コラム

QRコード決済で回転率アップ⁈ 意外と知らないキッチンカーの裏事情

平日のお昼をお店でゆっくり食べる時間がない、でもコンビニのお弁当では味気ない……そんなランチに悩む人たちの人気を集めるのが、移動販売のキッチンカー

多くの会社が集まるオフィス街ともなると、沢山の車両が軒を連ね、行列ができている光景もよく目にします。そんなキッチンカーですが、路上販売ゆえの悩みも多いことをご存知でしょうか。

固定店舗に比べて天候の影響を受けやすい上、SNSなどによる集客が難しい。そして、多くのお客さんをたった一人で短時間に捌かなくてはいけない……。

特に、最大の悩みである「回転率アップ」を目指す際の壁が「お会計」なんだとか。食事を盛り付けながらの現金のやりとりは、思いのほか手間と時間がかかってしまうというのです。

そんな悩みを解決すべく、「QRコード決済」を導入したキッチンカーがありました。

そのお店の名前は「Cocorotus(ココロータス)」。移動販売の激戦区である渋谷をはじめ、都内各所に7台のキッチンカーを出店しています。

なぜ回転率アップのために「QRコード決済」が効果的なのか? そして、街でよく見かけるものの意外と知らないキッチンカー経営のホンネとは? オーナーの山中世史(やまなか・よし)さんに聞きました。

それぞれの街にそれぞれの売り方がある

まず、Cocorotusさんはどんな風に営業されているのでしょうか。

うちは全部で7台のキッチンカーがあり、日替わりで様々な場所に出店しています。車ごとに、僕を含めたスタッフが1人ずつ乗り込み、お弁当を詰め、会計して手渡すところまで1人でこなします。

出店場所は渋谷、日本橋、千代田、麹町、日野など都内の計8ヶ所です。それに加えて、府中と市ヶ谷に固定の店舗があります。

場所によってお客さんの雰囲気も違いますか?

全然違いますよ。だから場所ごとに接客の方法を変えるようにしています。

例えば、渋谷は長い時間にわたってまばらにお客さんが来ます。だから接客をしながら話す時間も長くとれるので、近くで働く人とは仲良くなりますね。そうして生まれた常連さんは、行列ができていても帰らずに待っていてくれるんです。

一方、麹町は職場の昼休みの時間がきっちり決まっている人が多い。だから、お客さんがいらっしゃる時間も12〜13時に集中していて、特に12時半までの30分間が勝負ですね。

渋谷は私服が多いですけど、麹町は皆さんスーツですね。話す話題はそんなに変わらないんですけど、お客さんが集中して来るので、お弁当を出すスピードは相当なものですよ(笑)。


人気のBUTAメシとグリーンカレー。とてもボリューミーなお弁当


キッチンカーのカウンターに置いてあるお漬物はどれもトッピング自由!

キッチンカーが7台もあると、それぞれで売り上げが変わってくるのでしょうか。

場所によっての違いもあるのですが、売る人で全く変わりますね。

僕はかなり売るほうなんですが、新しいスタッフが僕の担当していた場所で営業したときは、売り上げが半分になりました。もちろんCocorotusのお弁当自体のファンもいらっしゃいますが、売る人についているお客さんはとても多くて。

固定店舗のお店よりお客さんとの距離が近い分、接客がダイレクトに売れ行きに影響しそうですね。

寒さや暑さ、天気の影響も大きいですよ。あとは曜日。

例えば月曜や連休明け、月末は客足が鈍ります。忙しくて外にお昼を食べに出る時間がない人が多いようなんですね。給料日前も外食をする人が少ないのでお客さんは減りますし、給料日はお店で高めのランチを食べる人が多いから、やっぱり売れないんです。

売れない日が多いですね(笑)。思っていたよりも大変そう…!

そうなんです(笑)。完全に客足を予測することは難しいです。日々お店をやっていくなかで、地域ごとのノウハウを蓄えていくしかないですね。

オンライン決済で回転率アップ


Cocorotusさんの車体には大きなQRコードが。こちらを読み込むと、お支払いアプリ「PAY ID」をインストールできる

路上販売ゆえの色々な難しさがあるなかで、回転率アップのために導入したものがあると伺ったのですが。

はい、昨年から「PAY ID」というID型決済サービスを導入しました。お客さんがPAY IDで決済用のQRコードを読み込むことで、現金を受渡しすることなくお弁当を販売できます。

現金の受け渡しが無くなることがどうして回転率アップにつながるんですか?

