コラム

おもしろに正直であれ。academistが守る「ユニークな研究」

インターネットですべてがつながり、急速に均質化していく世界にあって、どうすればユニークな(唯一の)存在であり続けることができるのか。共感の波に飲まれて風景に溶けてしまわないために、ぼくらには何ができるだろう。

『academist(アカデミスト)』は、日本で初めての研究費獲得に特化したクラウドファンディング・プラットフォーム。つまり、プロジェクトオーナーはみな研究者だ。

研究者とは端的に言えば、まだ人類の誰もわかっていないことを解明しようとする人たちを指す。にもかかわらず、そんな彼らもまたユニークさを保つことに難しさを感じているのだという。

アカデミスト代表の柴藤亮介(しばとう・りょうすけ)さんは言う。

「研究者たちが考えていることは、本当におもしろいんですよ」

そのおもしろさに触れたことが原体験となり、彼はこのサービスを立ち上げた。生存戦略上正しいとか、経済的な利益につながるとか、そんなことは二の次なのだった。そう、ユニークであることは単純に、おもしろいのだ。

「役に立つ」より「おもしろい」

なぜ『academist』を立ち上げたんですか?

ぼく自身はもともと大学院で理論物理学の研究をしていました。「理論」だから紙と鉛筆、コンピュータさえあれば研究ができる。なので大学の研究室にこもって4、5年間、研究を続けていました。

ところが、そうすると同じ研究室の人とは日々ディスカッションするけれど、すぐ隣のラボのことは同じ物理学であっても何が行われているかわからない。ということは、化学とか生命科学とか地学とか、さらに文系の歴史学とかになると、もうさっぱりわからないわけです。

そこで、一つ上のレイヤーから学問とは何かを眺めるというか、自分たちがやっていることを網羅的に見たい欲求が湧いてきました。それでいろんな大学院生を集めて、お互いの研究内容を発表しながらお酒を飲むという、趣味みたいな活動を始めたんです。

めちゃくちゃおもしろそうな会じゃないですか。どんなジャンルの人がいたんですか?

深海生物の生態を調べている人から太陽系外の惑星について研究している人まで、本当にさまざまです。多種多様な人に「いまはこんなことをやっている」「実はこんなことが最近になってわかってきた」みたいな話を聞いていくのは、おっしゃる通り、めちゃくちゃおもしろかったです。

高校時代までの勉強って、教科書にきれいにまとまっていることを教わるだけで、全然ワクワクしなかったんですよ。でも、研究者の立てる問いはまだ誰もわかってないことばかりだから。もう、ワクワクしっぱなしで。

こうした問いのおもしろさは、おそらく研究者以外の一般の人にだって刺さるはずなんじゃないかなあって。ぼくは当時から、そういう仮説を持っていました。これが、現在にまでつながる一つの原体験になっています。

なるほど。

そこで最初は、研究者が自分の研究について発信できる動画サイトを作ろうと考えました。でも、なるべく研究に専念したいと考える研究者にとって、苦労して動画を撮るインセンティブがないんですね。それでなかなか賛同が得られなかった。

じゃあどうしたら研究者が自分で動画を撮って、魅力的に発信してくれるだろうかと考えた時に、もしかしたらそのことによって研究費が集まればいいんじゃないかと思いついたんです。

調べてみたら、どうやらクラウドファンディングという手法があることがわかった。それで2014年4月に『academist』を立ち上げることになりました。

そうか、最初から研究者のお金の問題を解決しようということではなくて。

そうです。知られていないだけで、おもしろい、イケてる研究者が世の中にはたくさんいるのだから、みなさんもっと知ってくださいよ、と。そういうメディア的な役割を果たしたいというのが出発点でした。

先ほどの異分野交流のメンバーの一人が「お金がない」というので、「じゃあ一緒にやろうよ」ということになりました。これが『academist』としての最初のプロジェクトです。

そうしたらそれが結構話題になって。Yahoo!ニュースにも載って、サーバが落ちるほどにアクセスが集中して大変なことになったんですよ。

いきなりそんな反響が。何に関する研究だったんですか?

