地元を「何もない」なんて言わないでほしい。観光地を載せないガイドブック誕生秘話

ガイドブックに載せるのは有名な観光地ではなく、地元の人が行くローカルな店ばかり。そうした店が「魅力的」だと西村さんが発信することで、「地元の人に、自らの土地へ愛着と自信を持ってもらう」のが一番の目的だと語ります。
春は出会いの季節。進学や就職で新たに出会った人たちの中には、自分と「地元の違う人」もいることでしょう。

「どこ出身なの?」「兵庫の〇〇ってとこです」「へえ、そこってどんな街?」「いやあ、何もない街ですよ」……そんなやり取りをした記憶はないでしょうか。

でも、自分の生まれ育った街には、好きなお店や思い出の場所もたくさんあるはず。部活帰りに行ったラーメン屋や、何度も歩いた通学路、よく遊んだ公園……。
そんな場所があったとしても、初対面の人に地元のことを聞かれると、観光地でもない限りは「何もない街」となぜか言ってしまう。

そんなやり取りが嫌になり、「自分の地元のガイドブック」を作ろうとしている人がいます。それが、滋賀県大津市でアウトドア・ライフスタイルのセレクトショップを営む西村裕太さん。


クラウドファンディングで資金を集めて制作したガイドブックを、西村さんは『FATHER LAKE GUIDE BOOK(ファザーレイクガイドブック)』と名付けました。

プロジェクトURL:https://camp-fire.jp/projects/view/114048

『FATHER LAKE GUIDE BOOK』のフライヤー。大津に住む人たちにもこのガイドの存在を知ってもらうため、市の施設や地元の飲食店などに設置している

 

生まれ育った大津市で自分の店を開くために戻ってきた彼は、ガイドブックを通じて地元の魅力を発信しようとしています。

「地元の魅力を発信する」というと、このガイドを通して大津に観光客をどんどん呼び寄せるイメージが浮かびます。

しかし、西村さんの目的は違います。
ガイドブックに載せるのは有名な観光地ではなく、地元の人が行くローカルな店ばかり。そうした店が「魅力的」だと西村さんが発信することで、「地元の人に、自らの土地へ愛着と自信を持ってもらう」のが一番の目的だと語ります。

今まさに作られている新しいローカルガイド『FATHER LAKE GUIDE BOOK』について、そして、地元の魅力を発信することについて、西村さんに話を聞きました。

プロフィール
西村裕太
滋賀県大津市出身。京都発のアパレルブランド「KATO」で販売員として働いている内に、「機能的な服」と「アウトドア」の魅力に目覚める。京都、滋賀のセレクトショップで働いた後、地元大津に戻ってセレクトショップ「-CONNECT-」を開店。日頃から、登山や釣りを通して滋賀県の自然を満喫している。

大津の「生活圏内の場所」を載せるガイドブック

大津市・堅田駅から歩いて5分ほどの場所にあるセレクトショップ「-CONNECT-(コネクト)」。機能的な服とアウトドアな香りのする日用品や道具が並ぶ。「遊びと日常を行き来できる」がコンセプト

 

ーー自分の地元である大津に戻ってきたきっかけはなんだったのでしょう?


京都のアパレルで働いてるときに、山遊びできるような機能的な服が好きになって。好きで着てるうちに、「これで山遊びしてないのはなんか格好悪いな…」と思うようになったんです。自分自身が商品を使ってすぐ遊べるような環境で店をやりたい、と考えたときに、山や湖と街の距離が近い大津の環境はぴったりでした。

ありきたりな話やけど、京都とか他の街に出てきたときに、改めて地元の良さに気がついたんです。「大津ってアウトドア好きにはめちゃくちゃ遊べる土地や!」と。それで戻ってきました。

ーーでは、ガイドブックもそうした「アウトドア雑誌」みたいな内容に?

