コラム

『旅する啓蒙』第1話 中国のなかのイスラーム。ウイグル自治区のカシュガルと赤いソウルフード

『旅する啓蒙』のはじめに

こんにちは。望月優大(もちづきひろき)と言います。旅が好きで、毎年欠かさず海外のどこかを旅して回っています。国の数で40ほど、街の数で100は超えていると思います。歴史や政治の薀蓄が好きで、旅をしながら日々着々と世界の豆知識を溜め込んでいます。

プロフィール
望月優大
ライター・編集者。株式会社コモンセンス代表。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。経済産業省、Googleなどを経て、スマートニュースでNPO支援プログラム「ATLAS Program」のリーダーを務めたのち17年12月に独立。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(地域文化研究専攻)。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味は旅、カレー、ヒップホップ。1985年生まれ。

これからはじまるこの連載コラム『旅する啓蒙』では、望月がこれまでの旅で出会ってきた街、人、食や文化に関する記憶やエピソードを共有することで、みなさんのうちにきっと眠っているはずの「旅欲」をゴリゴリ刺激していきたいなと思っています。

コラムタイトルの『旅する啓蒙』は啓蒙を「人間が自ら招いた未成年状態からの脱出」と定義した哲学者カントの言葉からとりました。カントは「自分の足で歩く」こととその「恐怖」についてこんなことを書いています。

“歩行器を捨てて歩いてみれば、数回は転ぶかもしれないが、そのあとはひとりで歩けるようになるものだ。ところが他人が自分の足で歩こうとして転ぶのを目撃すると、多くの人は怖くなって、そのあとは自分で歩く試みすらやめてしまうのだ。”ーーカント「啓蒙とは何か」(1784年)

旅をすることは、未知のものに出会うこと、そしていろいろな危険に身をさらすことです。例えば、胃腸の弱い私にとって、旅先でお腹が壊れるリスクは受け入れるしかないものです。チュニス、リマ、タウンジー、世界各地で腹を壊してきました。デリーで食べたタンドリーチキン、カイロで食べたコシャリ、今ではどれも良い思い出です。


コシャリ美味しかったんだけどなあ……(2013年撮影)

なぜ旅のリスクに身を晒すのか? それは、好奇心が恐怖を上回るから、世界を知ることは楽しいことだからです。人は旅を通じて世界に慣れていき、世界に慣れていくことで新しい未知を見つけていくのだと思います。死ぬまで続くその連続こそが『旅する啓蒙』です。

第1話は中国ウイグル自治区の古都カシュガルへの旅。ぜひお楽しみください。

(※ここから先は「ですます」調から「である」調にシフトチェンジします。)

東京からカシュガルへ


上からウイグル語、漢語、英語で記されたカシュガルの国際バザールの名前

『ウイグル』という地名がピンと来る方は多くないかもしれない。『新疆(しんきょう)ウイグル自治区』は広大な中国の一部である。中国の北西部、日本の4倍以上の面積を持つ広大な自治区だ。

近隣を見ると、南側にはチベット自治区、西側には、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタンといった中央アジアの国々が広がっている。


ユーラシア大陸の中心部。中国は本当に大きい

ウイグル自治区にはいつか行ってみたいと思っていたが、今回の旅先に決めたのはなかば偶然だった。

いつも面倒くさがって休みが始まるギリギリ直前になってから旅の行き先を決める。頭の中にある「いつか行ってみたい場所リスト」をスカイスキャナーにガシガシ叩き込み、渡航費、滞在時間の長さ、シーズンなどのバランスを見てそのときベストな行き先を決めるのだ。

前回はドイツのベルリンだったが、今回はウイグル自治区のカシュガルがベストな選択肢に思えた。

出国当日、いつも通りの荷物をバックパックに詰め込んで成田に向かう。中国ではGmailやFacebookなど様々なウェブサービスが使えないので、VPNオプション付きのWi-Fiルーターを空港で借りた。

小腹が空いたので空港のマックでチキンナゲットをさくっと食べ、旅先で無性に食べたくなる二大巨頭、カリカリ梅と柿ピーをコンビニで買い込んでから飛行機に乗り込んだ。成田から5時間半、まずは四川省の成都に入る。

話がいきなり逸れるが、四川省の省都というだけあって、成都は汁なし担々麺や麻婆豆腐など四川料理がとてつもなく美味しい。加えてパンダ園の餌やりタイムが本当に最高なのでぜひ行ってみてほしい街だ。


パンダの破壊力(2012年撮影)

