コラム

経営者の孤独/ポプラ社・千葉均「宗教を持たない私たちは『哲学の徒』として生きる」

たったひとりでリスクをとり、責任をとり、決断をし続ける人々、「経営者」。
彼らを見ているうちにふと気づいたことがある。

それは、わたしの中にも小さな「経営者」がいるということだ。わたしたちはみんな多かれ少なかれ、自分自身の経営者であり、自分の人生という事業を営んでいる。

世の経営者が会社から逃げられないように、わたしたちもまた、自分の人生からは逃げられない。鎧をかぶってこの平坦な戦場を生きぬかないといけない。わたしが経営者に惹かれるのは、きっとそれが拡大化・社会化された存在だからなのだと思う。

オフィスに足を踏み入れたとたん、壁一面に並んだたくさんの本に出迎えられた。
「かいけつゾロリ」シリーズ、「ズッコケ三人組」シリーズ、「まじょ子」シリーズ、「おしりたんてい」シリーズ……今も昔も子どもたちに大人気の作品たちが、ずらりとこちらに表紙を向けている。

自分もかつて夢中になった児童書があちこちにあって、「これもポプラ社さんの本だったのか」と懐かしい気持ちで手を伸ばした。

ポプラ社は、戦後間もない1947年に創業された出版社だ。

創業の年に刊行した『快傑黒頭巾』(高垣眸)はベストセラーとなり、翌年には児童図書専門の出版社として株式会社化。のちに「怪盗ルパン全集」や「少年探偵・江戸川乱歩全集」など数々のヒット作を刊行し、児童文学の基礎を築いてきた。

2000年以降は、200万部のベストセラーとなった『グッド・ラック』(アレックス・ロビラ、フェルナンド・トリアス・デ・ベス共著)をはじめ、映画化された『食堂かたつむり』(小川糸)『あん』(ドリアン助川)、2018年本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』(辻村深月)など、大人向けの書籍でも人気作品を数々輩出している。

「こども」と「昔こどもだったすべての人」の健全な心の成長を願った本づくり。

それが、ポプラ社の基本姿勢である企業理念だ。

千葉さんは、3年前にポプラ社の代表取締役に就任した。
入社したのは10年前。それより前は、まったく違う業界で働いていたと言う。生命保険会社、シンクタンク、コンサルティング会社……。

「もともとは研究者になりたかったんです。でも能力が足りず叶わなくて。それで、理系の技術を使ったシミュレーションによる、金融工学を専門にやっていたんですよ」

ある日、かつての上司から「ポプラ社という出版社が財務担当を探しているんだけど」と声をかけられる。本好きだった千葉さんは、ふたつ返事で入社した。

「出版に関しては門外漢なので、まさか自分が出版社で働くとは思ってもみませんでした」
そう言って、千葉さんは少し笑った。

わたしはずっと、あるインタビュー記事での千葉さんの発言が気になっていた。

「『ゾロリ』などを手掛けた先々代の坂井宏先氏らは『自ら提案し行動する社長』だったが、『今は普通の人が社長』と長谷川氏は自認する。『社員には日常生活でアンテナを張り、やりたいことをやってほしい』」
引用元:日本経済新聞2019年1月9日「ヒット作連発、ポプラ社が快走 リピーターを作り息長く」

「普通の人」
この言葉がずっと引っかかっていた。「普通の人」というのは、いったいどういう意味だろう?

ポプラ社の先々代の社長である坂井氏は、もともとヒットメーカーで天才肌の編集者だったと聞く。15年間彼が社長を務めたのち、2013年に奥村氏が、そして2016年に千葉さんが社長の座に着いた。

「今は普通の人が社長」

その言葉は、自分はこれまでの社長とは違うのだということを強く表している。
だけど、千葉さんはどういう思いで「普通」という言葉を使ったのだろう。

もともと出版とは違う業界にいて、編集経験もない。
そんな彼がなぜ出版社の経営者となったのか。そして、その中で「孤独」を感じることがあるとすれば、どんな局面でのことなのだろうか?

