コラム

「理想の保育園は自分で作る」世田谷のママたちが挑む自主保育

子どもを産んだ母親の悩みは多い。慣れない育児はもちろんのこと、産後1年も経たないうちに子どもの保育施設を探す難レースが始まるからだ。

今年の待機児童数は2万6081人というニュースを目にした。その半分弱は東京だ。この街で子育てをするとぶち当たる壁がなんと多いことか…。

そんな中で「自主保育」という活動について耳にすることがあった。
自主保育とは、幼稚園や保育園を使わずに、母親たちが集まって交代で子どもの面倒をみるというもの。自分たちの手で自由に子どもたちをみる、育てるーー。

これからの時代の子育てのヒントを知るために、自主保育をはじめとする地域に根付いた子育ての運動を行なう渡辺馨さんを訪ねた。

プロフィール
渡辺 馨(わたなべ・かおる)
東京近郊で活動する自主保育グループのネットワーク「しんぽれん」スタッフ。外遊びのための場「プレーパーク」や、野外フェス「ビオキッズ」の運営にも携わる。4児の母。

子供が自由であること。そして創造的な遊びをすること

佐藤

そもそも自主保育とは、という点からお話を伺っていいでしょうか。

渡辺

自主保育に決まりはないんです。誰がどう解釈してもいい。こうでなきゃ自主保育じゃないよ、っていう定義はないと思っています。歴史は古くて、40年前くらいかな。お母さんたちが「一緒に子どもの面倒をみましょう」と呼びかけあったのが、世田谷区での自主保育の始まりです。

佐藤

かなり前からあったんですね。

渡辺

そうですね。最初は室内だったんだけど、子どもたちが元気すぎて「屋内は無理!」となって(笑)。それで、お日さまの下へ場所を移しました。他にも「保育所が足りないなら、自分たちで協力しあおう」という考えの下に誕生しているところもある。それぞれ母親たちが集まって話し合いを重ねて保育方針を決めているから、団体ごとに色も違うし、方針も違う。例えば今、世田谷の自主保育の人たちが大事にしているのは「子どもが自由であること」です。

佐藤

「自由」ですか。

渡辺

本当に自由なんです。だって時間割も何にもないから。決まっているのは、朝集まる時間と帰る時間だけ。お昼ごはんも自分の好きな時に自分で出して食べちゃうっていう会もあるんです。あと、もう一つは創造的な遊び。子どもが思った遊びをする。だから遊ばないのもあり。

佐藤

遊ばない、というと?

渡辺

ずっと、ぼーっとしてる(笑)。それでもいいんです。集団になじめなくって、ずっとお母さんにくっついて、帰っちゃう子がいてもいい。でも、大きくなるにしたがって、ある程度は母子分離(親離れ/子離れ)をしていきましょう、という考え方ではあります。

渡辺

どうして母子分離を大切にしているかというと、子どもにとってお母さんがいないことは「自由」だから。お母さんってうるさいでしょう。子どものためにも親離れは必要。それに、自分の親以外に面倒を見てもらうメリットもあります。他のお母さんが、子どものいいところを見つけてくれるの。

佐藤

他人の視点でということですね。

渡辺

そう。他のお母さんから話を聞いて「うちの子ってこんないいところがあるんだ」って親が思えるようになる。そして、自主保育の中で、ちょっとずつ母子がいい距離感をつかんでいくんです。そうすると、子どもが小学校に上がる前には、お母さんくらい関係が密な大人が、何人かできています。家族みたいな、従兄弟みたいな距離感かな。その仲間とは、ずーっと付き合いが続くんです。それに、自主保育の場には自然と地域の人が集まってくるから、子どもは地域住民とも仲がよくなります。

佐藤

いい仕組みですね。東京で子育てをしていると、そんな密な関係ってなかなか作れないと思います。

渡辺

地方の小さな町に住んでいれば別だけど、東京って同じマンションに住んでいるご近所さんでも、なかなか知り合わないじゃない。

佐藤

「あそこの家にも子どもがいたんだ!」なんてことがよくあります。

渡辺

それに、ママ友がいても、浅い関係だと遠慮するでしょ。自主保育をやってると、子どもを任せ合えちゃうぐらい付き合いが深くなる分、気が付くと飾らなくてもいい関係になっている。だから、家が一番汚い状態でも呼べるの。そうやってみんなで助け合って暮らしているから、すごく濃密なコミュニティができる。冠婚葬祭なんかで急に子どもを預けないといけない時にも預かってくれるんです。『いいよ!うちに泊まっていけばいいじゃない』みたいに頼れる間柄になっていく。

