コラム

「飽き問題」を乗り越える。40代の職人が見つけた新たな突破口

「職人」の道は、長く険しい。

若い頃から地道な修行を重ね、アイデアをひたすら絞り出し、やがて代表作と呼ばれるものが生まれたとする。ただし、世間に認められ、やっと生活は安定し、自分のものづくりに没頭できて職人の人生は安泰になる……とは限らない。

世間からは代表作ばかり求められ、生活のために同じものをつくり続けていれば、やがて「飽き」がやってくる。新しいことに挑戦しようにも、目の前の仕事に忙殺され、気づいた時には時間にも金銭的にも新しいことを始める余裕はなくなっているのだ。

その時、彼らはどうやってものづくりへのモチベーションを維持することができるだろう?

こんな「40代の職人問題」を解決するヒントとなりうる、二人の職人がいる。

岐阜を拠点に活動する陶芸家の大江憲一さん(おおえ・のりかず、写真左)と、静岡のコーヒーロースター「IFNi ROASTING & CO.」の松葉正和さん(まつば・まさかず、写真右)。

ともに40代の二人はこの秋、廃棄コーヒー豆を利用したカップとドリップポットをつくるためのクラウドファンディングを立ち上げた。


廃棄コーヒー豆で作った灰を、陶磁器の表面を塗り上げる「釉薬(ゆうやく)」に使ったカップとドリップポット。それらを量産するための「型」を作るための資金を募るプロジェクト

廃棄コーヒー豆とは、コーヒーの雑味を無くすために、品質の悪い豆を取り除くことで生じるもの。

そのリサイクル方法を模索し続けていた松葉さんと、機能性と美しさを兼ね備えた「醤油さし」が代表作である大江さんが手を組み、両者の長年の技術と経験を活かした新たなものづくりに挑戦することとなった。

二人の共通の友人であるアパレルブランド「ALL YOURS」の木村昌史さんがクラウドファンディングの発起人となり、プロダクトの量産に向けたプロジェクトが進行している。

それぞれの分野で、職人として独自の地位を築いてきた松葉さんと大江さん。二人がプロジェクトを立ち上げた背景には、職人として直面した「飽き」があった。

取り組みを通じて彼らが見つけた、クラウドファンディングの可能性とは? 木村さんを聞き手に、両者に話を伺った。

みんなが目を背けていることに、ちゃんと向き合う

松葉

僕は20年ほどコーヒー豆の焙煎を続ける中で、「廃棄コーヒー豆」の処分について考えていたんです。

木村

あまり知られていないけど、コーヒーを淹れた後の「廃棄コーヒー豆」って大量に出てるんですよね。

松葉

はい。例えば、某有名コーヒーチェーンは「たくさんコーヒー豆のリサイクルをやってますよ!」と言っているけれど、実際には「生ゴミとして大量に廃棄している」という話もあって。

大江

みんな処理に困っていると。たしか10kg焙煎して廃棄が2kgとか出ちゃうんですもんね。

松葉

そういう現実を知って、コーヒーを染料に使った「コーヒー染め」の服やアイテムを作ったり、2012年からリサイクルに取り組んできました。

木村

今回のプロジェクトで僕が「めっちゃいいな」と思うのが「みんなが当たり前に目を背けているところにちゃんと向き合う」ことなんです。さっきの某大手コーヒーチェーンの話もそうですよね。

大江

みんな「いいところ」しか見てないというかね。

木村

クオリティを保ってものを作ろうと思ったら、どんな業界でもロスって絶対出るじゃないですか。僕のALLYOURSでも、服を作る過程で絶対、端切れが出る。こだわればこだわるほどロスが出てしまう面ってあると思うんです。そこを「クオリティを落とさずに、違うモノに変えていく」というのが、すごくいいなと。

松葉

「IFNi ROASTING & CO.」としてとか、ブランドとかは関係なく「なんとなく、毎回こればっかり使っちゃうな」というものを作りたかったんです。後付けとして「廃棄コーヒー豆をリサイクルしたい」という背景があって。

木村

まずは商品のクオリティが高くないと。

松葉

そうですね。でも、自分一人では難しい部分もあって。そこで、以前から面識があって、「感覚を分かってもらえる」と感じていた陶芸家の大江くんに相談したんです。

きっかけは大江さんの「醤油さし」

大江

松葉くんとはずっと「何かプロダクトを作りたいね」と言っていたんです。そしたら昨年の夏に、松葉くんが「コーヒーカップの案が色々あるから1回話しに行くよ」と言って、うちに車で来たんです。4時間くらい遅刻して、着いたのが夜の0時だったんだけど(笑)。