テヅルモヅルという、海藻みたいにすごく細かい触手を伸ばして、深海でプランクトンを捉えながら生きている生物がいるんですけど、その生態がほとんどわかっていないということで、それを調べる研究でした。


オフィスに飾ってあった深海生物テヅルモヅルの標本。詳しくは研究者ご本人による寄稿記事をどうぞ→https://academist-cf.com/journal/?p=5362

そうしたら日本全国のテヅルモヅルファンから、ここぞとばかりにご支援をいただいて。こういうお金のつきづらい分野の研究でも、やはりおもしろがってくれる人はいる。最初期にそう思えたことは大きかったですね。

そんなわけで、うちはいまでもテヅルモヅルのSEOが結構強いんですよ。

はは。ほとんど競合がいなそうですけど。でも、研究者のためのクラウドファンディングというのはその時点で日本に前例がなかったわけじゃないですか。運営する上ではどんなことを意識してきたんですか?

プロジェクトを作る上では、研究者の魅力をいかに引き出すかが大事だと思っています。だから「役に立つ」というメッセージより、「この辺がおもしろいよ」というのをとにかく推す。

研究者自身、もともとお金を取ってくるために文章を書く機会はあったんですけど、そこで求められるのは主に「この研究が進むと、どういう社会的なインパクトがあるか」っていうストーリーなんですよね。

でも、彼ら自身の本当の思いは別にある。取材する際に「本当は何がしたいんですか?」と聞いていくと、「実はこうなんです」という答えが返ってくる。

何年もずっと同じ研究をやっていると、自分たちでもどこがおもしろいのかわからなくなっちゃうところもあると思うので。そこをぼくらがどう引き出すかだと思ってやっています。

たとえばテヅルモヅルの研究なんかに対しては、中には「そんな研究、なんの役に立つのか」と言う人もいると思うんですけど、そういう声にはどう答えます?

そうですね。すぐに経済的な利益をもたらすかと言えば、役に立たない研究かもしれません。

でも、そもそも研究者の考えていることって、人類がまだ誰も思いついていないことなんですよ。それを形にするプロセスに自分が参加できる。個人的にはそれだけでもう、その人の人生を豊かにするのに役立っているんじゃないかなって。

なおかつ、それが巡り巡って100年後とかに、経済的に、直接的に我々の人生を豊かにする可能性だってある。たとえばぼくらが日々使っているGPS。あれだって、100年前にアインシュタインが発見した一般相対性理論に基づいてできた技術です。

だから、いますぐには役に立たなくても、研究者のアイデアに共感して「これ、おもしろい!」という体験を増やしていくことには、二重に意味があるんじゃないかって思うんですよね。

研究者とお金とユニークネス

実際、研究者の人たちはお金に困っているんですか?

困っていますね。「お金がないからやりたいことができない」って話はよく聞きます。

基本的なことすぎて恐縮ですが、クラウドファンディングを除くと、彼らはどうやってお金を調達しているんでしょう? 

基本的には国のお金を使っているんですが、その中にも大きく二つあります。

一つは、各大学に毎年交付される「運営費交付金」。年間だいたい1兆円ほどあって、すべての国立大学に配られます。もう一つは「競争的資金」。こちらは各研究者が「この研究をするのでお金が欲しいです」と申請して、その審査が通ると年間500万円〜1000万円を3年間とか、もうちょっと大きいと1億円とかをもらえます。

ですが、いま問題になっているのが、前者の「運営費交付金」が毎年1%ずつくらい減っていることで。国立大はいま全国に82校あるのですが、計算を簡単にするためにとりあえず100校あることにすると、1兆円を100で割ると100億円、その1%ということは、ざっと見積もって毎年1億円ずつが減っている計算になります。

その結果、人件費が足りなくなったり、各研究室に配られる研究費が減ったりということが起こっている。先日東京大学の先生にインタビューする機会があったのですが、東大でもいまは年間50万円くらいしか下りてこないと言っていました。

年間50万円というのは、だいぶ少ない印象ですが。

教授でも50万円ということは、それを研究室内で配布すれば、ほぼ使えるお金はなくなるに等しいわけです。たとえば学会に10人で行ったら、それだけで終わってしまう。

必要なお金がないと研究は進まず、業績がまったく出ないことになってしまいます。それでは研究者として困るので、となると、後者の「競争的資金」に申請をして、各自でお金を取ってくることが必要になってくる。