佐藤

大きな家族みたいですね。子どもにとっても、親にとっても、安心感がある。

渡辺

そうなんです。周りの大人が子どもたちをよく知っているし、見てくれている安心感がある。だから「さっき渡辺さんの子どもがお菓子を爆買いしてた」なんて言われたり。だから私も家に帰ってきた子どもに「さっきお店でたくさん買ってたみたいじゃない! 今お財布にいくら入ってるの!?」みたいなことがよく起こるんですよ(笑)。

 

自主保育を外でする理由

佐藤

普段、自主保育はどこで活動しているんですか?

渡辺

自由を大事にすると、どうしても外が多くなります。子どもって動く範囲が本当に広いし、すごーーーく遊ぶから、基本的に自主保育は外です。雨の日もよっぽどのことがない限り、外。

佐藤

雨の日も!?

渡辺

子どもは雨が好きなんです。泥だらけになってずっと遊んでる。雨どいから水が落ちる所にわざわざ傘を持っていって忍者になってみたり。水たまりの水をコップにすくって、こっちのコップにジャーって入れて…を延々繰り返したり(笑)。私が思うに、自主保育の子ども達は面白い子に育ちます。すごく感受性が強くなる。子どもって視線が低いから、草や土や虫をうんと近くて見て育つ。それに、大体いつも裸足なんですよ。靴がめんどくさくなっちゃうのね。裸足で土の上を歩いたり、草の上を歩いたり、枯葉の上を歩いたり……。

佐藤

その匂いや感触や音が全部、刺激に。

渡辺

そう。そんな中でずっと走り回っている子たちは、意識して字を読むとかではなく、意識せずにたくさんの刺激を受けて育つ。だから、すごく感受性が高い子どもになるのかなと思います。

 

3月11日、「私、やっぱり自主保育やろうかな」って思った

佐藤

渡辺さんが自主保育を始めようと思ったきっかけはなんだったんですか?

渡辺

私、子どもが4人いるんです。長男が2歳の時に、千葉から世田谷に引っ越してきて。千葉は自然が多くて、毎日草っぱらで長男を遊ばせてました。だけど世田谷に来たら、どこで遊ばせていいかわからなかった。それで、世田谷公園に遊びに行ったら、掲示板の紙に『自主保育てんとう虫』って書いてあったんです。「月1000円でお昼ごはんが付いてくる」って!

佐藤

ずいぶんお得!

渡辺

なんだそれって思うでしょう! 1000円でお昼ご飯が付いてくるならいいじゃない、って思って参加したのが始まりです。でもね、お昼ごはんは自分で焚き火で作らないといけなかったのよ。やられたーって思った(笑)。

渡辺

お昼ごはんはお母さんたちの当番制。自分の当番が月に1回か2回来て、みんなに希望を聞くんです。みんなが『秋だからさんまを焼いてほしい』と言ったら『明日は自分のおにぎりとさんまを持って来てね!』って。それで、次の日のお昼は当番がかまどで何十本ものさんまをひたすら焼くことになる(笑)。

佐藤

保育園や幼稚園に入れようという選択肢を考えたことはありましたか?

 

渡辺

あったというか、幼稚園に入れてた時もあったんです。長男は自主保育でしたが、3歳くらいの年に夫がニューヨークに転勤になって。そこから5年間向こうに住んで、下の子2人は現地で産みました。

佐藤

海外出産だったんですね。

渡辺

そう。それで、長女はニューヨークの幼稚園に入園させました。でも、今考えると、自主保育的な幼稚園だったのね。校舎は昔のお城そのものだし、とっても広い原っぱに面していて、そこに子供たちは自由に放し飼い(笑)。普通の区の幼稚園なんですが、生徒18人に対して先生は2人。他に出入りしてる大人も3人いて、常時ではないけど、合計5人ぐらいの大人で見てくれている。そんな中で長女はのびのび過ごしていました。

