コラム

「第二の人生をなめらかに」メダリスト・為末大が描く理想の社会

熱の込もったプレーや数々のドラマで、私たちを感動させ、奮い立たせてくれるアスリート。その輝かしい姿の一方で、競技を引退した後の「セカンドキャリア」で悩む人たちも少なくない。

若い頃からスポーツ一本に打ち込んだ結果、社会経験の乏しさに戸惑う人、華々しい世界からの落差に付いていけない人、収入減や稼ぎ方の変化に苦しむ人……。

そんな「セカンドキャリア問題」を引退後の自らのテーマとして取り組む元アスリートがいる。男子400mハードルでオリンピックへ3度出場した経歴を持つ、為末大(ためすえ・だい)さんだ。

「セカンドキャリアはアスリートだけの問題じゃない。むしろ、一般の人たちの働き方にも関係している」

その言葉に込められた意味とは? 為末さんに話を聞いた。

プロフィール
為末 大
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2018年7月現在)。現在はSports×technologyに関するプロジェクトを行うDEPORTARE PARTNERSの代表を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。

「アスリート」という人格はない

まず、なぜ為末さんは「アスリートのセカンドキャリア」へ取り組むようになったのでしょうか?

自分自身がセカンドキャリアについて悩んだことがきっかけです。現役時代は陸上競技を通じて世の中に存在感を示せていましたが、引退してそれがなくなった時、自分は何をやっていけばいいんだろう?と考えたんですね。

そうやって悩んでいるうちに、他のアスリートも同じ悩みを抱えていることに気がつきまして。そこで、アスリートたちがひとつになってセカンドキャリア問題を解決できないか?と考えたんです。

ここで押さえておきたいのですが、実は「アスリート」という人格はないんですよ。

と、いいますと?

例えば「IT業界の人ってこういう性格だよね」というには、IT業界は広すぎますよね? その中にいろんな職業の人がいて、それぞれ性質も異なってきますから。アスリートもそれと同じで、競技によって人の性質が変わってきます。

陸上は個人種目であり、日々の練習の中で自らの記録とひたすら向き合う競技です。そのため、人と話すよりデータと向き合うほうが好きなエンジニア気質の人が多い。一方でチームスポーツの場合は、コミュニケーション能力が高い人が多くなりますね。フィギュアスケートの場合は、どちらかというとアーティストに近くなってくるような気がします。

なるほど、面白いですね。

このような前提を踏まえた上で、アスリート全体に共通する課題は大きく二つに分けられます。

一つは「アイデンティティ・クライシス」の問題です。つまり、自分という存在がなんなのかわからなくなってしまう。特に、メディアに出るような有名選手が陥りやすいですね。華やかな表舞台で脚光を浴びていた野球選手が、引退後に野球というアイディンティティを失い、悩み苦しむというような。

もう一つは「お金」の問題です。現役時代の収入がゼロになるため、次のキャリアでどんな仕事ができるだろう? 自分にはどんなスキルがあるんだろう? という悩みですね。社会への関わり方の悩みともいえます。

ただし、これらは一般の人にもある悩みだと思うんです。特に後者に関しては、大企業に長く勤めていた人が転職する時の悩みと近いんじゃないでしょうか。会社という一つの世界の常識しか知らずにきた人が外の世界へ飛び出た時に、自分がやってきたことは、他で応用できるんだっけ? というような。

アスリートが一般の仕事につくことは、異業種への転職の中でも特に振り幅が大きいですね。

アスリートの場合は、本当に稼ぎ方がわからなくなるんですよ。何もない状態からのスタートになるので。

いろんな方にヒアリングしていると、企業の側も大変という話を聞きます。例えば皆さんが企業の人間だったとして「社員として白鵬を雇うことになったけれど、白鵬には相撲以外の業務をやってもらいます。何をお願いするか考えてください」と言われたら、どうですか?