四川省はパンダの本場なので、日本の動物園とは桁違いの数の赤ちゃんパンダたちがおなかを広げてムシャムシャやっているさまを眺めることができるのだが、これがもう永遠に見ていられるレベルのかわいさなのである。ちなみに、黄龍や九寨溝といった四川省北部の山岳地帯にある世界遺産群も見逃せない。

話を戻す。成都に着いて空港近くのホテルで一泊した。深夜着だったので3〜4時間だけ仮眠のような睡眠をとり、早朝小さめの飛行機でウイグルの首府であるウルムチに向かう。

旅の目的地であるカシュガルまではウルムチからさらにもう一本飛行機を乗り継がなくてはならない。シルクロードの要衝、中国最西端の街までたどり着いたのはようやく出発翌日の昼頃になってからだった。

流れるベルトコンベアから荷物を拾い上げ、一呼吸置いてから空港の外に出る。カシュガルは日差しが強く、暑い。近くにタクラマカン砂漠があるような地帯であるから当然と言えば当然だ。

まずは事前にBooking.comで予約しておいたホステルに向かう。こうしたサイトのおかげで世界中の宿を前日でも予約ができるようになった。本当にすごい変化だ。


ネットであっという間に予約完了

空港の外ではタクシーのおっちゃんたちが待ち構えている。当然メーターは動かないので乗る前に値段交渉をしなくてはいけない。若いころは少しでもぼられていると耐え難かったが、大人になって適度なぼられ方を覚えてきたようにも思う。

荷物を後ろのトランクに積んだのだがうまく閉まらない。「落ちないのか」と聞くと、おっちゃんが「大丈夫に決まってるだろ」といった感じのおどけた表情でジェスチャーしてくる。わかったわかったそういうものかと車に乗り込む。車窓から乾いた街並みを眺めていると、あっという間に街の中心部までたどり着いた。


カシュガルのオールドタウン

荷物は大丈夫だった。

イスラームの街、カシュガル

カシュガルは世界の多様性と歴史がそこに濃縮したような街であり、自分の常識にその存在そのものが疑問を投げかけてくるようなところがある。


みんなスクーターに乗っている

街を歩けばすぐに感じることだが、私たちがふつうに思っている「中国人」とは顔つきの違う人たちがこの街の主役だ。カシュガルではいまだに人口の8割以上がイスラーム教徒のウイグル族だと言われていて、街の中心には「エイティガール寺院」という中国最大のモスクもある。

これまで北京や上海に行ったことはあったが、同じ中国でも雰囲気があまりにも違う。帰国したいまも「ウイグルに行った」という感覚のほうが強く「中国に行った」という感覚があまりない。カシュガルはそれくらいウイグル色、あるいはイスラーム色の濃い街だった。


エイティガール寺院の内部

詳しく知らない方も多いと思うが、中国はれっきとした多民族国家である。中心的な民族である漢族が全人口の9割以上を占めるが、残り1割弱のなかに多種多様な民族が含まれているのだ。ウイグル族もそのうちの一つであり、ほかには満州族やチベット族、モンゴル族などが代表的な少数民族である。

ウイグル族やチベット族などは、「民族区域自治」という制度のもとでウイグル自治区やチベット自治区という形をとった一定の「自治」を認められているが、逆に言えば彼らに中国からの分離独立を求める権利は認められていない。


顔つきの異なる子どもたち

しかも、近年は漢族によるこれらの自治区への移住が大規模に進んでおり、モンゴル族の自治区である内モンゴル自治区では、モンゴル族が人口に占める割合は2割以下まで減少している。

ウイグル自治区でもカシュガルのような伝統的な街ではまだウイグル族の割合がかなり多いが、自治区全体で見ると漢族の割合がウイグル族を抜きかねないというところまで状況が変化している。


民族の団結を訴えるポスター

首府のウルムチなど漢族の人口比率が高い地域では、漢族とウイグル族など異なる民族間での結婚もだいぶ進んでいるようだ。

学校教育ではテュルク系のウイグル語よりも漢族の言語である漢語が優先され、とくにアラビア文字を用いるウイグル語の読み書きの継承が難しくなっている。高等教育へのアクセスは漢語が必須であり、社会的地位を上げていくには、母語よりも漢語を優先せざるを得ない。


バザールの隅にある手洗い場

忘れてならないのは、ウイグル族以外の様々なイスラーム系諸民族のことである。具体的にはカザフ族やウズベク族、キルギス族、タジク族など、多種多様な民族がカシュガルには暮らしている。顔つきや帽様々食生活、イスラームの宗派など、複雑な差異が民族間を横切っている。

加えて、シルクロードの要衝だったカシュガルは現在も国際的な交易の中心地であり、近隣諸国から商売に訪れる外国人も多い。とくにパキスタン人が多く来ているという話を聞いた。かつては日本からの留学生もいたそうだが、最近はほとんどいなくなったそうだ。