いや、実はあんまり琵琶湖とかアウトドアのことは載せるつもりはなくて。琵琶湖沿いにある気分の良いロケーション、それも自分が偶然見つけた名前もない場所を紹介するから、アウトドアの香りはすると思うけど。それよりも、自分が日常的に使うローカルなお店や場所がほとんどです。

ーーローカルなお店や場所?

大津に住む自分の生活圏内にあって、日常的に通うお気に入りのロケーションや、飲食店、銭湯などですね。自分が旅をする時は観光地よりも地元の人たちが通ってるお店や場所を知りたいと思うから、このガイドもそういう視点で作ろうと思って。

大津市・志賀駅前にある定食屋「清林」は、西村さんお気に入りの定食屋。ガイドでは、おでん3つとお惣菜の小鉢などがつく「ミニおでん定食」を紹介する

 

生まれた時から大津に住んでたので、子供の頃に親に連れて行ってもらっていて、大人になって自分でも行くようになったところがたくさんあるんです。もちろん個人的な愛着もあるけど、長く続いた店は、ちゃんとどこかクオリティが高いところがある。自分も店をやってる人間として、ものづくりや店づくりの質が高いと思える場所を紹介しようと。

だから、載るのは自分が子供の頃からやってる焼き鳥屋や、母親が好きだった焼肉屋に定食屋、そういう個人的な歴史にも関係してる店が中心ですね。顔が知れてるところも多いし、掲載するほとんどの店は自分で足を運んで、食べたり飲んだりしながら「こういうガイドを作るので、載せていいですか?」って相談して制作を進めてます。

大津の人が言う「何もない」

ーー西村さんが自分の足で通う店や場所がたくさんあって、このガイドブックができている。魅力的な場所が大津にはたくさんあるんですね。

そうなんです。でも大津の人はみんな、街の魅力を聞かれても「何もない」って答えるんです。ほんまは好きな店とか場所があるはずやのに。僕もそう言ってしまった経験があるんですけど。

ーーそれはどうしてでしょう?

やっぱり、他の土地と比べられてきたからじゃないですかね大津って、立地的に京都から自然と人や情報が流れてくる街なんです。そりゃあ京都と比べたら、見るものは少ないですよね。

滋賀には「滋賀作(しがさく)」「ゲジナン」とかって言葉があるんです。生まれも育ちも滋賀の人が「滋賀作」。車の滋賀ナンバーのプレートの字体が、虫のゲジゲジに見えるから「ゲジナン」。田舎もんっていじられる風潮が昔からあったから、住んでる人たちもプライドを持ててないように思える。


ーー西村さんにとっても、昔から大津は「何もない街」のイメージでしたか?

いや、僕が子供の頃はもっと賑やかやった気がします。20年以上前は遊園地もいくつかありましたし、そこに集まる観光客もたくさんいて、人が出入りしてたイメージ。

今は外から来る人が減った代わりに人口が増えて、国道沿いにチェーン店が増えて。「住むための街」になってる印象かな。

大津市・堅田の街並み

 



今でも石山寺みたいな寺社仏閣はあるけど、そういう観光名所って僕らと同世代かそれより下の人たちにとっては「遊ぶ場所」にはならへんじゃないですか? 琵琶湖のことは、もちろん滋賀の人はみんな好きですけど、県外の人も知っているから目新しさはない。だから「何もない」って言ってしまうんやと思います。

でも僕は、それがちょっと嫌やったんですね。

それで、自分の店に来たお客さんたちに「このへんで何かいいところない?」って聞かれたら、「ここの近くにいい焼き鳥屋があって…」って自分の好きな店を教えたりしてました。今回のガイドブックにも、今までお店に来てくれた人たちに伝えてきた店をたくさん載せています。

ーー他の街と比べるせいで、住人たちは呪いのように「何もない」を繰り返してしまう。その違和感が、西村さん自身が大津の魅力を発信する方向に繋がっていったんですね。

「何もない」に言い返すための「FATHER LAKE GUIDE BOOK」

ーーガイドブックのプロジェクトはどのように動き出したのでしょうか?