千葉さんにうかがいたいのは、そういうことだった。

わたしがそう切り出すと、千葉さんはうなずいて、
「前もっていただいた質問には目を通しましたが、今日は何も用意してこなかったんです」
と言った。

「いつもは準備してから話すようにしているんですけど、今日は自然体で話そうと思って。こういうことを語る機会って、あまりないですからね。頭の中を整理する良い機会だと思ったんです」

広々としたミーティングルームは、清潔で明るく、音も静かで、空調も快適だ。
ポプラ社がこの社屋に引っ越したのは、昨秋のこと。本社移転を決断したのも千葉さんだったという。
それを聞き、自分がこの連載に掲げている序文が頭に浮かんだ。

「たったひとりでリスクをとり、責任をとり、決断をし続ける人々、『経営者』」

そんな彼が自分のことを「普通の人」だという。
改めて、ぜひ聞いてみたいと思った。「普通」の意味を、そして千葉さんの「孤独」についてを。

プロフィール
千葉均(ちば・ひとし)
1962年宮城生まれ。東京大学医学部を卒業後、生命保険会社、シンクタンク、証券会社、コンサルティング会社などでの勤務経験を経て、2009年にポプラ社に入社。2016年、代表取締役に就任。

出版業界は誰かの苦しみの上に成り立っている

土門

まったく違う業種から出版社に入ったとき、カルチャーショックのようなものはありましたか。

千葉

それはもう、いろんな意味でショックを受けました。私がポプラ社に入ったころは、会社の事業は好調だったんです。でも、入社してすぐにやったことは、銀行に頭を下げることだったんですよ。

土門

えっ?

千葉

つまり、事業は好調なのに資金繰りがうまくいってなかったんです。あのときは「こんな有名な会社なのに」って驚きましたね。「経営の教科書通り普通にやればうまく行くはずなのに、なんでこんなことになっているんだろう」と不思議でした。そして案の定、教科書通りにやり直したら普通に解決したんです。それで会社のほうがひと段落したのでまわりを見てみたら、「あれ、うちの会社だけじゃなくて、この業界ってちょっと変わっているな」と思ったんですね。

土門

具体的には、どういったところが?

千葉

出版業界は、作家さんや書店員さんやそれを取り巻く物流の人たちなど、いろいろな人に支えられています。でも私は、書店員さんって、あれほど本が好きで頑張って仕事をしているのに、実は日本でいちばん給料の安い職種のひとつだと思うんです。一方で、出版社に勤める人たちは、どちらかと言うといい給料をもらっている。誰かの苦しみの上に自分たちの仕事が成り立っていることを、どうして出版社の人たちは何とも思わないんだろうと不思議でした。それは異常なことだと思いましたね。

土門

それは、業界全体がいびつな構造をしているということなんでしょうか。

千葉

要は非効率なんですよ。今、書籍の返品率は40パーセントと言われているんです。つまり、100しか売れないところに170ほどの商品を送りつけて、売れなかった70は返品されている。新刊点数がとても多くて、明らかに供給過多なんです。こんな非効率なことをやっていたら、業界としてこのまま続くはずがないですよね。「これは何かが間違っている」と感じて、なんとかしなくてはと、5年ほど前から考え始めました。それでなんとなく「これだな」って答えがやっと出て。

土門

その答えとは、どういうものなんでしょう。

千葉

一般的に、「会社は顧客第一主義であるべき」ってよく言うじゃないですか。私は本当にその通りだと思っているんです。じゃあ私たちにとっての顧客は誰なのかと言うと、書店じゃない、取次でもない。やっぱり読者なんですね。つまり、「読者第一主義であるべき」なんです。うちの経営理念は「こどもと昔こどもだったすべての人の健全な心の成長を願って本作りをする」というものです。つまり、対象は「すべての人」なんですよ。「本を読んでいる人も読んでいない人も、すべての人が幸せになることを突き詰めて考えよう」ということ。だから、主語はあくまで「読者」であって「自分」ではないんです。だけど、出版業界の人たちには「主語が自分」の人が多い。もちろん作家は、主語が「自分」でいいと思います。でも編集者は、主語を「自分」から「読者」に変換させる仕事だと思うんです。そこを勘違いしている人が、少なからずいる。それを直さないといけないっていうのが、まずベースにあります。

千葉

もうひとつはさきほども言ったように、「誰かの苦しみの上に成り立つことはやめましょう」ってことです。たとえばさきほども言った、供給過多の問題。昨年よく輸送問題がクローズアップされましたよね。運送会社の方たちは、今とても過酷な労働環境にいます。そのことに対して出版社としても、何かしなくてはいけない。だから真っ先に「書店への輸送料金はうちが負担します」と手を挙げました。輸送費負担の有無によって取り扱いに差をつければ、輸送量を減らすことができます。それとともに、新刊の点数も減らすことにしました。点数を絞って、良いものを長く売っていく。その方がずっと、運送会社や書店にとって負担が少ないですから。「読者第一主義」と、「誰かの苦しみの上に成り立つことはやめる」。うちの会社の原則はこのふたつだなって思った瞬間に、なんとなく自信が持てたんですよね。

