実施事例

コロナ禍により来館者数が激減したワタリウム美術館 クラウドファンディングで2,160万円を調達できた要因とは

2020年――ワタリウム美術館にとって“開館30周年”という記念すべき年であった。
ところが、年を明けて間もなく、新型コロナウイルス感染症が日本国内に広がり、政府からの「緊急事態宣言」の発出もあって4月以降、来館者数が激減することに。

この状況を打開すべく、CAMPFIREが提供する「新型コロナウイルス(COVID-19)サポートプログラム」を活用し、8月にはクラウドファンディングに挑戦。その結果、当初の目標額500万円をはるかに凌ぐ、資金2,160万円を調達することに成功した。
この要因はどこにあるのか――。そこには、ワタリウム美術館が30年間走り続けてきた功績という大きな“財産”があった。

プロジェクトデータ
  • プロジェクト名
    30年目のワタリウム美術館がコロナ禍で危機。 貴方の支援が日本のアートを救う。
  • プロジェクト目的
    ワタリウム美術館運営のための資金調達、ワタリウム美術館のアート提供
  • 募集期間
    2020年8月26日~2020年10月30日
  • 調達金額
    21,601,100円
  • パトロン数
    1,515人

開館30周年に訪れた、史上最大の危機

1990年9月、当時現代美術画廊「ギャルリー・ワタリ」を経営していた和多利志津子さんが「プライベート美術館をつくりたい」との想いで、一念発起し東京・青山地区に開館した「ワタリウム美術館」。開館以前より、アンディ・ウォーホルやキース・ヘリング、ナム・ジュン・パイク、ヨーゼフ・ボイスなど当時日本で知られていない現代アーティストにいち早く光を当て、世に送り出してきた。開館以後、現代アートを中心とし、さらに美術の枠にとらわれず、建築、思想などにも着目し、それらに関する企画展やイベント、講演、ワークショップの実施などを通じて、“その時に必要な作品”を提示する姿勢を貫く。

2012年12月に、初代館長・和多利志津子さんが他界した後は、その意志を受け継ぎ、長女・和多利恵津子さんが二代目館長に、長男・和多利浩一さんはCEOに就任し、“開館30周年”という記念すべき2020年を迎えた。

ところが、2020年の年明けに中国・武漢で初めて確認された新型コロナウイルス感染症が、瞬く間に世界の国・地域へと広がり、それまでの風景を一変させてしまった。

その猛威は、ついに日本全国にも広がり、政府から史上初の「緊急事態宣言」が発出され、ワタリウム美術館は4月~6月の3ヵ月間来館者数が激減する事態となった。さらに、「緊急事態宣言」が解除された7月、8月も一向に例年の来館者数に戻らない状況が続き、キュレーターであり、CEOの和多利浩一さんは危機感を覚えたという。

「これまでも大変なことは何度かありました。しかし、今回のように『緊急事態宣言』の発出によって来館者が激減するのは初めてのこと。ウチ(ワタリウム美術館)にとっては開館以来、最大の危機といえるでしょう。この危機をなんとか乗り越えようと、クラウドファンディングの活用に踏み切ったのです」。

1983年、前身の画廊時代にキース・ヘリングを日本で初めて招聘
〔左から、故・和多利志津子(前館長)、キース・ヘリング、和多利恵津子(館長)、和多利浩一(CEO)〕

ワタリウム美術館を続けてきてよかった――そう実感できる機会に

和多利さんは、インターネットでクラウドファンディング先について調べるみることに。すると、ある関連記事を通じてCAMPFIREがコロナ禍対策の一環として、通常かかる手数料が0%となる「新型コロナウイルス(COVID-19)サポートプログラム」を提供していることを知り、「これしかない!」とすぐに連絡して依頼した。

できるだけ効率よくスムーズにクラウドファンディングを成功させたいとの思いから、CAMPFIREの担当者にその窮状をできるだけ理解してもらうために、ワタリウム美術館のこれまでの歴史、私立美術館ならではの厳しい経営状況について、小手先の対応はせずに、実情を包み隠さずに伝えることを心掛けたという。

このようにCAMPFIREと連携を図り、準備を進めていった結果、8月から実施したクラウドファンディングでは、当初の目標金額500万円を大きく上回る、2,160万円の資金調達を達成している。

「最終的には、1,515名の方々からご支援をいただき、2,160万円の資金調達ができたことに、正直、僕らも驚きました。今回ご支援いただいたことには、感謝の気持ちでいっぱいです」。