キッチンカーでは1人ですべての作業を素早くこなす必要があります。だから「お金を受け取り、お釣りを渡す」という行程が省かれるのは大きいです。

カウンターにある決済用QRコードをPAY IDアプリのカメラで読み込むと、スマホ上で支払いが完了する

現金のやりとりを無くすなら、クレジットカード決済もあるのでは?

カードの場合、僕が値段を打ちこみ、お客さんに暗証番号を入れてもらう行程が発生するので、むしろさらに時間がかかってしまいます。その時間があったらもう2食分捌けますから。

おまけにカードを読み込む機械も必要になるので、電源も確保しないといけません。その点、PAY IDなら決済用のQRコードを置いておくだけなので、店側の導入コストが小さくてすごく楽なんですよ。

なるほど。現在、PAY IDを使っている人はどれくらいいますか?

渋谷は周りにIT系の会社が多いので、使ってくれているお客さんもわりといますね。他の場所はまだまだこれからという感じで……。

一度でも使えば、皆さんに便利さをわかってもらえるんです。お客さんの方も、スマホ上で決済して、決済画面を見せるだけでやりとりが完結するので。僕も店頭で宣伝してるんですが、麹町みたいに回転が早い場所だと、なかなかPAY IDの話までする余裕がなくて。

もっと浸透すればお弁当もたくさん売れるはずなので、皆さんに使ってほしいです(笑)。


PAY IDの決済完了画面。これをお店に見せることでお弁当を受け取ることができる。写真のスマホ画面は弁当2個分を購入したところ

移動販売にはまだまだ悩みが!

移動販売でお店を開く場所は、どのように押さえているんですか?

よさそうな場所を見つけて、そこのオーナーさんと直接交渉することが一番多いです。もしくは、すでに営業しているお店から、特定の曜日だけ場所を借りて使わせてもらうこともあります。

昔はどこもそんな風だったんですけど、最近は変わってきていて。というのも、キッチンカーの場所とりを仲介する会社が出てきたんです。いくつも場所を抑えていて、人気の飲食店に「出店しませんか」と営業してくるんですよ。

仲介会社まで!場所を借りるのに家賃みたいなものはかかるんですか?

そうですね。オーナーさん次第ですが、物件を借りる場合と同じくらいの金額を払う場所もありますよ。僕が知っている一番高いところは、1回の出店につき9000円くらい。

3時間使うとしたら1時間あたり3000円なので、月に4回行けば36000円、毎日行くとしたら27万円……お弁当の一食あたりの売り上げを考えると、その場所代をまかなうのはとても大変です。

なるほど……。

ここ数年でキッチンカーの数自体は増えていますが、東京オリンピックが近付くにつれ再開発が進み、いい出店場所が減っています。

昔は、お互いを邪魔しない距離感を保って出店する暗黙の了解のようなものがあったんです。でも、最近は仲介業者の存在もあり、無計画に場所が開拓されて店が狭い範囲に集中し、お客さんを取り合ってしまう……ということにもなっています。お客さんにとっては選択の幅が広がるのはいいことなんですけどね。

あとは、固定店舗に比べてお店の宣伝が難しいんです。例えば、SNSで宣伝する効果がほとんどなくて。

そうなんですか?

そもそもSNSを見ている人たちはすでにうちのお客さんですし、出店している周辺の人たちはSNSを見なくても来てくれます。まさか渋谷のお客さんが日野の店にお昼を買いに行かないでしょうし。

毎日同じ場所で営業していないがゆえの悩みが……。

だから、現在の出店場所で回転率を上げて、販売数を増やすことがとても重要になってくるんですよね。

セカンドキャリアとして始めた移動販売

山中さんは、元々プロスノーボーダーだったと伺いました。そこからなぜ別の業界に入ろうと思ったのですか?

結婚を機に、24歳でスノーボーダーを引退したんです。そのあと起業をしたり、飲食店の雇われ店長をやったりしたんですけど、なかなかうまくいかなくて。26歳くらいで一度、サラリーマンになりました。

サラリーマン時代はどんなお仕事を?