土門

その答えが見つかったのは、いつごろなんでしょうか。

千葉

それがやっと昨年くらいです。

土門

では、社長になったあとに、千葉さんの中で答えが見つかったと。

千葉

はい。私は3年前に社長に就任したんですけど、初めはまだ模索期で、ずっと不安でいっぱいでした。教科書通りにやることはできても、出版についてはずぶの素人。知見も信念もありません。業界の状況がどんどん変わっていく中で、本当に社長としてやってけるのかなと。でも、不安だからこそ、どうすればいいのかっていうのはすごく考えていたんです。それで出た答えは「やっぱりちゃんとしなきゃ」って。最初におかしいなって思った、その根っこのところを解決していこうって。それが自分の目指すべきところだと確信ができたので、今は自信をもってやっています。

自分はよそから来たからこれが「普通」

土門

ですが、業界のこれまでの慣習を実際に変えていくのはとても大変なのではないでしょうか。摩擦が起きたりはしなかったんですか?

千葉

摩擦は……起こりまくりですね(笑)。

土門

現在進行形なんですね(笑)。特にどんなことで?

千葉

やっぱり一番は「新刊点数を減らそう」ってことでした。とは言え、書籍編集者っていうのは本能的に本を作りたい人たちなんですよね。だからそれを「減らせ」って言うのは、彼らにしたら「死ね」って言われてるのと同じようなもんなんです。だから単純に減らすのではなく、「新刊は3か月前までに準備できないと出さないよ」ということにしたんです。時間が限られれば、優先度の高いものから取り掛からざるを得ない。そうなると自動的に点数が減るんですね。

土門

なるほど。

千葉

そして点数が減れば、利益は増えるんですよ。なぜかと言うと、我々が自信を持って出した良い本だから、一点あたりの部数が伸びるんです。
そういうことをみんなやればいいのになって思うんですけど、この業界はなかなかそういうことをする人がいないですね。

土門

新刊をたくさん出して、とにかく書店の棚を確保することが優先されがちではありますよね。それで売れなかった分が返品される前に、また新しい本を作って送る。

千葉

そうなんです。だけど今、書店に行く人自体がどんどん減っているんですよ。それはもう調査でも明らかになっています。だから、書店に行く人だけを対象に「たくさん売れました」って言っても違うんじゃないかなって。書店に行く人自体を増やしていかないといけないんですよね。たとえばうちには今『おしりたんてい』という人気シリーズがあって、NHKでアニメも放送されているんですけど、それを観ている小学生の中には、原作が本だということを知らない子たちも多くいるわけです。だったら私たちは彼らに、「この原作は本なんだよ。本はもっとおもしろいんだよ」ということを知らせないといけない。そのためには、書店以外の場所でアプローチをすることが必要なんですよね。だから今年は全国に2万軒あるセブンイレブンで、『おしりたんてい』の新刊を先行販売しました。


「おしりたんてい カレーなるじけん」トロル著

土門

へえー! 普段書店に行かない子供も、そこで『おしりたんてい』の本を知ることができるんですね。

千葉

そうです。その子たちに「あ、『おしりたんてい』って本が出てるんだ。他のも読みたい!」って思ってもらったあとに、どーんと書店でイベントをして盛り上げる作戦だったんです。でもその前に、書店さんからお叱りが来て。

土門

わ、そうだったんですか。

千葉

いや、わかるんですよ。コンビニができてから書店の雑誌の売れ行きが落ちたという、苦い経験もあるのでね。でも、今回のは目的が違うんです。

土門

書店に行く動機づけが目的だったわけですものね。

千葉

と、直接話しても、なかなかわかってもらえなかったですね。今もまだ厳しいご意見をいただいたりしますよ。でも、自分はよそから来たから、これが普通だと思うんですよ。「書店に行かない」という人の方が、全体から見たら数が多いわけです。そのお客様を、こちら側に引き込む方法を考えたいんだけど、それがどうも通じない。

土門

新しいことをやろうとするときには、どうしても反対の声が上がりがちだとは思います。千葉さんの場合は、それは話し合いで解決ですか?