競争の倍率はものによるのですが、一般的な研究者が応募する科学研究費(以下、科研費)と呼ばれるものは、競争に勝ち抜いてお金を得られるのは大体2、3割だと言われています。

それ以外にも、たとえば財団に助成を申請したり、科研費を持っている人と共同研究したり。あるいは民間企業と共同研究したりと、みなさんさまざまな方法でお金を取ってこようとしていますが、それでもまだ足りている様子には見えないですね。

これは最近になって深刻化している問題なんですか?

1990年代後半に科学技術基本計画が成立して、そこから競争的資金の割合が増えました。今後、日本が科学技術で生き残っていくためには、アメリカのような制度を導入して、競争に勝った優秀な研究者にお金をつける必要があるということで。

それともう一つ、2004年に始まった国立大学の独立法人化の流れがあり、大学も民間企業のようにちゃんとお金を集めて経営しようということになった。その、稼ぐ基盤を作るまでの猶予を設ける意味で運営費交付金が交付されるようになったんですけど、でも、それはあくまで猶予のためだから、だんだんと減っていくわけです。

こうした流れの末に競争的要素が強くなってきているというのは、さまざまな人が指摘しているところです。

競争的要素が強くなることで、たとえば一部の研究だけが資金を得やすくなるということは起こらないんですか?

まさにそうした問題が起きていて。いわゆる流行っている研究にはお金がつくけれども、流行っていないものにはまったくお金がつかないという事態になっています。

日本で流行っている研究というのは、アメリカや中国で流行ったものを流行らせている部分があるので、「それで日本から本当におもしろい研究が出てくるのか?」という問題が生じているんです。

なるほど。全然ユニークじゃない……。

そうすると研究者としても、どうしてもお金の取りやすい、いま流行っていることをやるようになる。流行っていることをやるのももちろんいいんですけど、でも、そこだけに集中してしまっては意味がないのではないか、と。

もっと多様な研究にお金を渡して、どこから出てくるかわからない芽をちゃんと育てる土壌を作らなければ。だから運営費交付金をもっと増やして、いろいろな研究、アイデアを成長させることに使おうということを、やはりいろいろな方がおっしゃっています。

クラウドファンディングは、その問題を根本から解決することになりますか?

ぼくらとしてはそこを狙っています。結構優秀な若手でも科研費を取れずに苦しんでいる現実があるんですが、でも、いきなり科研費は取れなくても、50万円あれば論文が1本書ける。そこをしっかりサポートすることでまずは実績を作り、それをもとに次の科研費を取る。そういったゼロからイチの部分をサポートしたいと思っているんです。

それが実際にうまくいった事例がすでにあります。「雷雲プロジェクト」といって、雷雲から出てくるγ線というビームをキャッチしようっていうプロジェクトなんですけど。

この研究が最終的にやりたいのは、雷の発生メカニズムを明らかにすること。ですが、「先行研究が少ないから」という理由で、科研費の審査に落ちてしまったんです。本当にそんなことができるのか、と。でもこれは逆に言えば、できるという証拠さえ示せれば、お金を取れる可能性があったということです。

そこでこのプロジェクトのオーナー2人は『academist』でクラウドファンディングを実施し、集めた160万円を使って、γ線をキャッチする装置を2台作りました。それを屋上に置いて実際に雷からγ線をキャッチし、データを集めた。すると、「このデータがあればいけそうだよね」ということで、翌年の科研費に通ったんですよ。

素晴らしいじゃないですか!

さらに翌年、学術界ではわりと知られた雑誌である『Nature』に論文を出版することまでできました。

つまり、科研費がイチからヒャクだとするならば、クラウドファンディングはゼロからイチの部分を担う。先ほどいった運営費交付金が削減しているぶんは、我々がすべてまかないたい。研究者には全員使ってもらいたいという思いでいるんです。

もちろん、科研費にもゼロからイチをサポートしたいという狙いはあるのでしょうが、やはり税金が原資になっているぶん、難しいところがある。であれば、誰にも文句の言われないお金を自分で集めてというのは、すごく大事なことになってくるんじゃないかな、と。

とても共感できます。それにしても、流行っているものや前例のあるものでないと支援を受けられないというのは、企業の抱える課題ととても似ていますね。

本当にそうですよね。イノベーション=革新を起こしましょうと言っているのに、前例がないとできないなんて。謎のロジックとしか言いようがないですよ。

研究者が集まるBAR、なんてどう?

