。
好きなお酒の柄のノートを持ち歩ける⁉︎ これなら名前も覚えられる!とECサイトを見ると、数十種類がずらりと並んでいるではないか。
サイトに並ぶノートの表紙を眺めて驚いた。
やたら主張の強い「タクシードライバー」や、クローバーの葉かと思いきやドクロが描かれた「シャムロック」、どこかとぼけた憎めない表情の「雪男」……。
今まで意識したことはなかったが、日本酒のラベルはこんなに多様で、デザイン性に富んだものだったのか! Tシャツのようにお気に入りの柄を選んで、持ち運びたくなるノートばかりだ。
今まで「味」でしか認識していなかった日本酒だが、どうやら「デザイン」という魅力もあるようだ。
この魅力的な日本酒ラベルのノートはいかにして生まれたのか、生みの親である「株式会社もてなす」の阿藤大介(あとう・だいすけ)さんに話を聞いた。
プロフィール
阿藤大介
知らなかった日本酒の「良さ」が、苦手意識を一掃した
まず、酒造銘柄ノートが生まれた経緯を教えてください。
僕はデザイナーなのですが、イベント業も手がけていまして。日本酒のイベント運営を手伝うなかで、せっかくデザイナーなので日本酒のグッズを作りたいと思ったんですね。
そんなとき、「ノートを手作業で製本しているいい製本所がある」と、東京・墨田区の「堂地堂」さんを紹介いただいたんです。それを機に、堂地堂さんと日本酒をモチーフにしたノートを作ることになりました。
初めは、日本酒の配送用段ボールを切り取って表紙に使おうと思ったんですよ。でも、配送に段ボールを使っている酒蔵さんが少ないのと、回収のサイクルができあがっていて、外部の人間がダンボールを入手するのが難しくて。
どうしようかなと酒瓶を眺めていたら、ラベルのデザインがすごく素敵なことに気が付いたんです。そこで「このラベルをそのまま貼り付けたら面白いんじゃないか?」と。だから、最初は見た目からですね。
てっきり、日本酒好きが高じて始められたのかと思ってました。
いえ、最初は日本酒が苦手でした。若いころにチェーンの居酒屋で飲むような日本酒って、あまり美味しくないものが多いじゃないですか。あの印象が強くて……今はだいぶ質が上がっていると思うんですが。
ああ、アルコールそのままの味で、喉がカーッと熱くなっちゃうような……。
でも、日本酒のイベントで酒蔵さんの日本酒を試飲すると、口当たりが良かったり、フルーティだったり、どっしりと米の味がするものだったり……「作り方によってこんなに味が変わるのか。なんて日本酒って深いんだ!」と衝撃を受けたんです。それ以来、日本酒好きに変わりました。
同時期にノートを作り始めて、日本酒のラベルを並べてすごく楽しくなっている自分を発見しまして(笑)。オシャレだし、こんなに色んなデザインがあるのか!これは世に出すべきだ!と。そんな風にノートを作り始めて、6年目になりました。
ーーラベルの柄を表紙にプリントしているんですか?
いえ、酒瓶に貼られるのと同じラベルを段ボールに貼り、ノートの表紙にしています。その証拠に、表紙をめくると……
ほら、ラベルのバーコードもそのまま載っています。同じものですから、機械で読み取れば日本酒の商品情報が出てくるでしょうね(笑)。
なんと!どうりで和紙の質感や箔押しが本格的だと思いました。 茶色い本文用紙も、普通のノートと少し違うような。
中身はクラフト用紙ですね。堂地堂さんで、他の製本の時に出る余った紙を利用して作っています。表紙の素材も再生ダンボールだし、エコな商品でもあるんです。
地方の小さな酒蔵の苦労
ノートを作る際は、酒蔵の方と1軒ずつやりとりしています。その中で、日本酒業界の現状も見えてきました。国内の出荷量や消費量は年々下がっていて、潰れてしまう酒蔵も多いんです。最近、海外への出荷量は増えているのですが、全ての蔵がその波に乗れているわけではなくて。
と、いうと?