千葉

いえ、豪腕です(笑)。「いいから、一度やってみようよ」って結構強引にやってしまっていますね。結果が悪くなければ、それで良いと思っているので。

土門

反対意見のある中、新しいことをするのは勇気がいることかなと思うのですが。

千葉

それでも完全に孤立しているわけではないんです。わかってくれない人ばかりじゃなく、必ず理解者はいる。そして変えていった結果、これまで鬱々としていた人が元気になったり笑顔になっているのを見ると、「ああ、やってよかったな」って思うんです。

数年前まで、わたしはある出版社で、営業として勤務をしていた。

毎日書店さんを回って、在庫をチェックし、新刊や既刊の注文をとる。そこでたくさんの書店員さんと出会い良くしていただいたのだけど、疲弊した表情に出会うことも少なくなかった。日々大量に届く新刊に追われているのに、既刊の追加発注などできないと言われることもあった。

「良い本よりも新しい本が優先されるのはおかしいのではないか」
そんな疑問が頭に浮かんだけれど、それを口に出すことはなかった。わたし自身、目の前の業務をこなすのにいっぱいいっぱいだったのだ。

新刊点数を減らし、輸送費を自社で負担し、書店以外のお店で本を手にとってもらう。
ポプラ社のこの動きは、出版業界では確かに異質だ。

だけど、もっと大きな視点から見たとき、それは本当に異質だろうか? 無駄を減らし、合理的に動き、新しい客層に働きかけること。それはむしろ「普通」なことではないのだろうか?

「自分はよそから来たから、これが普通だと思うんですよ」

千葉さんはそう言った。
だけど、「普通」が「普通」として通用しない中で、「普通」を突き詰めることはとても大変なのではないか。それも、「よそから来た」のならなおさら。

「苦しんでいる人がいる」と知ってしまった

土門

千葉さんは、ご自分のことをよく「普通」とおっしゃっています。どういう意味で使われているか、詳しくうかがっていいですか。

千葉

出版社の仕事って、本を作って売ることですよね。編集者はそのヒエラルキーの頂点にいる人だと思うんです。だから多くの出版社では、優秀な編集者が社長になるケースが多い。だけど、私自身はそうじゃないんです。センスもないし、本なんて作れない。本当に普通。つまり常識的な範囲で、商売の基本を教科書通りにやっている、普通のビジネスマンなんです。

土門

逆に言えば、出版業界は常識的な範囲から外れていることが多い、ということでしょうか。

千葉

そうですね。どっちかって言うと、出版社はセンスや才能に重きを置いているように感じます。一方で、商売の基本や原則といった世の中の道理がないがしろにされている、と思うときもありますね。

土門

だけど、そんな業界において千葉さんが社長になられたのは、どういう経緯があったからなんでしょう?

千葉

別に、誰かに「お前が社長になれ」と言われたわけではないんですよ。この会社と業界をちゃんとするには、自分がやらないとダメだと思ったんですよね。自分の中に、こうしていきたいというビジョンとシナリオがあらかたできていたんです。

土門

なるほど……でも、社長になるって大変なことだと思うんです。大きなリスクや責任を、ひとりで背負わなくてはいけない。世襲でもないし、もともといた業界でもないのに、それでも「社長になる」と決意できたのはなぜだったのかなと。

千葉

それは……知ってしまった、気づいてしまったからですね。「苦しんでいる人がいる」ってことに。それに気づいてしまったら、看過できなくて。

土門

この業界の状況を少しでも良くしたいという気持ちが積み重なったから、社長になろうと?

千葉

そうですね。

土門

使命感、ですよね。千葉さん、先ほど「自分には知見も信念もないし」っておっしゃっていましたが、じゅうぶん信念があって、構造を変えようとしてこられた方なんだなと思います。

千葉

……そうかもしれないです。私、頑張ってますよね(笑)。

主語が「私」か「全体」かで食い違うと議論ができない

土門

経営者になってから、いちばんストレスを感じることって何でしょう?

千葉

よく「自分は本当に理系だな」って思うんですが、僕は何に対しても理屈っぽくて、ロジカルじゃないことにフラストレーションが溜まりやすい人間なんです。だから「それは論理的に正しくない。詭弁だよなぁ」ってことはよく思っています。たとえば、このあいだ本社を移転したんですけど、当時はものすごい反対意見があったんですね。だけどその理由が、「うちから遠くなるから」とか「引っ越しが面倒だから」っていうものばかりで。「いや、あなたはそうかもしれないけれど、トータルで見たらこんなメリットがあるんだよ」って言ったんですけど……このイライラ、伝わりますか?