今回支援した人たちからは、和多利さんにとって印象深いメッセージが数多く寄せられた。なかでも、ワタリウム美術館を訪れた時の思い出が書き綴られたメールは、特に印象に残っているという。

「リアルな、すごい思い出話などがたくさんあって、僕にとってもグッとくるものがありました。『私が訪れた時は、こういった展示がありました』、あるいは『何々展を見たことがきっかけで、結婚しました』など。詳しい内容は、支援いただいた方のプライベートの話になるので、お伝えできませんが、想いの詰まったメールを多くの方々からいただくことができて、僕にとってうれしい驚きでした。“ワタリウム美術館を続けてきてよかった”と心から、そう思うことができました」。

2012年、フランス人アーティストJRとそのクルーと和多利ファミリー

そこには、ワタリウム美術館がそれまでの30年間、内情についてはほとんど公表せずに走り続けてきたこと、そして今回のクラウドファンディングを通じて脚色なしの、ありのままの実情と心情を発信できたことが、こうした反響につながったと和多利さんはみる。それゆえ、こうした数々のメールを目にした時、多くの人たちに自身の気持ちが率直に伝わっていると実感でき、感慨もひとしおだったようだ。

2,160万円の資金調達に成功した要因とは

和多利さんは、今回のクラウドファンディングの成功を振り返り、その要因として2つのポイントを挙げる。

1)ワタリウム美術館ならではのリターン品を提供することができたこと

これまでワタリウム美術館とかかわりの深いアーティストの作品を、リターン品として出品できたことが、最も大きかったと指摘。その上で、サービス価格で提供できたことも、好結果に結びついた要因とみる。これは、“ワタリウム美術館にしかできない強み”を最大限活かした結果ともいえる。

なお、今回のクラウドファンディングでは開始後に、知り合いの作家やコレクター、仕事ともにしてきた人たちから「支援したいのに、リターン品を見ても何も残っていないからなんとかしてよ」と“ありがたい催促”のメールが届き、その一週間後に第2弾のリターン品を発表した経緯がある。

リターン品:「キース・ヘリング展」(1983年、キース・ヘリング初来日時)ポスター

リターン品:ワタリウム美術館コレクション作品のポストカードとワタリウム美術館 入場券

2)アーティストや仕事をともにしてきた人の協力によりPRが奏功したこと

これまでワタリウム美術館と深くかかわってきたアーティストや、仕事をともにしてきた人が自身のTwitterでつぶやいてくれたり、それぞれの知り合いの方へと拡散してくれたり、あるいはラジオ番組などのメディアを通じて発信してくれたりとさまざまな形でPRをしてくれたことが奏功している。

ワタリウム美術館が苦難に直面している実状を初めて知った、アーティストや知り合いの人たちが、それぞれができることで支援してくれたのだ。それは、30年間走り続けてきた功績によるものといえる。
「今回のクラウドファンディングの結果を見ると、ワタリウム美術館でやってきたこと、それに母(志津子さん)、姉(恵津子さん)、私の3人で考えてきたことに、来館された方をはじめ、アーティストや仕事でかかわってきた方たちが賛同し、理解していただいたということになるでしょう。始める前は、支援してくれる方が本当に集まるのだろうかと危惧していましたが、それは杞憂に終わり、実際にこれほどの多くの人たちが応援してくれたわけですから」。和多利さんはそう考え深げに、うれしそうに語る。

調達資金を活用して開催した『生きている東京展』

今回のクラウドファンディングで調達した資金は、ワタリウム美術館で9月5日から開催した、企画展『生きている東京展』に活用されている。この企画展の趣旨について、和多利さんは次のように話す。

「今まで展示してきたアーティストに、若手作家を加えた両方の作品から「東京」を見せているのが『生きている東京展』です。あえてテーマを「東京」という都市に設定したのは、コロナ禍で誰もいなくなった東京、“元気がない”といわれるような都市にも、こんな小さな限られたスペースの美術館ではありますが、そういった場所で“いつでも元気に、他では見られない現代アートが展示されている”“あそこに行けば、非日常的な世界に出合える”と思ってもらえるように、あえて「東京」をテーマにしています」。
館内には、ワタリウム美術館とゆかりの深い、個性や情熱というエネルギーがほとばしる作品がところ狭しと展示されていた。