今後はどんな展開を考えていますか?

研究者がもっとオープンに情報を発信していくプラットフォームになっていきたいですね。

たとえば、研究が始まる時は『academist』を利用してお金や共同研究者、応援してくれるファンを募る。それが実際に形になったら、ぼくらは『academist Jounal』というメディアもやっているので、そこで発信をする。それが継続的に回るようなインフラを作っていきたいと思っています。


『academist Jounal』では、研究者からの寄稿記事や、研究者へのインタビュー記事などを掲載している

より具体的には、先ほどから触れている科研費は年間2300億円なので、その1%でもクラウドファンディングでまかなえるようにしていきたい。20億円がまかなえるとなれば、研究者のマインドも変わってくるはずなので。そうすれば、日本にしか生まれないユニークな研究も出てくるのではないか、と。

研究者のマインドも変わる必要がある?

実際にクラウドファンディングを使ってくれた方が口を揃えて言うのは、お金はもちろんですけど、それ以外にもたくさん得るものがあったということです。たとえば、プロジェクトがきっかけで共同研究者を名乗り出る人が現れたり、企業から問い合わせが来たり。そういうことが結構あるんです。

でも現状はまだまだ、発信することに時間を割くくらいなら、そのぶん研究していたいという人も多い。だから、外を向いた方が研究がうまく回っていくという環境を作りながら、同時に研究者のマインドにも働きかけるようなことをしていく必要があるだろうと思っています。そうでないと業界全体が変わっていかないので。

外を向くこと、異分野の人とつながることで、そこから新たなアイデアを得ることもあるんじゃないですか?

あると思います。ただ、一見関係ないと思えるようなもの同士がつながるのには、やっぱり難しさが伴いますよね。その仕掛けをどう作るかというのは、まさに今後我々が挑戦していきたいところです。

実は考えていることが一つあって。バーを作ってみたらおもしろいんじゃないかって思ってるんですけど、どうですかね?

バーって、お酒を飲みにいく、あの?

そうです。academist BAR。研究者が研究終わりにふらっと立ち寄って、一杯飲んで帰るだけなんですけど、でもそこに行けば必ず、自分と違う分野の研究者とか、研究に興味のある方がいる。そこで話して、何かが生まれるというような。

たとえばサイエンス・カフェとか、交流するための場はこれまでにもありましたけど、そういうところだとみんな構えちゃうじゃないですか。その点バーであれば、いつも飲んでいるお酒をちょっと違う場所で飲むというだけなので。半分気を抜きつつ、そういう出会いがあるような場をうまく設計できないかと考えていて。

研究者しか入れない、会員制のバー?

本当は研究者だけじゃなく企業の方、メディアの方もいて、それが交わるのが理想です。それってまさに、大学本来の思想だと思うんですよね。

大学が作られたのには、その国家に住む人の教育レベルを上げるとかって目的ももちろんあると思うんですけど、たとえば周りにある商店とか企業とかも含めて、大学が起点になって街全体を盛り上げる、人を呼び込む機能があったはずなんですよ。

でも、いまは大学が次々と統合されていて、それこそ47都道府県に最低1個の国立大学もなくなるような危機にあるじゃないですか。大学がそういう機能を保てなくなっているのだとすると、じゃあ人々はどうすればいいのか。

ちょっと話が大きくなりすぎかもしれないですけど、ぼくらの作るバーがその役割を果たせないかな、と。そこに行けばすごくいろんな知識を持った人たちがいて、その人たちの話を聞きに遊びに行って、そこにコミュニケーションが生まれて、新しい知が作られていく。そういうコミュニティをうまく設計できたらいいなと思っているんです。

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すずきあつお

元新聞記者で、現在はフリーのライター/編集者。プロレスとプロレス的なものが好きです。

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