土門

(笑)

千葉

これは、さっき話した書店への輸送費についての話と一緒なんです。うちは真っ先に「自社で負担します」と手を挙げた。だってロジカルに考えればそれが正論だから。でもみんなのらりくらりと、「うちは払わないかな」って言ってる。だけど輸送費を出版社が負担すれば、その分淘汰されて、業界全体の利益率は上がるんです。そしてその利益を書店に回せるようになる。なのになぜ、それができないんだろう?と。だったら誰かがきっかけをつくらないとと思うわけです。チョコレートと同じですよ。チョコがコンビニで100円で買えるのは、どこか遠い国の子供が学校行かずに安い賃金で働いているから。そんな生産者の労働環境を整えようとしたら、値段が3倍になるけれど、それでもいいからお金出しましょうっていうのがフェアトレードです。それって正論じゃないですか。でも多くの人は、お金がもったいないから安いのを買っている。それが世の中なんだと思う。出版業界もそうです。そういう、ロジカルじゃないところがとっても嫌ですね。

土門

そこでも「主語が私」問題が出てくるんですね。

千葉

そうです。オフィスが家から近いほうがいい、輸送費は負担しないほうがいい、チョコは安いほうがいい。そんなこと、「私」にとってはその通りに決まっています。だけど、全体から見たらどうでしょう?主語が「私」か「全体」か、そこで論点が食い違っているので、議論にならないですよね。

土門

議論にならないのであれば、そういったストレスとは付き合っていくしかない?

千葉

そうですね。あと、正しいこと言ってるだけじゃだめだなって思うようになりました。

土門

と言うと。

千葉

正しいことは、プロモーション付きでやらないとだめ。花火を上げて、みんなに注目してもらって、「これやってないとカッコ悪いよ!」っていう感じでやらないとだめなんだなって思ったんです。「やるべきだ、おー!」みたいな流れをつくらないとって。

土門

千葉さんは常にロジカルですけど、悩むことってあるんでしょうか。

千葉

悩むこと……そもそも「悩み」の定義って、何でしょうね?

土門

うーん。答えが見つからないことを、あれこれ考えることでしょうか。

千葉

解決できない・わからない、って状態が「悩む」なんでしょうか。そういう意味で言うと、多分僕は悩んだことがないんです。解決できないことはないと思っている。もちろん、「どっちがいいだろう」と考えることはしますよ。でも、選ぶときも速い。間違っていたらやり直せばいいだけだし。

土門

それは、さきほどおっしゃっていた「主語が私」状態を、千葉さんが脱しているからでしょうか。たとえば人の子として、自分だけが得したい・生き残りたいという感情が出てくるのは、自然なことだと思うんです。だけど、ロジックで全体を考えるとそうすべきじゃないというとき、人は「私」と「全体」の狭間で悩むんじゃないかと。千葉さんはロジックを最優先させているから、悩まないんでしょうか。

千葉

僕は「主語が私」として物事を選択していくと、結果的に良くない状態になるって思っているんです。経験則として。そういう感じ、しませんか?

土門

それは……リーダーが、でしょうか。それともみんなが?

千葉

ああ……それはまだ考えきれていないんですけど、少なくとも自分は、ですね。もちろん、若い頃は「主語が私」なのが当然だと思う。だけど歳をとっていくと、そういうんじゃないかもしれないっていう瞬間が来るんですよね。

土門

もっと俯瞰している感じですよね。「私」だけじゃなく「全体」……自分のいる環境ごと良くしていく感じでしょうか。

千葉

うん。「環境ごと良くする」っていうのは、すごく近い感じがします。

「『主語が私』で物事を選択していくと、結果的に良くない状態になる」

基本的に「主語が私」で生きてきたわたしには、耳の痛い言葉だった。主観的で短絡的。ロジックよりも感情に支配される。だから悩んでばかりなのだろう。感情は説明できない上にころころと変わるから、わたしはよく自分自身に振り回されている。

だけど千葉さんは悩まない。なぜなら、何が「全体」にとって良いことなのかをロジカルに考えるから。そこには、ひとつの揺るぎない基準がある。多分その基準こそが、千葉さんの「普通」なのだ。そして千葉さんは、その「普通」を信じている。

話を聞いているうち、そんな千葉さんの感情の部分について聞きたいと思った。千葉さんがロジックでも解決できないものはないのだろうか。そしてそれと向き合うとき、千葉さんはどんなふうに臨むのだろう。

そう考えていたら、意外にも千葉さんのほうから「孤独」という言葉が出た。

わかってもらえないなら、単独でやって結果を見せるしかない

土門

悩まないとしても、不安を覚えることはないですか?