営業職です。会社内では2年くらいトップの成績だったんですよ。

営業での成績がよかったということは、昔から人と話すことが得意だったんですか?

いえ、むしろスノーボーダー時代はもっと一匹狼気質でピリピリとした雰囲気でした。誰にも負けない自信があって、実力さえあればやっていけると思っていたので、人とぶつかることもありました。

でも21歳くらいの時に、この性格を直さなければ周りから誰もいなくなってしまうと気づいたんです。それが人間関係にも、その後の仕事にとっても大きな転機になりました。

意識的に自分の性格を変えようと努めたんですね。では、サラリーマンを経験して、そこからなぜ移動販売を?

元々スノーボードを個人でやっていたので、組織で働くのが合わなかったんですね。個人で成績を出してるのに上司からあれこれ言われることがいやで。

それで、何か自分ができる仕事を考えて、29歳で移動販売と出合ったんです。

全く未経験で飲食の世界に飛び込むのは勇気がいりませんでしたか?

怖かったです。でも、みんなそうでしょう? 飲食って、キッチンと道具、営業する場所さえ整えば、参入するのが簡単なんです。だから引退後に飲食に行くアスリートは多くて。

僕の場合、キッチンカーがネットで売りに出ているのを見つけて、とりあえず買っちゃえと。最後は勢いといいますか(笑)。

ノリで始めた移動販売を支えたアスリート根性

最初から今のように売れていたんですか?

全く売れない日もありましたよ。最初の1年はサラリーマンに戻った方がいいんじゃないかと毎日悩みましたが、始めたからにはやめるのが悔しくて。

飲食に挑戦して、全く売れない経験に心が折れてしまい店じまいする人はとても多いです。でも僕がへこたれなかったのは、スポーツで培われた根性があったからなのかなと。

何でもやってみないとわからないんですよ。その中で、どれだけもがけるかだと思います。お弁当が一個も売れなかった日でも、この業界でトップになってやろうと思ってました。

売れるようになったきっかけは何かあったんでしょうか。

明確にこれ、というものはないんですが……一つ言えるのは「自信」を持てたことじゃないかな。

今思えば僕自身、始めた頃は料理に自信がなかった。その空気はお客さんにも伝わるんですよ。自信なさげな人よりも、自信満々で売っている人から買いたいですよね。売る人によってご飯の味が変わると言う人もいるくらいですから。

今の山中さんの接客には、「この人の作るご飯を食べてみたい!」と思わせるものがあると思います。これからCocorotusとして、さらに挑戦したいことはありますか?

いずれは飲食以外のことにも挑戦したいですね。元々、会社として飲食だけを続けていく気持ちはあんまりなくて。

飲食ってハードなわりに利益は少ないですもんね。

ええ。移動販売は、固定店舗のある飲食店よりも容器代などで原価率が高くなってしまいます。おまけに価格の安いコンビニもライバル。だからコンビニよりも美味しくて、かつ固定店舗に負けないクオリティを追求すると、食材にこだわらないといけません。ただし、値段はそこまで上げられない。

徐々にトップに近づいてる実感はあるんですが、一方でこの枠から飛び出したいという思いもあります。だから、移動販売はスタッフに任せて経営に集中することで、会社としてもっと上へ行きたいです。

区切り線

お話を伺ってみると、かなりの野心家でビジネス思考な山中さん。やんわりとした気さくな人柄とその笑顔からは想像のつかない一面が見えました。

アスリートからサラリーマン、そして移動販売へ。売れない時代も経験するなど、沢山の苦しい思いを乗り越えられたのは、アスリートゆえの負けん気があったからなのかもしれません。

全くの異業種からの転身は、誰しもが不安や怖さを感じるもの。それでも、やってみないとわからないことはたくさんあるのだから、時にはその瞬間の勢いに身を任せてみるのも大切なことなのでしょう。

飛び込んだ先でどれだけもがけるか。それが新しい挑戦を成功へと繋げるひとつの鍵なのだと、山中さんを見て強く感じました。

西村隆ノ介

にしむーです。eat designerとして「食とデザインとアートの何か」をテーマに活動をしています。ケータリング、スタイリング、イベントやグラフィックデザイン、浅草で「ふうらい食堂」、鎌倉でフルーツサンド屋さんをやっています。どんなことも人に喜んでもらうことを軸にして生きています。

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