佐藤

そんな中、帰国することに。

渡辺

はい。2番目の子が年長さん、3番目の子がそろそろ幼稚園もさがさなくちゃという年に帰国しました。でもその時は自主保育をやるなんて思っていなくて。子ども達はその頃、あまり日本語が上手ではなくって。とにかく子ども達に合いそうな環境を探すためにいろんな保育園や幼稚園を、区立も私立も、ちょっと遠いところまでがむしゃらに見て回ったんです。その帰り道に「くたびれたね〜」って世田谷公園に行ったら、偶然、てんとう虫(自主保育の会)の卒会式をやっていて。しかも長男が通っていた時のOB仲間がいっぱい来ていて、みんなから「帰ってきたの? やりなよ自主保育!」って言ってもらえたから。

佐藤

縁ですね。

渡辺

そう、縁なんです。その日が2011年3月11日で、大地震がありました。木がメトロノームみたいにぶわーっとゆれて、恐怖で吐いてしまう子もいた。子供たちを連れて命からがら帰ったっていう日だったんだけれども、なんとなく、その日に『私、やっぱり自主保育やろうかな』って。

 

自分の子供の生きる場所は、自分たちで紡いでいく

佐藤

元々、渡辺さんは子供に関わるお仕事をしていたんですか?

渡辺

いえ、保険会社で働いてました。今でこそプレーパークやビオキッズの運営みたいに子どもに関わることをしてるけど、自主保育に参加したのがきっかけです。最初はプレーパークの運営が大変だなと思って手伝うようになったのね。その中でいろんな人とまたつながって、団体同士がつながったり。気づいたらいろいろなことをしています。

プレーパーク……地域住民と世田谷区が共同で運営する遊び場。禁止事項をなるべく無くし、焚き火や穴掘り、木登りなど、子供が自然の中で自由にのびのび遊べる環境をつくっている。現在、烏山、羽根木、駒沢、世田谷の4カ所がある。運営は異なるが、同じく自由な野外遊び場として世田谷の「きぬたま遊び村」や「野沢テットーひろば」なども。

ビオキッズ……外遊びと子育てをテーマにした野外フェス。プレーパークを利用する親たちが、もっと外遊びとプレーパークを知ってほしいという思いから2013年に立ち上げた。次回は11/19(日)に東京・世田谷の羽根木公園で開催予定。http://biokids.net/

佐藤

本当にいろんな活動をされてますね。全部ボランティアですか?

渡辺

そうなんです。ボランティアなんですよ。

佐藤

なぜ、そこまで頑張れるんでしょう?

渡辺

自分の地域は、自分で作っていかないといけないと思っているからです。作り続けていかないといけない。なぜなら、それは自分の子供が生きる場所だから。学校も含めた地域全体でも同じ。先に述べたボランティアと同じようにPTAの活動や、町内会の防災の集まりなんかも楽しんでます。特にPTAは「学校の先生たちとも一緒に子育てをしていくぞ!」という気概で取り組んでいるつもりです。やっぱり、地域っていうのは学校も含めて、自分たちで紡いでいかないといけないと思うから。

渡辺

ちょっと自主保育の話に戻ると、一般の幼稚園や保育園もいいところですよ。実際に子どもを通わせてみて、すごくよかったところもたくさんありました。合奏など、自主保育ではなかなかできないこともたくさん経験できました。

佐藤

それぞれの良さがありますよね。

渡辺

結局、その子と一番長く一緒にいて、よく分かってくれている人が「ここがいい所だろうな」って考えた場所であれば、どこでも大丈夫じゃないかな。距離や経済的な問題だってあるし。ただ、その決断は本当にその子の楽しい子供時代を大切にしたいから?それとも親が望んでいる結果に導いているのか?という事はよく分けて考えてほしいです。決して後者が悪いわけではないけど、「その道は自分が望んでいるから、子どもに選んだ」という意識をちゃんと持っていたほうが、子どもが苦しくなった時に助けてあげられやすいと思います。

佐藤

親がきちんと考えて、自覚することが大事だと。

渡辺

あとね、幼児期は幸せなことに「義務」教育ではない。ウチの3番目は幼稚園円満中退でした(笑)。子育てには「こうじゃないといけない」なんて正解はありませんよ。

 