千葉

それは不安ですよ。約200名も社員のいる会社の社長になるっていうのは、これまでに経験のなかったことですからね。最初は特に不安でした。自分が就任したとたんに、業績不振に陥ってしまったらどうしようとか。でもその不安に根拠はないんです。ちゃんとやっているつもりだけど、そうなったらどうしようって。すごいプレッシャーです。

土門

その不安は、どのように乗り越えてきたんですか?

千葉

ちゃんと作戦を立てることですね。これなら絶対うまくいくはずだってことを考えて、淡々とするしかない。自信を持って。要は、すごく考えるってことです。普通だったらここまでの範囲までしか考えないところを、もっと広く考えるようにしている。ここまで考えている人はきっといないだろうってところまで。だから僕は、「理解者がいない」ということで孤独感を覚えることはないんです。こう言うと偉そうなんですが、自分ほど会社のことを考えている人も、その考えを伝えている人もいないと思っているので。

土門

なるほど……では、千葉さんはどういうときに孤独だなって思うのでしょうか。

千葉

それはさっきも言った通り、話が通じないときですね。どう話してもちゃんと伝わらないときには「孤独だなあ」と思います。

土門

それは、社長になってから初めて感じたことでしょうか。

千葉

いや……子どもの頃からあったかな。僕は田舎で生まれ育ったんですけど、田舎には田舎の常識というのがあるんですよ。だけどその常識でものを語られると、「いや、それは違うから」っていうのは、昔からなんとなくありましたね。

土門

「それは違う」?

千葉

何でしょうね……たとえば、受験勉強で物理を学んでいるとしますよね。すると、「あ、これって数学だな」ってわかるときがあるんですよ。その瞬間、物理が全部わかってしまう。

土門

うわあ、すごい。そんなこと、想像もしたことないです。

千葉

それを知ってる子供って、「これとこれも繋がっているんじゃないかな?」って考えてしまうんです。世の中、そういうのが多いんだなって。だけど、「これとこれは繋がってるじゃないですか」っていうのは、すぐには人に通じなかったりするんですね。たとえば、将棋の経験が浅い人は、「絶対に金を取られないぞ!」と思ってしまいがちじゃないですか。だけど金を取らせて王を取るっていうやり方は普通にあるわけで、「ああ、5手先でこうなるんだな!」ってわかってもらいたいのに、2手先のことで文句を言われると……なんか、だんだん嫌な奴になってきたな(笑)。

土門

いえいえ(笑)。でも、それって寂しいことなのではないかなと思いました。自分だけわかっていて、まわりの人はわかっていない状況というのは。

千葉

うーん。でも実は、自分しかわかっていないことなんて、ひとつもないんですけどね。この人はここはわかってくれるのに、ここはわかってくれない、とか。全部はわかってもらえない。そんな感じです。

土門

その「わかってもらえない」というのは、解決できないですか。

千葉

できないですね。それはもう、結果を見せるしかないんです。5手先で王手にするしかない。

土門

結果でわかってもらうしかないんですね。

千葉

そう。だから、途中からいろいろ諦めたんですよ。「業界をあげて」とか「みんなの賛同を得て」とか、もう諦めたんです。単独でやって、結果を見せるしかない。その方式でやらないと、結局何もできないんですね。そのスピード感がわかってもらえないのも、孤独ですよね。「なんでポプラ社はいつもスタンドプレーばっかなの」って批判もある。でも早くやらないと間に合わないよって思うんです。

土門

それでも、心は折れないですか。

千葉

そういうところは、鈍感力が強いので。

土門

それは意識的に?

千葉

批判されたときは「わーっ」て思うけど、新しい事を考えるほうが楽しいから、そっちにいっちゃう。それで結果的に前に進んでいるっていうね。
僕は、今言っても仕方ない話をするのはすごくいやなんですよ。だから、どうすればよくなるのかを考えて動いているだけです。

求めているのは矛盾のない「美しい世界」

土門

社長を辞めるタイミングについて、考えたことはありますか?