シルクスクリーンデザインユニット「ジェネディクション」との出会いが大きなきっかけになったと思います。

京都、大阪、滋賀など、関西を中心に活動するシルクスクリーンデザインユニット「ジェネディクション」。アパレルアイテムのデザインや、イベント出店を中心に活動している

 



僕はもともと彼らのことをSNS上で見て、格好良いもの作る人たちやなと思ってたんです。そしたらある日突然、メンバーの笠巻さんが店にふらっと遊びに来てくれて。話をしてるうちに彼が実は大津出身だとわかって、意気投合しました。

その後、一緒にイベントをすることになった時に、何か滋賀にまつわるデザインを作ってくれませんか、と相談して。そこで彼らが作ってきてくれたのが、このFATHER LAKE GUIDEのアイコンと、ストーリーだったんです。


イベントをきっかけに作られたアイコン「FATHER LAKE GUIDE」。琵琶湖がガイドブックを読む父親のキャラクターとして描かれている。滋賀県が琵琶湖を「MOTHER LAKE(母なる湖)」と名付けて他県にアピールしているのに対し、「自分たちはオヤジ目線で滋賀を紹介しよう」という笠巻さんたちの思いから生まれた

「FATHER LAKE GUIDE」ストーリー(Instagramから一部抜粋)
昔から地元や故郷について聞かれても何も答えられない自分にがっかりした経験を幾度となくしてきたし、こりゃいかんなと。
それぞれが滋賀の魅力を1つだけでも伝えられたら少しでもいい方向に繋がっていけるんじゃないかと思うんです。
そんな何もないありのままの滋賀県を自分達が楽しんで表現したり紹介していける活動にしていこうと思ってます。(メンバー募集中です。)

その時は「何も答えられない自分」「それぞれが魅力を1つ伝えられたら、良い方向に」って彼らの話に共感しただけやったんですけど、しばらくして大津市から「何か観光につながる商材を作ってくれ」って依頼を知り合い経由で受けて。

そのときに、ジェネディクションさんが作ってくれたストーリーと、今のガイドブックのアイデアが繋がったんです。これまでお店のお客さんに伝えてきた良い場所は、この「FATHER LAKE GUIDE BOOK」で活きるかもしれないと。

作るなら表現の部分にもこだわりたいので、東京で活躍している大津出身のプロカメラマンに撮影をお願いして、ジェネディクションにも表紙のデザインやコーナーを1つお願いしています。カメラマンやデザイナーにしっかりギャラを支払う為にも、クラウドファンディングを活用して資金を集めてますね。


CAMPFIREで「本当は秘密にしておきたい滋賀県大津市のディープなローカルガイドブックを作ります!」と題したクラウドファンディングを実施中

ビジュアルも写真も格好いいガイドを通して、僕らが日頃通ってるような店や場所を「良い!」って言う。それを通じて、「これって街の魅力なんや」「街の魅力って語っていいんや」と町の人に気づいて欲しいと思ってます。

ーーこのローカルガイドで、街の人たちの「地元の魅力」に対する考えを変えようとしているんですね。

好きな場所や好きな店って、ローカルの人は絶対持ってるはず。みんな、それを外の人に「ここ良い!」って言うのに慣れてないだけやと思います。

だから僕らが、日常的な風景に対して「この街の魅力です」って言い始めようと。そしたらきっと住んでいる人たちも、自分の好きな店や場所の話を「良いところ」として話しやすくなる。そうやって自信を持って大津の良さを語れる人が増えれば、街はどんどん元気な方に向かうと思う。