松葉

静岡から岐阜まで車で行くのに、むちゃくちゃ迷っちゃって。

大江

それで世間話しながらコーヒーカップの話をしていたら、松葉くんが「大江くんの『醤油さし』をドリップの最初の点滴(※)で使ってるんだよね」と言い出したんです。

※淹れ始めにコーヒーの粉を蒸らすため、湯の滴を病院の点滴のように落とすこと


大江さんの醤油さし。液切れの良さや手仕事ならではの風合いが人気

木村

おお、大江くんの代表作の醤油さしを。

大江

そうそう、それで「そういう使い方があるんだ!」と驚いて。せっかく一緒にやるなら、二人がコラボする意味合いを考えたかったから。松葉くんが僕の醤油さしを点滴で使ってるんだったら、「コーヒーを淹れられる量の湯がちょうど入るサイズと容量」を教えてもらえれば、その容量で醤油さしを作るよと言ったんです。

松葉

そこからさっそくサンプルを作ってもらって。

大江

そのサンプルを作る最中に、松葉くんから廃棄コーヒー豆のリサイクルの話を聞いたんです。そこで僕が「陶器の表面を覆う『釉薬』は何かを燃やした灰と長石と土を混ぜたらできる。多分、コーヒー豆もいけるよ」と話したんですよね。

松葉

プロジェクトの意味合いも増すと思ったので、すぐに大江くんに廃棄コーヒー豆の灰を渡しました。

大江

実際にやってみたらコーヒーの灰がなかなか手ごわくて、釉薬にするのが大変だったんですけどね。何回か試作を重ねたら形になったので、これはいけるということになりました。

40代の職人が直面する「モチベーション問題」

木村

お二人の話を聞いていると、偶然の要素が多いですよね。最初からきっちり方向性が決まっていたわけじゃなく。

大江

偶然もあるんですけど、正直、ちょっと飽きちゃってたのが大きくて

木村

飽きというのは、何に対して?

大江

仕事に対してですね。ありがたいことに僕の醤油差しを欲しいと言ってくれる方がたくさんいて、いつも忙しさに追われて仕事をしていて。すると、忙殺じゃないけど、「今日も醤油差しを50個作らなきゃいけないのか……」みたいな瞬間もあるんです。

松葉

大江くんは、手でひとつひとつ作ってるわけですもんね。

大江

そうそう、大好きな釣りにも行けないし、このままいったら過労死するしかない、みたいな気分になるときもあって(笑)。だから「何か楽しいことをしたいな」と。

木村

その「楽しいこと」が今回のプロジェクトだったと。

松葉

僕もずーっと毎日焙煎をやってるので、同じことの繰り返しな感じはありました。

木村

ずっと焙煎をやってる松葉さんと、ずっと陶器を焼いてる大江さんと……。

大江

もちろん仕事をいただいてるわけだし、お金も欲しいし、やるんです。ただ、こうして40代になって、20年くらい陶芸を続けていると、「こうすればこうなる」みたいなセオリーやパターンが見えてきちゃう。若くて仕事がない頃はとにかく頭を絞って新しいアイデアに挑戦してたけど、時間的にも環境的にも新しいことをやりたいけどやれなくなってくるのが苦しくて。

松葉

僕も大江くんと同世代だからわかりますけど、そこでモチベーションを保てなくなるのはすごくわかります。

木村

お二人ともジャンルは違えど同じ「職人」じゃないですか。40代の脂が乗ってきた職人さんに、「飽き」と「新しいことをやれない」という問題がある。そこで今回のプロジェクトが生まれたと。なるほど、面白いですね。やっぱり偶然性から始まって、かつ誰かとやるというのは楽しかった?

大江

はい。面白い人と何かをすることによって、「1+1=2」じゃなくて、それ以上のものが作れるんじゃないかと思うんですよね。違う業界の人と会うと、面白いしリスペクトできるんです。お互い相手のジャンルのことを全く知らないから、まずは落としどころを決めず、とにかくアイデアをどんどん出していく。お互いの技術や知識を使えば、最終的にいいものができるんじゃないのかなと。

木村

確かに、お互いプロフェッショナルだけど、相手の分野に対しては素人ですもんね。

松葉

全く知らない業界の人同士が話すと、同業者と話すより100倍くらいアイデアが広がりますね。

大江

「全く陶芸のこと分かんないけど、こんなのできるのかな?」と言われた時に、ハッと気付くんです。陶芸を20年やっていると、「それって考えたことなかったけど、いけそうな気がする!」というのは結構あるんです。そこが面白かった。

「キャリアがある人が挑戦する」ためのクラウドファンディング

大江

いざ、このプロジェクトを商業ベースに乗せようとすると、色々なハードルがあったんです。一滴ずつお湯を滴らせる陶器製のコーヒードリップポットは今までにない画期的な商品なんですが、「なるべく多くの人に手に取ってもらいたい」と思えば思うほど、今までの僕のやり方では実現できなくて。なぜなら、今までの仕事量にプラスして、新たにドリップポットを作るとなると本当に首を締めちゃうので。

木村

そうか、全部手で作るとなると。

大江

はい。だから「型で作りたい」と思ったんです。手作業ではなく、型を起こして作ることで量産が可能になるから、価格も下げられるし、生産スケジュールも実現性が高まります。ただ、そこで問題になるのが「お金」だったんです。型を起こすにはまとまった額が必要です。でも、今回のプロジェクトは本業に比べて利益も少ないですし、遊びとまでは言いませんけど趣味的な意味合いが強い。そこに数十万円をポンと出すっていうのは、家族がいる手前できなくて。