子供がルールを守れない時は、ちょっと視点を変えてみる

佐藤

最後に、先輩お母さんとして、子育てをしているお母さんたちにアドバイスをお願いできますか。

渡辺

小さい子どもがルールを守るって、はじめはすごく難しいですよね。だけど、ルールを守れるっていうのは、ルールを知っているから守るんじゃないの。子どもの場合は特に、「ルールが守れるぐらい落ち着いている」、つまり情緒が安定していてやっと守れるんだと思います。だいたいの子供はルールを知っているのよ。『廊下を走っちゃダメ』って言われたら、ダメなのは知っているけど、走りたいから走っている。だから、ルールが守れない時とか、何かうまくいかない時は、子どもが落ち着いた気持ちになれるようにしてみる。ちょっと視点を変えると、子どもがルールを守れることもあるんです。

佐藤

やみくもに叱るのではなく。

渡辺

そう、大人だって、少し体を動かしたり、狭い部屋から出るだけで気分が変わるでしょう?思いっきり遊べば、特に男の子は自然と落ち着く場合が多い。女の子の場合は黙々と遊んでも割と落ち着きます。身体は男の子ほど動かさなくてもいいみたい。

佐藤

なるほど。

渡辺

「ルール」は社会を円滑にする大事なものだけど、子どもには理解できないようなことも多い。だから、幼児にそれをやれって言うのは酷な場合も多いのね。私の経験だけど、自主保育中に電車で子どもが大喧嘩を始めた時、「せめて静かにやんなさい」って言ったんです。そうしたら子ども達はすごく静かにじわーっと喧嘩して、決着もついたみたいだった。「電車の中でケンカしちゃだめ!!」って言うのも一つの方法なのかもしれないけど、他のやりかたを探ったりするのも子育ての楽しみ方じゃないかな?「何度言ったらわかるの!」ではなくて、「エネルギーがたまっていて、ルールを守っている場合じゃないのかも」と思えるようになると、子育てがすごく楽に感じられてくるはず。

佐藤

お母さんが余裕を持って子供に接することは大切かもしれませんね。

渡辺

子育てしている最中は、なかなか余裕は持てないと思います。だけど、困ったことも、ちょっとだけ面白がれるように意識を変えてみるとか……そういうことを余裕っていうのかも。これからは今までと全然違う時代がやって来る。だから大人も子どもも、何かの時にちょっと視点を変えられることや、ユーモアを持って対応できることが大事になるはず。それと、子育てにおいてはどこに芯を持つのか、というのもとても大事だと思うんです。その子の個性を潰さず、愛情を持って子どもの声に耳を傾ける。それができれば、時につまずく事もあっても、後から振り返ると「子育て楽しかったな」って思えるんじゃないかな。

佐藤

お母さんたちみんなが、そう思えるようになってほしいですね。

渡辺

何より、一番は愛だと思います。愛情深く寄り添えば、子ども達は自分の力でしなやかに逞しく生きて行ってくれるから、パパもママも子育てをしっかり楽しんでくださいね。子どもが小さい時期って意外と短いのよ。

幼児期は子どもが大きく成長するための根っこ。しっかりと大地に根を張っていれば、どんな雨や風でも簡単には折れない強さを持った木に育つ。

そのとき、私たち親の役割は、子供たちにとっての太陽や土や水や栄養となること。彼の、彼女の個性を活かした木になれるように、子供達の生きる力を愛で支えることだ。

本来の子育ては、みんなで、地域で育てていくものだったはずだ。でも、いつのまにか個々で育てるものになり、子育ては閉鎖的になってしまったのかもしれない。

自然に寄り添い、人の営みを大切にしながら、みんなで子供を育てていく。自主保育とは、そんな子育ての原点を思い出させる、懐かしくも新しいかたちなのだと思う。

「子育てって本当に楽しいよ!めいっぱい楽しんで!」そう朗らかに笑う渡辺さんを見ていたら、子供たちを通して新しい世界につながる楽しさに、改めて気づくことができた。

イラスト:小野一絵

佐藤めだか

ライター、編集者として活動しながら、バンコクに数年間移住してみたり。
現在は東京のはしっこで2児の母をしながら、ぼちぼちライターをやっています。

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