コラム

『はだかの学校』って何? 銭湯の授業で生まれる地域コミュニティーの可能性


町から銭湯が消えている。1965年には都内に2500軒以上あったが、その後は減少の一途をたどり、最近では700軒を下回るという。

この危機的状況に立ち上がったのが、26歳という若さで家業の銭湯「日の出湯」を継いだ田村祐一さんだ。彼は廃業寸前だった日の出湯の経営再建に取り組むだけでなく、「銭湯文化そのもの」を残すべく活動している。

たとえば、銭湯をテーマにしたWebマガジンを創刊したり、番台での経験を活かし「会話のコツ」に関する著書を出版したり…そして2017年には、俳優の伊勢谷友介さんが代表を務めるREBIRTH PROJECTとタッグを組み『はだかの学校』というプロジェクトを立ち上げた。

果たして、『はだかの学校』とはどういうプロジェクトなのか。『はだかの学校』に込めた田村さんの思いとは。

地域の方たちに愛されながら、銭湯業界を盛り上げるために日々奮闘し続ける田村さんの声を届けたい。

プロフィール
田村祐一(たむら・ゆういち)
1980年東京都大田区生まれ。東京都蒲田にある大田黒湯温泉第二日の出湯の四代目、銭湯の跡取りとして生まれ育つ。大学卒業後、家業である有限会社日の出湯に就職。26歳の時に取締役に就任。2012年5月より創業の地である浅草にある銭湯、日の出湯のマネージャーとして銭湯経営再建に着手。2012年11月、銭湯を日本の未来に残すプロジェクトの一環として銭湯の未来をつくるWebマガジン『SAVE THE 銭湯!』を創刊。2015年1月初の著書『常連さんが増える会話のコツ』を出版。

ノープランで継承してしまった老舗銭湯の四代目

「銭湯の業界は、規模は小さいけれど世代交代が始まっているんです」

そう話し始めた田村さん。つまり、銭湯業界には若いオーナーが増えてきている。田村さんのように26歳で継ぐようなケースも、そう珍しいことではないらしい。そもそも、なぜ田村さんは家業を継ぐ決意をしたのか。

きっかけは田村さんの父親の一言だ。

「日の出湯を閉めようと思う」

しかし、父親の口から出たのは「これからどうするかは決めてないし、よくわからない」という言葉だったという。この言葉を聞いて、無条件に体が動いてしまったのが田村さんだ。

「それなら、とりあえず俺やるわと言って、日の出湯のある元浅草に引っ越してきました。2012年の話です。当時は廃業寸前だっただけあって、1日のお客さんの数は80人を下回るレベル。最盛期を大きく下回っていました」

よくいえば逆境での挑戦と言えるが、言葉を選ばずに言うと無謀だ。銭湯業界全体への風当たりは強い。田村さん自身に立て直すための経営戦略があったわけでもない。当時を振り返り、田村さんは飄々とこう答えた。

「正直、ノープラン。何も考えていなかったですね(笑)。父に継ぐことを伝えても、”3ヶ月やってどうにもならなかったら諦めろ”といわれて」


銭湯業界の推移を示すグラフ

ふとした一言をきっかけに、お客さん同士の会話が生まれた


取材の最中、おもむろに著書『銭湯の番台が心がけている 常連さんが増える会話のコツ』の宣伝を始める田村さん

ノープランだった田村さんは何から始めたのだろうか。一般的に銭湯経営を軌道に乗せるためには、設備投資が不可欠といわれている。設備面での工夫を聞いてみる。

「僕が日の出湯にきたときは閉める前提だったので、炭酸風呂やサウナのような新しい設備を入れることができませんでした。日の出湯のある元浅草には有名な銭湯が多く、知名度が劣るうえ、設備面でも勝ち目がなくて…途方にくれていましたね」

その話をしてる最中で著書を見せてくるものだから、思わず「やっぱり接客が大事ってことですか?」と聞いたところ、「このタイトルは後付けです」とかわされる。なんともつかみどころがない。

さて、父親に「3ヶ月で結果を」という条件を提示された田村さん。ただ、奇抜なアイデアを取り入れなくとも、地道に営業を続けるうちに少しずつお客さんが増えてきたという。そして田村さん自身にも学びを与えてくれた。

「毎日コツコツと営業して、来てくれる常連さんたちの何気ない会話を聞いているうちに”みんな、お喋りがしたいのかもしれない”と、思ったんです」



小さい頃から銭湯が好きだったかと聞くと「銭湯で生まれ育ったので、当たり前すぎて好きというわけでもなかったです」という。取材だからといって気負わず答える田村さんの正直さに、常連さんに好かれる理由を見た気がした

「それから、足元お気をつけて〜とか、ごゆっくり〜とか、積極的に声をかけるようにしたんです。サービス業としては当たり前のことなんですけど、お客さんが僕の話し方を真似してくれるようになり、お客さん同士の会話を生むことも増えてきました」