白鵬が会社の中で何ができるのか、イメージがパッと湧かないので悩んでしまいそうです……。

はい。でも白鵬も、企業の中で活きるスキルを持っているはずなんです。だから白鵬も企業も、お互いに理解してもらう努力をしなければいけない。そこがセカンドキャリア問題を解決するヒントになるんですよ。

必要なのは「通訳」できる人

僕の場合でいうと、アスリート時代のスキルは「ハードルを跳ぶ」ことです。それだけ言われても、企業としては困りますよね。でも「ハードルを跳ぶ」ことを「ハードルという目標を設定して、スケジュールを切って、問題を解決していく技術」と置き換えれば、企業側でも理解してもらえるんです。

なるほど! つまり、アスリートのスキルを企業側の言葉に翻訳する必要がある、と。

一般の企業でも同じだと思いますよ。大企業で長く勤めた人が、定年や退職で、次のキャリアの相談をするとしましょう。そのとき、何をやってきたか聞かれて「部長をやってきました」という人は多いんですよ。

一つの会社にしかいたことがないと、自分が持っているスキルは、外の言葉に当てはめると何なのかわからないわけです。そこで必要なのは、「部長」がやっているスキルを細分化して、相手に合わせて伝えること。

そんな風に「ポジションをやっている」感覚が強い人は、まだまだ世の中に多いように思います。だから、僕は定年退職後の社会人のキャリアと、アスリートのセカンドキャリアの問題はすごく似ていると感じるようになったんです。

ただし、若い世代は変わってきていると思います。転職を経験したり、異業種の人と話したりする経験が多いので、自分のスキルが外から見てどんな風か想像できる人が多いと思います。

異業種間の翻訳家としてのキャリアアドバイザーのような役割も必要なのかもれませんね。

そうですね。ちなみに、セカンドキャリアで悩む選手のLINEの友だち欄を見ると、だいたい7〜8割がアスリートなんです。

だから僕の仮説として、一般のサラリーマンでも同じ会社の人以外の友人が少ない人ほど、セカンドキャリアに悩むんじゃないかと思っているんです。つまり、友人の多様性と、自分のスキルや存在の客観化の能力は、かなり近いんじゃないかと。

社会の働き方が自由になれば、アスリートのキャリアも変わるはず

スポーツでは各種目ごとに競技団体がありますが、そこでのセカンドキャリア支援は存在するのでしょうか?

現状ではまだまだ乏しいといっていいでしょうね。二つ問題があるのですが、まず一つ目として、引退後の選手の人生は、協会の評価と関係がないんですよ。なぜなら、協会に対する世間的な評価は、その競技の「メダル数」でなされるからです。

また、助成金の問題もあります。種目の強化費のうち、助成金が半分以上を占めている団体がほとんどです。そして助成金は競技の強さ、つまりメダル数に応じて出されます。ですから協会としては、選手を強くする動機はあっても、引退した選手を支える動機はない。まあ、やろうとはしていますが、かなり苦労しているのが現状ですね。

もう一つの問題は、協会の職員も競技の延長線上で就職していることが多く、セカンドキャリアの経験がないことです。

それではどんな支援が必要か、なかなかわかりませんね。

セカンドキャリアは、ごく最近になって浮上した問題なんです。昔は日本という国が右肩上がりの状況でしたから、社会に出たアスリートも受け止めてもらえたわけです。しかし、それも今の日本の経済状況では難しい。

アスリートのセカンドキャリアが大変な一方で、貧困で苦しんでいる子どももいる。そのどちらをサポートしますか?というのがこれからの日本で迫られる選択です。ですから、アスリートのセカンドキャリアは喫緊の問題とはいえないかもしれない。

ただし、心理的な問題や、雇用の流動性という意味では、一般の多くの社会人の方が抱えている課題と同じだと思うんです。例えば、現役のアスリートがプロとして活動しながら別の会社でも働くことは、今はなかなかやりづらい。でも、これって副業の縛りの問題なんです。つまり、世の中の働き方が自由になれば、アスリートのキャリアは相当変わるはずなんですよ。

ということは、今の一連の働き方改革はいい流れと言えますね。

そう思います。副業解禁や雇用の流動化が進めば、アスリートのセカンドキャリア問題は自己責任の問題になってきます。

スポーツをやってるからといって、アスリートが優遇される必要はないと思うんです。ただし、現状では雇用の流動性を原因として、キャリアに悩むアスリートがいる。そして同じようなことは、一般のさまざまな職業においても起きていると思うんです。