海外への出荷は、大きい蔵でないとなかなか難しいんです。家族経営のような小さい蔵は、地元の人向けのお酒で経営が成り立っているところがほとんどです。
地元の人向けのお酒は、醸造アルコールなどを添加して味を調整した「普通酒」が多いです。これは、原価率が低めで利益も大きい。
ただ、今の国内でも海外でも人気なのは「純米酒」。これは普通酒に比べて製造工程も多く、手間がかかります。単価は高いですが、うまく流通させないと利益につながりません。そのため、地方の小さな蔵は純米酒になかなか挑戦しづらいんです。
最近、また日本酒ブームだとも聞きますが、厳しい現実があるのですね。
だからこそ、酒蔵さんを酒造銘柄ノートでお手伝いしたいという想いもあります。
酒蔵さんはPRが苦手なところが多いんですよね。日本酒の「顔」であるラベルを知ってもらえるノートは、それだけで広告ツールとして成り立ちます。だから、酒蔵さんにはありがたがってもらえますね。
ちなみに、ラベルは酒蔵さんから買い取っているんですか?
そうですね、酒瓶に貼る用に印刷したラベルの中から買い取ります。余ったラベルや、昔のデザインで捨てるのが勿体ないから取っておいたというようなラベルの場合もありますね。
捨てるかもしれなかったラベルがお金に変わって、宣伝にもなる。酒蔵さん的にはおいしい話ですね!
日本酒ラベルはこんなに面白い!
いま販売されている中で、阿藤さんおすすめのものってありますか?
まず、秋田の「阿櫻(あざくら)」さんのお酒のラベルを使ったノートです。
かわいいデザインですね。子どもも好きそう!
お酒の名前もずばり「りんごちゃん」です。これは別にりんごが入っているわけじゃないんですよ。りんごに似た味の「リンゴ酸」が豊富に含まれていて、りんごみたいな味がするという。低アルコールのさわやかな味なので、女性人気も高いですよ。
あと、一番の売れ筋は「タクシードライバー」です。岩手の酒蔵「喜久盛(きくざかり)酒造」さんのお酒です。
これはすごいデザイン! 本当に日本酒のラベルなんですか…?
ええ、蔵元さんがサブカルチャー好きで、面白い方なんですよ。「インパクトのある名前がいいよね!」と昔の映画をモチーフに名付けたそうですが、一番お酒を飲んではいけない人の名前だという(笑)。
本当ですよね(笑)。しかし、ラベルだけでこんなに盛り上がれるとは。
ノートを作り始めて実感したのがそこなんです。そのお酒を知っている人なら「これは!」と絶対反応したくなるし、知らない人でも気になりますよね。だから、酒蔵さんの広報ツールだけではなく、使う人にとってのコミュニケーションツールになると思うんです。
音楽でいうレコードのジャケットみたいに、目に見えないお酒の「味」をビジュアルで伝えるのがラベルですよね。なので、どういう意図でこのデザインになったかを蔵元さんに聞くのも面白いんです。お酒も「ジャケ買い」ならぬ「ラベル買い」がありますから。日本酒ラベルの世界は奥深くて面白いですね。
飲み会文化の変化
阿藤さんは日本酒のイベントにもよく参加されるということですが、客層の変化は感じますか?
イベントごとにさまざまですが、20代の方も増えていて、女性もすごく多いです。日本酒イベント自体すごく盛り上がっていて、先日、新潟で開催された「酒の陣」は2日間で14万人を集めてるんです。去年のフジロックよりも多いですからね。
日本酒をめぐる状況でいうと、日本酒プロデューサーの上杉孝久さんは「日本酒が飲まれる場面が変化している」と仰っています。会社の飲み会はだんだん減っているけれど、いわゆる「女子会」的な友達同士の飲み会や、宅飲みは増えている。そこで日本酒が飲まれているというんですね。
なるほど、みんなで美味しい日本酒を持ち寄って飲むと。
ええ。一時期、いわゆる「飲みニケーション」はもう時代遅れでは?という声もありましたが、僕はお酒の使い方次第だと思います。友人とお酒を飲みながら楽しく話すのはもちろん、仕事の飲み会でも、お酒がコミュニケーションを滑らかにする潤滑油になってくれると思うんですよね。
阿藤さん自身も、飲み会はお好きですか?