ふとした声がけが日の出湯の繁盛につながったというわけだ。その理由を田村さんはこう分析する。

「常連客のなかでも、年配で一人暮らしの場合は、家に帰っても話し相手がいない。だから、銭湯で他人と話せる時間に幸せを感じるんだと思いました」

銭湯を「社交場」と表現する人もいるが、特に下町の場合はその要素は強いのかもしれない。大きなお風呂で癒されるだけではなく、銭湯に来る人たちに“会いに”行くのだろう。

「おじいちゃん、おばあちゃん同士の会話は、話が長いし、お互い投げっぱなしでキャッチボールしてないんですよ(笑)。でも、それで満足そうなんですよね。僕がしていることといえば、『へぇ〜〜』とか『そうなんですか!?』と、相槌を打っているだけのことが多いですが、僕も楽しいし、お客さんも楽しそうですよ」

これからの銭湯

ここで、銭湯業界全体に目を向けてみよう。

銭湯が年々なくなっている理由として、経営不振だけではなく、経営者層の肉体的・精神的な疲労によるもの、さらに建物自体の老朽化の問題も多いそうだ。一年間に平均で36軒もの銭湯が廃業しており、2020年には銭湯の数が今の半分ほどになるのではないかという声もある。


お湯の値段は自治体が決め、金額は全て一律、価格競争ができない

田村さんが「SAVE THE 銭湯」というWebメディアを始めたのは、銭湯という存在に今一度気づいてほしいという想いがあった。

「ただの番頭のブログ日記ではなく、色んな経営者やクリエイターにインタビューして、その人たちの周りからさらに広まっていったらいいな、と思いました。業界全体を盛り上げたいと。『SAVE THE 銭湯』を見て、日の出湯に来る人は多くはないんです(笑)。でも、一人でも多くの人が銭湯という場所に足を運んでくれれば、結果として日の出湯のお客さんにもなってくれるんじゃないかって。すごく遠回りですけどね」

文化の継承を考えるとき、後継者や土地の問題が課題となる場合は少なくない。こういった課題に対し、ひとりでも多くの人に気づきを与えるべく立ち上げたのが『はだかの学校』だ。


日の出湯と、地球環境や社会環境を見つめ直し、未来における生活を新たなビジネスモデルとともに創造していくREBIRTH PROJECT、広告会社のアサツー ディ・ケイの合同プロジェクトである「はだかの学校」。

地域課題の解決を目的としたプロジェクトが発足し、銭湯という地域に特化したコミュニティを盛り上げることが、地域課題の解決に繋がると考え、田村さんに声がかかった。様々な案が出ているなか、田村さんの経験からこのプロジェクトが生まれた。

「日の出湯の常連さんで、昔から近所に住んでいるという94歳の女性に昔の話を聞いたんです。戦争の話になったんですけど、エピソードが衝撃的すぎて。同時に、戦争を経験した人に話を聞くってすごく貴重だと思って。その方にお願いして、僕の知人たちにも話してもらったんです。

さっきの社交場の話じゃないですけど、銭湯って、そういう色んな体験をしてきた人やいろんな職業の人がたくさん集まるんですよね。そういう珍しい話を気軽に聞ける場所として、このプロジェクトにいいんじゃないかと思い、提案しました」

普通の講義とは異なり、場所が銭湯で、なおかつ先生も生徒も裸であること。最初から色んな意味でオープンな状態で授業するため、参加者との距離も近づきやすい。

「僕自身、銭湯で色んな人の話を聞くなかで、銭湯という空間では、職業や年齢は関係なく、誰でも先生になれるんじゃないかと思ったんです。『はだかの学校』が産声を上げた瞬間でした」

『はだかの学校』の理事長は、REBIRTH PROJECTの代表でもある俳優の伊勢谷友介さん。リノベーションや、廃材など使ってプロダクトをつくっているなかで、伊勢谷さんもまた、「銭湯」に興味を持っていたという。伊勢谷さんと関心のベクトルが一致し、理事長として関わることになった。

REBIRTH PROJECTもアサツーディ・ケイも、「マネタイズ意識は全くなく、大事なのはそこでコミュニティが出来たり、常連さんになること。それが大きな財産です」と語る。

銭湯ではみんながはだかになり、身分や地位も捨てることができる。『はだかの学校』により、銭湯でコミュニケーションが生まれることが、地域の活性化に繋がり、銭湯文化復活の原動力になるというわけだ。

「自分の家の近くの銭湯に、少しでも足を運んでくれる人が増えれば嬉しい」と話す田村さん。『はだかの学校』はまだ始まったばかりだが、開校されてから、少しずつ授業を聞きに来る人が増え、注目されてきている。田村さんの“銭湯を忘れて欲しくない”という想いが成就する日はゆっくりと、しかし着実に近づいているように感じた。

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茅島 直

CAMPFIREプランナー。BAMPERとして、全国を飛び回ります。

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