千葉

今片付けるべき課題のゴールが見えたら、ですかね。やるべきことは他にもあるんじゃないかなって思うから。例えば「誰かの苦しみ」がどうのって言うんだったら、他の分野の「誰かの苦しみ」もなくしていきたいなって思うし。

土門

千葉さんのモチベーションはやっぱり、「ロジックによって仕組みを改善して人を救いたい」というところにあるんですね。

千葉

「ここが非効率だからこう直せばいい」と、矛盾のないように考えるのがきっと自分の持ち味なんです。今ある概念にこの概念を加えたら、また美しい世界ができるんじゃないかって。

土門

「美しい世界」。それって、ひとつのキーワードですね。

千葉

そうですね。結局、自分が何を求めているのかというと、「矛盾のない世界」なんです。ここで「美しい世界」を作っておかないと、二枚舌になってしまうから。私は、誰に対しても同じことを言える状態でありたいんです。「書店さんが健全に残っていくためにこうします」って言っているのに、こっちでは違うことをやっているとか。「うちはホワイト企業を目指します」って言っているのに、給料は上げないとか。そういうのってありがちじゃないですか。ではその矛盾をどうやって統合すべきかと考えるときには、別の何かが必要なんですね。

土門

その「何か」というのは何でしょう?

千葉

「みんなにとっての幸せな人生ってどういうものだろう」って考えて、自分で納得できる概念をつくり上げていくことなんだと思います。個人の利益と会社の利益が一緒だと考えると、矛盾がなくなっていく。そうなると二枚舌にならないですむし、自分の出した答えを信じて邁進できる。だから、「美しい世界」っていうのは、嘘をつかなくてもすむ世界のことなんですよね。

土門

なるほど。

千葉

だから、みんな本当は「哲学の徒」にならないとだめだと思うんです。なぜ自分はこれをやっているのか? なぜ自分はこれを「正しい」「正しくない」と思うのか? そういうことを考えるのってすごく大事です。それを「ただの気分だ」で済ませてしまうのは思考放棄だから。「正しい」「正しくない」を包む体系は、必ず存在します。せっかく生きているんだから、自分なりの体系を作ろうよって。そうじゃないと、ダブルスタンダード、二枚舌になってしまう。このときはこう言ったけど、このときはこう言ったっていうふうに。

土門

自分なりの体系を作ることが、哲学を持つことなのかもしれないですね。

千葉

そうですね。

宗教を持たない私たちは何を信じれば良いのか

千葉

あの、ここからは雑談として聞いてほしいんですけど。日本人が欧米人にコンプレックスを感じるのって、ベースに「彼らは強い」という気持ちがあるからなんじゃないかというのを、最近考えているんですね。これは僕の仮説なんですけど、彼らを強いと思うのは、彼らに宗教があるからなんじゃないかと。欧米人にとっての宗教のように、無条件に「これが正しい」と信じられる絶対的な価値観が、日本人には果たしてあるんだろうかと思うんですよ。

土門

はい、はい。

千葉

占いを信じる人、オカルトを信じる人、統計学を信じる人……信じる対象はいろいろあるけれど、「神」に代わる「信じられる何か」って何なのかなって、ずっと考えているんですよね。それを持っていたほうが、強くなれるんじゃないかなって。

土門

……あの、この話も雑談として聞いていただきたいんですけど。

千葉

はい。

土門

この間、浄土真宗のお坊さんとお話する機会があったんですよ。彼が言ってたのが、「仏教がキリスト教と異なっているのはどういうところか」という話だったんです。キリスト教には神様がまずいて、神様に従う形ができている。それに対し仏教は、「天上天下唯我独尊」という言葉が指すように、天の上にも下にも「我」しか存在しない、というんですね。その「我」を、仏が見守っている形であると。じゃあその「我」は何をすべきなのか?というと、常に「自分が今何をすべきか」を考え行動し続けるべきだと言ってたんです。

千葉

へえー。

土門

それを聞いたときに、すごく孤独だなあって思ったんですよね。ひとりでずっと、「自分が今何をすべきか」をひたすら考えて動いている。この話は何だか「経営者の孤独」と繋がるんじゃないかなと思って、覚えていたんです。だから千葉さんから「哲学の徒」という言葉が出たのを聞いて、宗教のない私たちが何を信じたらいいのかって言えば、自分なんじゃないかなって思いました。考えて、自分なりの答えを出して、進んで、また考える。そんな自分を信じ続けることなんじゃないかなと。