木村

若くて独り身の時ならできても、年を重ねて家族を持つと、そういう問題も出てきますね。売れるかどうかもわからないものに、みたいな。

松葉

そこで、クラウドファンディングってものがあるらしいよ?って話になったんですよ。

大江

僕ら、クラウドファンディングについて何も分からなかったんです。最近はクラウドファンディングで資金を集めることができるらしいから、1回挑戦してみようと思ったときに「そういえば、ALLYOURSっていう会社がクラウドファンディングを使ってるな」と思い出して。

松葉

友達にALLYOURSの木村くんっていたよなあって(笑)。たしかドリップポットの最終プロトタイプができた頃に、イベントで一緒になった木村くんに相談したんですよね。

木村

そうそう、そこで僕がプロジェクトにプロデューサー的に関わることになって。クラウドファンディングって、若い人が利用することが結構多いんですよ。特に大学生や20代前半の子たち。

松葉

「起業したい」とか「新しいことを始めたい」みたいな。

木村

でも二人の話を聞いて、40代以上の中堅からベテランに差しかかるくらいのキャリアの人が、新しいことを始めるために使うのも、すごく面白いと思ったんですよね。さっきも話に出たように、キャリアのある人の多くは、これから新しいことをしようと思っても難しいことが多い。

大江

同じことを続けていれば、生活に支障はないですからね。でも一方で、長くやっていると、ひとりでやれることの限界もなんとなく見えてきますから。陶芸の中でも僕のやってるジャンルは、ファッションみたいに10年周期で入れ替わりが起きます。だから、ジャンル内での浮き沈みみたいなものもありますしね。

木村

そこで、40歳を超えたくらいの人たちが危機感を感じて新しいことをやるとか、「これ面白い!」ってことにチャレンジする際、資金集めの方法としてクラウドファンディングってすごくいいですよね。今回のプロジェクトをみて「俺もできるかも」みたいな人、結構多いと思うんです。

知識と経験があるから、新しい挑戦を実現できる

大江

今回のプロジェクトは、ただものを作るだけじゃなく、廃棄コーヒー豆のことや僕の陶芸の知識、二人のストーリー性も含めて受け入れてもらいやすいんじゃないかなと思っています。

松葉

実際の話ですからね。ストーリー性っていうよりは、リアルなストーリー。1年以上前から試作を作る中で、冷静に考える時間があったんですけど「自然な流れで、本当にいいプロジェクトだよなあ」と我ながら思えたので。もう一ついうと、僕が目指したのは「気兼ねなく、大事にし過ぎないで使ってもらえること」。そんなに高い価格ではなくて「なんだかいつも使っちゃうよな」というものが、ずっと残っていくものだと思うんです。大江くんのテイストは型にしたとしても消えないですから、型でやるのもしっくりきました。

木村

そうですね。やっぱりそれぞれが20年以上積み重ねてきた技術や経験があるから、その二人がやるのは大きいと思います。

大江

若い子がやりたい気持ちだけで始めるだけじゃ、こうはいかないんじゃないですかね。

木村

自分にできることもできないこともわかってますもんね。

大江

ベテランだからこそ、「何となくやりたい」から始めても、ものづくりの道筋を明確にできるから尖った先の部分まで進むことができるんです。だから、松葉さんとやるのはやっぱり楽しいですね。

松葉

今回プロダクトは陶芸が大好きな人達向けでも、コーヒーマニア向けでもない。和としても洋としても馴染むテイストになっていると思うので、より多くの方々に手にしてもらえると思います。ドリップポットも「ドリップ専用」というよりは、ドレッシング入れや醤油入れ、カラフェとして違う飲み物を入れていただいても。ジャンルにとらわれないギリギリのテイストだから、作っていて自分たちも楽しいですね。

木村

このプロジェクトがうまくいったら、続きをやりたいですもんね。

松葉

僕と大江くんで、アイデアはまだたくさんありますから。なるべく無理しないで「いいな」と思うものを世に出していきたいですね。

ムダなく全て使い切る。廃棄コーヒー豆を使用したカップ&ドリップポットを作りたい!
  • 内容
    コーヒーを美味しく飲むために出てしまう廃棄コーヒー豆。どうせならコーヒー好きのために有効に使いたい。静岡の老舗コーヒーロースターIFNi ROASTING & CO.と陶芸家の大江憲一が廃棄コーヒー豆を使って、手触りも飲み口も優しいカップと、手に馴染んで淹れやすいドリップポットを作ります。

☆プロジェクトは11/30まで実施中。支援はこちらから!

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都田ミツ子

1982年生まれ。編集制作会社を経て、フリーランスの編集者・ライター・コラムニストとして活動。ジャンルは映画、ビジネス、美容、子育てなど。

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