スポーツって比較的、応援してもらえる分野じゃないですか。だから、スポーツのジャンルからセカンドキャリアの壁を壊したくて。そうすれば、みんなが働きやすい世の中になると思うんです。

アスリートの引退は「失恋」に似ている


2017年11月に始まった「アスリート LIFE SUPPORT by CAMPFIRE」。「アスリートが抱える、お金の不安をなくす」をコンセプトに、アスリートが月額会員を募集し、支援金を受け取ることができる仕組み

アマチュアのアスリートが目標へ挑戦するための支援を募る「アスリート LIFE SUPPORT by CAMPFIRE」というプロジェクトもありますが、ファンにパトロンになってもらうのは、アスリートに限らずセカンドキャリアの解決策になりうると思います。

このプロジェクトは500円から支援できるようになっているんですが、たとえばその最低ラインが15万円だったら、応援する方も大変だし、される側も重たすぎますよね。僕は「応援のサイズ」ってあると思うんですよ。

ただ僕としては、アスリートにはファンに声をかけるのが苦手な人種が多いと思っています。例えば陸上は「ろくろを回してよりいい器を作ろう」みたいな世界なので、黙々とやってる職人気質な人間が多くて。

だから、クラウドファンディングのリターンとして「ファンとの交流」や「情報発信」が多い現状だと、そうした人たちは苦労するのでは、と感じています。

セカンドキャリア支援で特に重要なのは、引退直後の数ヶ月から1年だと思うんです。というのも、アスリートの引退って人生の中心にあったものを失うという意味で「失恋」に似てるんですよ。だから、いろんな人に話を聞いて、心の空白を癒したり、「人生ほかにも色々あるしな」と切り替えたりする時間が必要なんです。

ああ、しかも20年以上「恋してた」選手もいるわけですよね。それを失うというのは辛い……。

喪失感は相当な大きさなので、孤独につけ込まれて、ごくごく少数ですが、悪い話に巻き込まれるようなケースも起きるわけです。

この引退後の数ヶ月から1年を支える、一定の金額を保障するシステムがあれば、ずいぶん変わってくると思います。競技団体ごとで、現役中にみんなでお金を貯めておいて分配するでもいいですし、クラウドファンディングで集めるでもいい。

それと、引退後のアスリートがふらっと行けるコミュニティがあれば嬉しいですね。キャリアを考える場所というか。

今はないのでしょうか?

ないですね。キャリア教育はもちろん行われているんですが、そのほとんどは「スキルの習得」なんです。まさに一般の方が失業中に受ける職業訓練に似ていて。

それよりも必要なのは、「俺は何ができるんだっけ?」「私、何がしたいんだっけ?」みたいな話に付き合ってもらえるような、進路指導に近い場かもしれませんね。

すごく目新しいものではなく、現実的な解決策がありそうですね。

皆さんがアスリートと聞いて想像する選手の多くは、実は「例外」なんです。メディアに出るような有名選手は全体のごく一部で、それ以外のほうがマジョリティ。会社に勤めながらプロで頑張ったけど、引退した時の貯金が200万円で、みたいな世界の人たちですね。

僕は20数年間、いろんなアスリートを見てきたのですが、多くのアスリートが自分のセカンドキャリアに関して社会の側に文句を言っています。でも、僕はやっぱり選手の側にも問題があると思います。現役時代の行動だったり、プライドの問題だったり。

半分はアスリートのせいだけれど、半分は社会の流動性の低さのせいであると。

はい。その二つが上手に折り合うための解決策は、クラウドファンディングで支援を募ったり、元アスリートのためのコミュニティだったり、意外と現実的なものなんだと思います。

アスリートのセカンドキャリアがなめらかな社会は、一般の人にとっても働きやすい社会です。そう信じて、僕も取り組みを続けていきます。

写真:八木 咲(Instagram

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友光 だんご

1989年生まれ、岡山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。出版社勤務ののち、2017年3月より編集者/ライターとして独立。Huuuu所属。インタビューと犬とビールが好きです。

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