そして、こうした館内の作品以外に、忘れてはならない重要な作品がある。開館以来、日本の現代アートを支え、30年間「東京」に佇んできた建築物としてのワタリウム美術館だ―――。
“プライベート美術館をつくりたい”という初代館長・和多利志津子さんが、恵津子さんと和多利(浩一)さんを交えて建築設計を依頼する建築家を協議した末、その想いを託したいと考えたのがスイスの建築家・マリオ・ボッタであった。

和多利さんはマリオ・ボッタについて語る時、“作家”と呼称し、細部までこだわり設計し建てられたワタリウム美術館を“作品”という。
「『建築設計を頼むならこの人しかない』という結論になり、ボッタさんにお願いした経緯があります。一番の決め手となったのは、ボッタさんの作品には外光の採り方に温かみがあり、コンクリートブロックの壁も含めてとても人間味を感じたからです」。
2012年9月に発行された、和多利志津子さん・恵津子さん・和多利(浩一)さん共著『夢みる美術館計画 ワタリウム美術館の仕事術』(日東書院本社発刊)にも、“美術館は壁が勝負だ”との記述がある。「壁が冷たくなり過ぎないこと、主張し過ぎないことが大事であると考えたからです。美術館の壁は作品がかけられて、初めて100%になるようにつつましやかな壁でなければならない。その思いを実現してくれるのは、ボッタさんの建築設計と考え、お願いしたというわけです」。

マリオ・ボッタ氏直筆による、ワタリウム美術館の採光イメージ図

ワタリウム美術館が見せてきた現代アート

ワタリウム美術館では、開館して以来“現代アート美術館”として、「今の東京、今の日本で見せたいものを見せ続けてきた」という和多利さん。
「アップデートのアートというものを見せてきていると自負しています。ある時は近代、20世紀初頭のアート作品を展示することもありますが、その時の東京なり、日本に必要な見せ方をしています。それは、現代アートが常に絶えず変化を遂げているものだからです。だからこそ、僕らはその時々で“現代アートとは何か”を模索し考え抜いた作品を、皆さんにお見せしているということです。“現代アートとはこういうもの”と、1行、2行の文章で表現できるものではないと考えます」。
これからもワタリウム美術館で時代の変遷とともに変化を遂げる現代アートの魅力を伝えるため、二代目館長であり、実姉の恵津子さんとの二人三脚でさまざまな活動を進めていく。現在、企画している案件がいくつかあり、2021年の春と夏頃に企画展などを開催する予定という。

非常事態でも、当たり前のように開館している美術館でありたい

最後に、和多利さんにとって「ワタリウム美術館」とは何か、尋ねてみた。
「それほど特別なものではなく、普通にあるということ。僕にとって、ワタリウム美術館が開館していることが日常であり、たとえ非常事態となっても、他では見ることのできない個性的な作品が普通に展示されている、そうありたいと思っています」。

1993年に開催した「ナム・ジュン・パイク パイク地球論」展の様子

東日本大震災が発生した時も普段通り、開館していたという。「東日本大震災の時も、今回のコロナ禍でもそうですが、メディアが映し出すものがほとんど同じになってしまう。震災の時は、津波と原子力発電所のシーンが毎日のようにテレビに映し出され、コロナ禍では誰も居ない街のシーンや感染者数を示す数字とグラフ。そういったものに、私も含め人々は飽き飽きしてしまう。そういったものを観たくない人もいるわけです。もちろん、ニュースとして報道することは非常に大事なことですが、それを毎日見せられてつらい思いをする人もいます。そういった人たちがワタリウム美術館に来て、テレビでは見られないアート作品を見て少しでも元気になってもらえれば、本望です」。 

 人々に不安と恐怖を与え、ワタリウム美術館の存続をも脅かしたコロナ禍――。それは、現代アーティストにとって一つの題材となり、そこから生まれた作品を紹介していくことが、今回のクラウドファンディングに対するワタリウム美術館にとっての最大の恩返しになるに違いない。

ワタリウム美術館の前にて。右から和多利浩一さん、志津子さん、恵津子さん。
「ファブリス・イベール 種を育てる」展で歩道を野菜畑にした時の様子(2008年5月 撮影:大橋歩)

<企業概要>
・企業名:ワタリウム美術館
・所在地:東京都渋谷区神宮前3-7-6
・館 長:和多利 恵津子
・CEO:和多利 浩一
・事業内容:
「ワタリウム美術館」の運営。個展や写真展、美術展などの展示会の企画・開催等

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