ウイグル族の赤いソウルフード

どんな旅も食から始まる。街歩きもそこそこに、街の食堂に入った。最初に何を食べるかは決めていた。ウイグル族のソウルフード「ラグメン」だ。8元なので日本円にして100円ちょいである。


ウイグル族のソウルフード『ラグメン』

ウイグル族はこの不思議な麺料理を毎日のように食べるそうだ。彼らは「赤い」料理が好きでラグメンも赤い。柔かめのうどんのような平打ち麺に羊肉、サクサクの野菜のトマト煮込みがかかっている。食べてみるとかなり複雑な味わいで、山椒の香りが後を引く。ちなみに、めちゃくちゃに美味しい。

一緒に食べた串焼きの「シシカバブ」も絶品で、クミンや胡椒、唐辛子の味付けが絶妙。店の前で焼いてそのまま出してくれる。


茹で置きの麺にトマト煮込みをかけるだけ

気づいたかもしれないが、ウイグル族は羊肉をよく食べる。街のいたるところに皮を剥がして処理をほどこされた羊肉がぶら下がっているのを目にする。新鮮なのか、処理が上手なのか、そもそもの育て方や食べさせる餌の違いなのか、驚くほどに臭みがない。カシュガルの羊肉は日本で食べたどの羊肉よりも美味しかったと思う。


店先でシシカバブを焼く

イスラーム教徒であるウイグル族は、豚肉は食べない。酒も公式には飲まないから食堂には置いていない(スーパーでは売っている)。麺料理が多いが、ご飯料理もある。ピラフのような「ポロ」という料理が代表的だ。


ポロにも羊肉が入っている

食堂で相席したおじいちゃんもポロを美味しそうに食べていた。「このおじいちゃんにとって人生で何食目のポロなんだろう」と思いながら彼の豪快な食べっぷりをしみじみ眺めていると、言葉は通じないながらも優しく見つめ返してくれた。ポーズも決めてくれた。

おじいちゃんが持っているのはあったかいお茶が入ったお碗。どんぶりサイズのお碗でほうじ茶のようなお茶をズズっと飲む。ウイグル族のおじいちゃんはだいたいこういう帽子を被っている。

最後にもう一品。ポロとセットで食べた「牛肉と野菜の赤いスープ春雨」。これがまたべらぼうに美味しかった。


また食べたい・・

カシュガル近郊のオパールという街で出会ったのだが、一度目に食べたときの感動が忘れられず、翌日も連続で食べてしまった。スパイシーな赤いスープに煮込んだ牛肉とじゃがいもを合わせ、シャキシャキの生野菜を加えて短時間煮込む。そのなかに真っ白な春雨を加えてできあがりだ。

短期滞在の旅先で複数回同じものを食べるのは本当に美味しいときだけ。限られた時間のなかでできるだけいろいろなものを食べたいというのが人情だからだ。

「人生でもう二度と食べれないかもしれない、ならばつべこべ言わずにいま食べるしかない」。こういう思考に取り憑かれたときだけ二回目に手を出すことになる。このスープ春雨を食べた結果まさにその状態に陥ったのだが、二回目を食べたとき、そう決意した自分を褒めてあげたいと思った。


至高の赤いスープ

最後の最後に。このピリ辛スープをポロの上に少しずつかけながら食べるとポロの美味しさが一気に10倍になる。将来この街に行くときのために、それだけは忘れないでいてほしい。

みなさん良い旅を。(次回に続く)

『旅する啓蒙』第1話のまとめ

1. 中国の奥地に、イスラーム教徒のウイグル族が多く住む『新疆ウイグル自治区』という広大な地域がある。

2. 中国は実は多民族国家で、人口の90%強を占める漢族以外にもウイグル族などたくさんの少数民族が暮らしている。言葉や文字、宗教、文化、食生活など、多種多様な人々によって中国という国は構成されている。

3. ウイグル族は「赤い料理」と「羊肉」を好む。ウイグル料理はべらぼうに美味しい。

連載一覧

第2話:警察は突然やってくる。ウイグル自治区「見えない壁」の実態
第3話:巨大な保育園のような街。辺境の旅から見える中国14億人の未来

(参考文献)

・カント『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3篇』(中山元訳)光文社、2006年

・藤野彰・曽根康雄(編著)『現代中国を知るための44章【第5版】』明石書店、2016年

望月 優大

ライター・編集者。株式会社コモンセンス代表取締役。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。経済産業省、Google、スマートニュースなどを経て独立。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(地域文化研究専攻)。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味は旅、カレー、ヒップホップ。1985年生まれ。

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