僕自身、人と話すのが好きなんです。人それぞれ違う価値観をもっと知りたいと思いますし、そこに美味しいお酒があるおかげで話が進むって場面を何度も経験しています。
あと、妻との出会いも日本酒のおかげみたいなものです(笑)。
妻はもともと、僕が関わっていた日本酒イベントのスタッフをしていたんです。彼女の方が日本酒マニアで酒蔵にも詳しくて、ノートの活動を手伝ってもらってます。夫婦そろって日本酒好きなので、酒造銘柄ノートは趣味半分、仕事半分くらいの感じですね。
いずれは日本酒以外のノートも作りたい
このノートって、日本酒以外のお酒でもできそうですよね。
そうなんです。「日本酒ノート」じゃなく「酒造銘柄ノート」って名前にしたのも、そもそも酒造メーカーの商品のラベルを想定していたからで。焼酎や醤油、みりんを作っている酒造もありますから、いずれは日本酒以外のラベルへも展開していきたいですね。
いくらでもノートが作れちゃいそうです。
ただ、日本には1000〜2000の酒蔵があるといわれています。一つの蔵に日本酒だけでも複数銘柄がありますから、全部はさすがに難しいと思います。まずは日本酒で500銘柄が目標です。
それと、ノートの製本は手作業なので原価もかかっていて、1冊900円で販売してもほとんど利益は出ていません。量産も難しいので、基本的に各種類、売り切れたらおしまいという形で販売していく予定です。
ちなみに、ノートの紙を使い切ったら、中の用紙だけ取り替えるサービスもあります。手作りなので、問い合わせをいただけたら対応可能です。
それは嬉しい! 長く使うと、和紙のラベルもだんだん風合いが出ていきそうです。
今後は、例えば一升瓶型のストラップのような、ノート以外のグッズ展開も考えています。蔵元さんと組んでノベルティを作れたら、より蔵のPRにつながりますし、ファンの方々にも喜んでいただけますから。展開を増やして、うまく利益をあげて続けていけたらいいなと思っています。
利益の出にくい酒造銘柄ノートの事業を続けるモチベーションって、やはり日本酒への愛なのでしょうか。
そうだと思いますね。担当の税理士さんにも「この事業、辞めたほうがいいよ」と言われてるんですけど(笑)。ノート自体のファンも増えていますし、イベントで外国人の方が面白がって日本土産として買ってくれるんですよ。
一升瓶だと荷物になりますし、関税や持ち込み制限の問題もありますよね。でも、ノートならお土産にしやすい。日本で飲んで美味しかった酒のノートを買っていくって話はよく聞きます。
国内の日本酒好きの皆さんはもちろん、東京オリンピックに向けて、海外にも日本酒の面白さをノートを通して伝えられたらいいなと思います。
取材を通じ、阿藤さんの活動の根っこにあるのは「人と楽しくつながりたい」という想いではないかと感じた。
適度な量のお酒は、舌を滑らかにし、場を盛り上げ、楽しい空間を作り上げてくれる。酒造銘柄ノートも、初対面の相手との気詰まりな場を和らげるアイスブレイクにぴったりだ。相手とじっくり話すことも、日本酒のことを深く知ることも、まずは「きっかけ」が一番重要なのだ。
そうして酒造銘柄ノートが生み出していく「つながり」は、世の中をもっと面白くしてくれるに違いない。
酒造銘柄ノート
- 本物の日本酒ラベルを利用した手作りノートを販売しています。日本独特のデザインである日本酒のラベルがノートという形になることで、文房具として利用するだけではなく、人とのコミュニケーションツールとして役立つような「人と人とのつながり」を生み出すことを目標にしています。
- https://anvsmn.thebase.in/
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