千葉

なるほど……。

土門

そういう自分であることが、千葉さんが先ほどおっしゃっていた「哲学の徒」であるということなんじゃないかと思います。

千葉

本当にそうですね。今の話をうかがって、もう少し仏教のことを考えるべきなのかなって思いましたね。日本人って、やはり仏教の血が色濃く流れているのかもしれないな。ありがとうございます。勉強になりました。

土門

いえいえ、とんでもないです。こちらこそ、とても勉強になりました。今日は本当にありがとうございました。

インタビューが終わったとき、そばにいた編集者がこう言った。
「人が言う、と書いて『信』ですからね。神の言葉に代わるのは人の言葉なのかなって、聞いていて思いました」

すると千葉さんが「人が言うと書いて『信』か」と繰り返し、じっと考え込むようにした。

「天上天下唯我独尊」

その言葉の意味をお坊さんに聞いたとき、真っ暗な中に自分ひとりだけが浮かび上がっているイメージが頭の中に浮かんだ。
右か左か、上か下か。どちらに向かって進めば良いのか、決めるのはすべて自分。
不安、迷い、恐れ……さまざまな感情が現れるなかで、拠り所となるのはいったい何なのだろうと、ずっと考えていた。

千葉さんは「哲学の徒」であれ、と言った。

「正しい」「正しくない」を包む体系は、必ず存在する。数学と物理が根底を同じくしているように、矛盾だらけに見える煩雑な世界も、根底ではひとつに繋がっている。
せっかく人として生きているのだから、その体系を見つけよう、と。

自分の欲に駆られるのでも、慣習や常識に縛られるのでもない。
全体と個が矛盾なく美しくある方法を模索し、それに拠って生きていく。

千葉さんの言う「普通」というのは、多分そういうことなのだろう。
それは、美しさと同時に、自由を求める生き方のように思った。

「いらないことを喋りすぎてしまったかもしれません」

最後に千葉さんはそう言って、恥ずかしそうに笑った。
そんな彼の後ろには、たくさんの人に愛され続けてきた本たちが、大事に並べられている。

宗教を持たないわたしたちには、バイブルがない。
だけど、経験し、学び、考え、模索し続けることはできる。

何が正しくて、何が美しいのか。

その答えを自らのうちに求め、言葉と行動にして、体現していく。
宗教を持たないわたしたちが信じられるのは、そんなふうに常に「美しくあろう」とし続ける自分だけなのかもしれない。

それが「孤独」ということならば、孤独とはなんて過酷で、そして自由なんだろう。

千葉さんの清々しい笑顔を見ながら、そんなことを思った。

最後に

2018年7月より始まった『経営者の孤独』。
「孤独とは何か?」という問いを携え、これまでに11名の経営者の方にインタビューをしてまいりました。

「わたしたちはみんな多かれ少なかれ、自分自身の経営者であり、自分の人生という事業を営んでいる」
徹頭徹尾そう信じて、この連載を続けてきました。経営者の語る「孤独」は、読者の方ひとりひとりの「孤独」に通じるはずだと。その源流のようなものを求めて、1年間書き続けてきました。

毎回寄せられるご感想に励まされながら、無事『BAMP』にて最終回を迎えることができました。本当にありがとうございました。

この連載は『経営者の孤独。』という書籍として、7/11より全国の書店にて販売されます。
「孤独って、何でしょう?」

そう問い続けた軌跡と答えが、一冊の本となっています。
もしよかったら、ぜひ手にとってみてください。

真摯に向き合ってくださった経営者の皆様、この問いを共に追ってくれた編集チームの皆様、そしていつも読んでくださった読者の皆様。
おひとりおひとりに、心より感謝申し上げます。

2019年7月 土門蘭

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☆2019年8月3日(土)に『経営者の孤独。』出版記念トークイベントが開催!
会場:銀座 蔦屋書店/時間:19時〜20時半/登壇者:土門蘭、徳谷柿次郎、柳下恭平
イベント詳細はこちらから!

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「CAMPFIRE」は2011年のサービス開始からこれまで掲載プロジェクト数は30,000件以上と国内最大。クラウドファンディングページ作成時のポイントや、ノウハウなどを濃縮した「CAMPFIRE」オリジナルマニュアルと共にクラウドファンディングに挑戦してみましょう。

土門蘭

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。共著に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社刊)。

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