ーーいわゆる「地域の魅力発信」の活動とは、少し目的が違うようにも見えます。

このガイドでは、「街の人たちにプライドを持ってもらうこと」が目的のひとつです。

よく「地域活性化」って言うけど、住んでる人が誇りを持たないと街は良くならない。観光って、新しいものを作って観光客を集めて…になりがちやけど、観光の人に来てもらうより先に、地元の人たちが「ここはこんなに良い街なんや」と思えるようにしたい。

住んでる街を良いところと思うためには、地元に根ざしてるものを見つめ直すのが大事やと思う。既にある場所とか、言葉にできていない魅力を再発見したいんです。

名前のない場所を取り上げるのだってそう。「湖が綺麗に見えるベンチ」とか、そういう場所を街の魅力やと言えるようにしたい。もしかしたら、そうやって多くの人が好きになった場所に、新しい名前がつくかもしれないし。

『FATHER LAKE GUIDE BOOK』に掲載される、琵琶湖のほとりにあるベンチ

 


住んでる人が街に自信を持って、何が魅力的なのかを声に出すようになれば、そこからまた新しい活動や盛り上がりが生まれるはず。すると、それを見て、観光の人が来て…って。観光は結果でいいんじゃないかなと思うんです。

ーー今まで、ガイドブックは遠い土地から来る人に向けて、その街で巡ると楽しい場所を伝えるイメージがありました。でも、西村さんが作ろうとしている『FATHER LAKE GUIDE』は、県外よりも、むしろ自分たちの街の人に見てもらおうとしているような。

もちろん県外の人も楽しめるように作ろうとしてるけど、正直に言えば、一番見て欲しいのは大津の人や、滋賀県の人たちですね。これを見て、共感してくれる人を探したい。

自分と同じような感覚で話せたり、活動できたりする人が大津で見つかるといいですね。彼らが声を上げ始めてくれたら、一緒に何かできるかも、とも思ってます。


西村さんが個人的に作って、店で販売しているというキャップ。「ゲジナン」とからかわれる滋賀県ナンバーのフォントも「よく見れば可愛いんです」。既にあるものを、ポジティブな見え方に変えている

ーー日常的な店や風景を切り取って、地元の魅力として発信する。この考え方は、大津だけじゃなく他のたくさんの街にも当てはめることができそうですね。

当てはまる街はすごく多いと思います。自分たちの街の見え方に不満があって、なんとかしたいと思ってる人がいれば、この方法は一番身近なものじゃないですかね。

「県外より滋賀の人に見て欲しい」とは言ったけど、ガイドを見た他の街の人が「自分の家の近くも古い焼き鳥屋があったな」「行ったことないけど、あそこ良い店なんかな」と影響されて、その街の魅力を探しに行くような、地元に気づくきっかけになれたら良いと思ってます。

ーー大津の人が自信を持って、一緒に声を上げられる仲間が見つかって、その後はどうしたいですか?

それは出会った人によって変わると思います。今回のガイドも、ジェネディクションが「FATHER LAKE GUIDE」のアイコンを作ってなかったら生まれなかった。このガイドを通して出会えた人と何が生まれるか、楽しみにしていたいですね。


「FATHER LAKE GUIDE BOOK」は2019年6月下旬に完成予定。クラウドファンディングのリターンとして配送されるほか、市の一部施設と、リターンとして開催されるガイドブックのリリースイベント会場で販売する予定だ。

地元の魅力を発信する。一口にそう言っても、その街の規模や歴史、住んでいる人々によって、発信できる内容は千差万別だ。そして発信する目的も、街によって異なるだろう。

日本一巨大な湖と隣接し、巨大観光地である京都からも近い大津の街。子供時代を大津で過ごし、大人になって地元で自分の店を持った西村さんが、大津にとって必要だと考えたのは「街の人たちが自信を持つための発信」だった。

街の人々の生活に紐づいた場所を「魅力」だと言い切るガイドブックが、地元への「何もない」という呪いを解いてくれるのかもしれない。それは大津だけでなく、他の街でも。

写真:西島渚